猫の気持ち 其の三

 吾輩はまた新しい根城へとやって来た。

 名も無き主の元をはなれ、新しい飼い主を探すために流浪の旅へと出たわけであるが、どうにかこうにか新しい主を見つけ出すことには成功した。ただし、新しい主の諸元については今回もほぼ不明である。これから一緒に生活していく過程で、少しずつ解明されてゆくのを期待したいところである。
 前回とは違って、今回は運よく仲介役の紹介にあずかることができたので、多少は楽をさせてもらった。しかし、全て条件通りとはいかなかったようで、この世とは、あらためて理不尽なものであることを痛感したしだいである。
 なにせ、この地球と言う惑星においては、ホモ・サピエンス族と呼ばれる非常に野蛮で素行が悪く、肉食を好む獰猛な種族が支配者として君臨してしまっているのだ。しかも、近年においては惑星の表面を覆いつくさんばかりに大繁殖してしまっているので、われわれ猫又族が大変難儀な思いをするのは当然と言えば当然であろう。
 何処へ行っても、あの傍若無人なホモ・サピエンス族が我が物顔で闊歩して歩いておられるわけであるから、吾輩は狭苦しい隅っこでコソコソしているより他に方法がない。
 ホモ・サピエンス族なるものは、猫を飼う時に、やれヨークシャテリアが良いだのスコテッシュホールドが良いと、色々な条件を付けたがるのに、我ら猫又族の方は主を選ぶことが出来ないと言うのはいささか不公平と言うべきではなかろうか。
 いっそのこと、飼い主を求めて飢えたお猫様達のために、猫好きのホモ・サピエンス族を集めてオークションでも開催してみたらいかがであろうかと提言してみる。
 そうすれば、今回のようにアチコチと動き回らずとも我ら猫又族がお猫様への忠誠心を吟味したうえで、お気に入りの飼い主を抽出することができる。これでこそ真の平等と言うものであろう。

「ゴロちゃーん、お風呂沸いたよ。キレイキレイしてあげるからこっちに来なさーい」
 新しい、猫族とホモ・サピエンス族との関係について思案していると、舞子さんからお呼びが掛かり吾にかえる。
 そう、ここは舞子さんが一人で暮らしておるアパートだ。典型的な単身者用の間取りで、お世辞にも広いとは言いがたいのであるが、生活空間をコンパクトにまとめるには丁度良い間取りのようだ。
「コッチだよ、おいでー」
 舞子さんに呼ばれるままに、後を付いて行く。今日はゲリラ豪雨の中を走り回ったおかげで全身泥だらけになってしまったからのう、お風呂で洗い流してもらうことに致そう。
「先に中に入って待っててね」
 台所がある部屋へ招かれると、さらに奥の扉を開けて中へ入るように催促される。ふむ、浴室のようであるな。
 さっそく中へ入って観察開始。ふーむ、浴槽はわりと大きめであるな、単身用なのでそれなりの広さであるが、体育座りしなければいけないほど狭くもない。正面の壁には大きめの鏡と洗面台が付いており、シャンプーなどの小物類が並べられている。
 その中には見たことも無い、何に使うのかも分からない謎の器具を発見した。こぶし大の大きな吸盤のようなものが無数に付いている。はて、これは一体全体なんじゃらほい。
 ガチャリと浴室の扉が閉まる音がする。振り返って見ると、そこには一糸纏わぬ舞子さんの姿がある。なるほど、舞子さんも一緒に沐浴を済ませる算段であるな、大変に合理的だ。
「さぁ、もう逃げられないわよ。覚悟しなさぁい」
 うん、元より逃げる気など毛頭ないのであるが、何やら不穏な言い回しであるなぁ。よからぬことでも企んでおるのではなかろうのう。先ほど見かけた謎の器具の件もあるし、油断は禁物だ。
 しばし警戒しながら様子をうかがっていると、舞子さんはそのまま流し台へと向かい、シャワーの蛇口をひねると温度を確かめながら吾輩の方へ目配せし、おいでおいでと手招きしてくる。
 ふむ、どうやら吾輩を先に洗ってくれるようであるな。
「猫さん用シャンプー無いから今日はあたしので我慢してねー」
 言い終わると同時にシャワー攻撃が始まった。ううん、ニンゲン用のシャンプーをそのまま使うのはちょいと臭いがきつ過ぎるので勘弁してほしいのであるが、抗議をする間もなく、デロンと首筋から背中にかけてピンク色の液体を掛けられてしまった。
 そのまま舞子さんの手で全身を撫でるように揉み洗いをしておると、あっと言う間に吾輩の体は泡の塊に包まれながら膨れ上がって行く。おお、これは存外に気持ちが良いでござるな。
 自分の体がメレンゲのように泡の塊へと変貌してゆく奇妙な感覚。これはひょっとすると病み付きになるかもしれない。
「あはは、ゴロちゃんおもしろーい。鼻からシャボン玉出てる(笑)」
 一番楽しんでいるのは舞子さん自身のようであるな。シャボンがお気に入りならいくらでも出してあげるぞい。あと、うん。ソコ、首の裏の所をもう少し掻いてもらえると助かるにゃ。
「あわ泡泡泡~」
 浪花節に鼻歌を歌いながら、マシュマロお化けのようになってしまった吾輩をさらにこねくり回す。
「さ、ゴロちゃんもデビューに向けて発声練習よ。あわあわあわあわ~」
 ふい? 何のデビューかは知らんが、ここは一つ合わせておいた方が良いのかな。
『あわあわあわわわ~』
「弾けてポンッ!」
『弾けてポンッ!?』
「こつこつコツコツ~」
『こつこつコツツツ~』
「弾けてドカ~ン」
『土管ドカァンドカァァアアン
「なかなか上手いじゃない。これなら大丈夫そうね」
 ふむ、何が大丈夫なのかは判然としないが、とりあえず合格らしい。
 発声練習なるものが終わると、モクモクと泡立った体を再びシャワーで洗い流す。
 念入りに洗ってもらえたのだが、やはり人間様用のシャンプーはちと匂いがキツすぎる。
 仕方ない、しばらくの間は我慢するしかないであろう、次回こそはペット用のシャンプーでお願いしたいところだ。
「ホイ、おしまーい。ゴロちゃんはあたしが洗い終わるまで湯船の中で待っててね」
 言い終えると同時に、吾輩は両脇をかかえられた状態で宙を移動し、ゆっくりと湯船の中へと漬け込まれていく。
 ええ。いやちょっと待ってほしい、このままでは溺れてしまうではないか。と思いきや、体が半分くらい浸かったところで後ろ足が何かに着地した。
 おお、ちょうど良い所に足場があった。どうやらステップ付きの浴槽だったようだ。しかし、それでも四足を着いて立つと湯面ギリギリである。かろうじて鼻から上が浸からないで済んでいるだけの状態なので、ちょっとでも油断するとすぐに水没して窒息してしまいそうだ。顔をちょいと上に向けて、鼻先を湯面から出した状態で呼吸をするしかない。
「お、上手だねゴロちゃん。あたしが体洗い終わるまでそのままで待っててね。お湯飲んじゃダメだよ」
「へいへい、あまり待つのは好きじゃないので早めにお願いしますぞい」
 吾輩が溺れずに湯船に浸かっているのを確認すると、今度は舞子さんが体を洗い始める。しばらくはこのままジッとしておいて、舞子さんの入浴姿を眺める以外にすることがないのであるが、あまり長いこと待たされると茹で蛙になってしまいそうでちと心配だ。
 そんな吾輩の心配をよそに、舞子さんはのんびりと自分の体を泡に包み込んで、スポンジを使いながら各部をマッサージするように丁寧に洗い込んでゆく。


 

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