猫の気持ち 其の二


 さて、さっそくであるが前回の続きをちょっと書いてみようと思う。
 なぜ猫であるかと言う噺であった。
 この惑星では猫以外にも愛玩用の家畜というのは多種に存在する。数ある愛玩動物の中から、現代に適した形で人間社会に潜伏し、その生態を観察する上でもっとも合理的にその目的を遂行できる家畜とはどのようなものであろうか。
 この惑星に降り立った吾輩はまず一の問題を解決するべく、多岐にわたる愛玩種族について徹底的に研究を行ったのである。
 ちなみに、木を隠すなら森の中という考えで人間に変装してしまえば良かろうと言う考えもあるし、実際にそうしている勢力もあるようだが、これはちょっとナンセンスだ。なぜなら、この惑星に住んでいるホモ・サピエンスと言う獰悪な生き物は、自らの同朋を奴族として扱おうとする暴戻な種族であることが数々の文献や歴史調査から明らかになっている。
 これら野卑で凶暴な連中を客観的に、且つ、正確に観測するためには人として接触してはイカんのである。無用な干渉を許せば正確性に欠ける、かと言って見なかったフリをすると性格に問題ある非人として非難されてしまう。非常に困難で厄介な社会活動を形成することになるであろうが、これでは吾輩の活動する世界において看過することの出来ない忌忌しき問題を将来にわたって発生させてしまう原因にもなる。
 したがって、ホモ・サピエンスに変装するという選択肢は真先に除外した。その本質と特性を余すことなく炙り出し、正確に記述するためには別のモノでなければならない。
 そこで、猫の登場である。
 そこに在るだけで主人を魅了し、わざわざ愛嬌を振り撒かずとも自然体で人間に接触することが出来る。そして事が起こったとあらば、猫なで声で一言「にゃあ」と鳴くだけで、「なんだ猫か」「猫だからしょうがない」と言った具合に全てを許される完璧な存在――、それが猫なのである。
 観測者としてもっとも理想的な存在であり、その他の家畜でこれを超えるものはまず存在しないであろう。
 当初は長期的な研究が必要になると思っていたが、結論は意外とアッサリ出てしまった。
 個体数調査で言えば、やはり小動物系が主力であるし、隠密行動を行う上で小動物の身軽さはとても相性が良い。その中でも、やはり猫と言う存在は別格であると吾輩は確信を持つに至ったのである。
 これ以外に道はにゃい! 結論に至った吾輩はさっそく猫に擬態するべく訓練を開始することにしたのであるが、当然の如く、そこには長く険しい試練が待ち受けていた。
 そのあたりのお噺は、また次回ゆっくり話していくことにしよう。

猫の気持ち 其の一


 吾輩は猫である。ちょっとある事情があって地球と呼ばれる惑星に潜伏している。
 もちろん、猫の姿というのは仮の状態であって擬態である。なぜそのような事をしなければ為らなくなったのか、その経緯を説明しようとすれば、非常に長い経路を辿らなければならなくなるのであるが、それらを並べ立てて開示し論説しようとすると、膨大な量になるであろう知識、及びそれらに付随する概念を逐一書き下ろしていかなければならなくなり煩雑を極めることになる。
 さらに言えば、この広大無辺であるネット空間の中で、宝くじに当たるよりも低い確率であろう当サイトを探し当てることに成功し、――このポエムを偶然にも目にする事になった諸君が。苦行にも等しい労力を裂いて表明した吾輩の哲理を正しく理解し、猫と和解したうえで大宇宙の真理に従い正しく行動できるとは思いがたい。
 吾輩がこの惑星の生物を観測したかぎりでは、そんな宗教じみた小難しい事を考えるより、宝くじでも当てて美味しい焼肉を食べに行きたいと考える者の方が多いことは間違いないであろう。難しい事は猫にでもやらせておいて、美味しいところだけ莫迦でも安く教えろと言う乞食みたいな輩ばかりが暗躍しておる。
 したがって、吾輩もココでは小難しい宗教話はやめておくことにして、猫の気持ちだけを書くだけにしておこうと思う。こう書くと、猫の気持ちなどどうでも良いから小難しい話をしろと言う輩が出て来るのが世の常であり、また心理でもある。
 よかろう、そんなり知りたければそのうち小説にでもしてやろうかしらん。知ったところで1円にもならぬであろうが、心の栄養が偏り、奇形化してしまった現代人には丁度良い栄養補給になるであろう。
 ついでだから先に書いておくが、そんなモノを読んでも決して幸せになれるなどと思ってはいけなひ。多くの人にとっては、毒にも薬にもならぬような代物であるから無害ではある。しかしながら、超神水のような特性も持っているので、もがき苦しんだ末に発狂して変人扱いされたあげく豚箱行きになる輩も出てくるかもしれない。もし、その苦しみに耐え抜き、自我の発現に成功することができれば、我ら猫又族の下僕として充実した人生を送ることができるであろう。
 さて、そろそろ話を戻そうか。そう、なぜ猫なのかと言う噺であった。
 ここでまずは猫の魅力について書き下さねばならないのであるが、ちょっと前置きが長くなり過ぎてしまったので、次回ゆっくりと話していくことにしよう。