猫の気持ち 其の五


 今日も暗闇の中からそっと目蓋を開く。一瞬視界が真っ白になったあと、今度はぼんやりとした輪郭が現われて次第に鮮明になって行く。
 目の前にはベッドの上で安らかに眠り込んでいる舞子さんの姿があった。
「あれ、またでござるか」
 今日で何回目であろうか。舞子さんと一緒に暮らすようになって一週間ほどが経った。毎晩、寝るときは舞子さんに抱かれて一緒に布団の中に入るのであるが、気が付いてみると吾輩だけ外に放り出されているのである。
 一、二回程度なら偶然と言えなくもないのであるが、ほぼ毎日のことである。そして、まだぐっすりと眠られておる舞子さんを観察してみると、布団からはみ出した片足がだらしなくベッドの端からぶら下がっているではないか。
 ここまで証拠が揃っているのであれば認めるしかあるまい、舞子さんは寝相が悪いのだ。
 これから冬に向けて寒くなってくる前に解決しておかなければならない事案であるが、それはひとまず置いておくことにして、今は朝ごはんにありつきたい。舞子さんを夢の中から呼び戻して朝食を献上してもらうことにしよう。
 気を取りなおして舞子さんが寝ているベッドへと向かう。まずは現場検証を済ませておくのだ。
 ベッドの上へと飛び乗り、舞子さんの様子を確認しようとしたのであるが、この位置では布団がじゃまで全体の状態を確認することができないのう。
 何か代わりになる足場はないかと見回してみると、隣に据え付けてある化粧台が視界に入って来た。あそこなら十分な高さがあるので見分には持って来いである。
 さっそく化粧台の方へと移動し直して俯瞰してみると、そこには大の字になってベッドの上に横たわる舞子さんの姿があった。左足は膝から先がベッドからはみ出し、だらしなくぶら下がっており、めくれ上がった掛け布団はほとんど用をなしておらず反対側にずれ落ちそうになっている。
 おへそ丸出しのヘソ天状態で眠り続ける舞子姫、そのお腹は静かな寝息とともに僅かに上下運動を繰り返している。しかし、視線を移して寝顔の方に焦点を合わせてみると今度はまた別の画が見えてくる。
 口元は一文字に結ばれ、幽かな生の余韻すらあたえずに眠り続ける様はまさに眠れる森の美女。布団を挟んで上と下で別の生き物のようだ。
 これぞまさに二つの状態が一つの次元に調和して存在する非人情の場景と言うものだろう、舞子さんは存在自体が芸術なのである。
 さっそく視覚情報を心像化し、記憶空間への保存を試みる。なかなか良い画が撮れた、次の集会の時に皆で共有しながら議論してみることにしよう。
 さて、これで証拠の保存は終わったし、さっさと舞子さんを呼び起こすことにしようか。
 再び舞子さんの寝ているベッドへと移動し、健やかなる寝顔の方へと静かに移動する。
 いつ観ても美しい舞子さんの寝姿、全宇宙で一匹だけ、愛猫である吾輩だけの特権である。いつまでもこうして眺めていたいくらいなのであるが、名残惜しいかなそろそろお目覚めの時間である。
 さてさて、今日はモーニングキックのお返しに、ちょいと趣向を凝らしたモーニングコールをお見舞いしてあげることにしよう。
 白雪姫のお目覚めと言えば、宇宙最大の愛情表現である猫ペロン口撃で目蓋を捲り上げるのが定番なのであるが、これは大変な危険をともなう起こし方なので止めておいた方が良い。以前この方法で舞子さんを目覚めさせようとした時には、神速の裏拳で壁まで吹っ飛ばされてあやうく昇天するところであった。あぶない、あぶない、命がけの荒行になってしまうのでとてもお勧めはできないのである。
 と言うわけで、今日は比較的安全な尻尾くすぐり攻撃でのお目覚めと行こうか。では早速失礼して向きを反転、舞子さんの顔へお尻を向けて尻尾をすくりと立ち上げる。
 尻尾さえ掴まれないように注意していれば比較的に安全なはずである、まずは鼻先あたりを軽く擽ってあげることにしようかしらん。
「あら、おはようゴロちゃん」
「あれっ?」
 あわてて振り返ると、薄っすらと笑みを浮かべた舞子さんが吾輩のお尻を注視しておられる。これはちょっと恥ずかしいにゃあ、大失敗であった。
「どうせあんたのことだからまた私に悪戯しようとしてたんでしょう」
「め、めっそうもございやせん。舞子姫に向かってそんなはしたない真似など、朝のスキンシップでございますよ。はい」
「はいはい、朝ごはんでしょ。今準備してあげるから待っててね」
 するりとベッドから立ち上がり、台所へと向かう舞子さん。すんなりと起きてくれたのは良かったのであるが、どーも解せんなあ。吾輩が悪戯をしようとしているのに気が付いて寝たフリをしていたのであろうか? 勘が鋭いというか、不思議な感覚をもった御主人様である。
 さて、舞子さんのあとを追って台所へ行ってみると、ペット用のお皿に舞子さんが朝御飯を盛り付けている。今日の朝食は猫缶のようであるな、ここ一週間ほどずっと缶詰が続いているようであるがカリカリの方は切らしてしまっているのだろうか? まあよい、さっそく頂くことにしよう。
 吾輩が朝御飯を食べ始めたのを確認すると、舞子さんは台所から姿を消して出勤の準備を始める。吾輩が朝食を食べ終えてリビングに戻ってくると、今度は入れ替わりで舞子さんが朝食の準備を始める番だ。
 出勤までにはたっぷりと時間があるので、晴れの日であれば朝日を浴びながらグルーミングを行い、のんびりと過ごすのが日課である。そして時間が着たら、基本的には吾輩も舞子さんと一緒に探偵事務所へと出勤する。