猫の気持ち 其の二


 そしてまた、一人と一匹の静かな時間が流れ始める。
 菅野所長は、ビールを飲みながら新聞を読んでみたり、壁際に置いてある小型テレビを点けてみたりと、休日に行き場のないオジサンのような所作を繰り返すばかりである。どうやら今日はもう仕事に取り掛かるつもりはないらしい。
 しばらく横目でその姿を観察していた吾輩であったが、直ぐに飽きて来た。
 さて、とりあえずは新しい主を見つけると言う目標は達成した。
 ここらで一つ午後の瞑想タイムにでも入ろうと目蓋を閉じたときである。
 ――何やら菅野所長の机の方から地鳴りのような音が聞こえて来る。
 何事かと思い、ソファの上から立ち上がり様子を覗いてみると。何とまあ、椅子の背もたれに仰向けで反り返りながら、大口を空けていびきを掻きながら寝ておられる。
 むむぅ、どうやら先を越されてしまったようであるな。
 それにしてもすごい音量のいびきだ。息を吸い込むときに上気道が振動してケモノの呻き声のように聞こえて来る。
 とてもではないが、これでは気が散ってしまって瞑想どころではない。何とかしてこの騒音を止めることはできないであろうか。
 とりあえず、原因を究明するべく調査してみることにしよう。
 ソファーからエイッと飛び降りて、菅野所長の仕事机へと向かう。机の横へと回り込み、じっくりと全体像を観察するのだ。
 菅野所長は、椅子にうんともたれ掛かった状態で、足を机の上へと投げ出してグーグーいびきを掻きながら寝ておられる。背もたれが低いせいであろう、首から先はカクンと九〇度折れ曲がり、半開きの口を天井へ向けている。
 うむ、いびきの原因はこのだらしない姿勢であることは間違いない、何とかしなければならんのう。
 しかし、こいつはちょっと困った。ソファーなどに寝転がっているのであれば、ちょいと口ひげで小突いたりして寝返りをうたせることで、何とかこの五月蝿いいびきを静めることが出来るかもしれないが、椅子の上で微妙なバランスを取りながら寝ているニンゲン様の姿勢を変化させるのは、なかなか至難の業である。
 いっそのこと、菅野所長の上へヒョイと覆いかぶさって起こしてしまおうかとも考えたのであるが、やめておくことにした。それは、次のような理由からである。
 この菅野所長は、先ほど舞子さんとのやり取りを観察したかぎりでは吾輩のことをあまい好いてはいない。
 舞子さんがこの事務所で飼うことには合意してくれたものの、大分つっけんどんな対応であった。お世辞にも猫好きとはいえないであろう。もちろん、猫嫌いであれば承諾などしないであろうが、ペットを飼うことについては大して興味が無いものと思われる。
 そうなると、なぜ彼は自分の事務所で猫を飼うことを許可したのであろうか。
 吾輩の推理では、以下の理由ではないかと思われる。
 まず、先ほど菅野所長が事務所へとやって来たシーンを思い出していただきたい。彼は事務所へとやって来て、まずは舞子さんに挨拶をした。しかしながら、その視界には吾輩も入っていたはずである。ところが、菅野所長は吾輩のことを舞子さんに尋ねることなく、吾輩が寝転がっているソファーの横を素通りして行き過ぎてしまった。まさに眼中になしといった具合である。
 このことからも、宇宙一の愛玩動物である御猫様に対して、特に興味を持ち合わせていないことが伺える。さらに、舞子さんに呼びかけられた時に吾輩を見下すような目付きでジッと観察していたのを思い出していただきたい。
 彼はきっと、このときに吾輩がどれ位の値段で売れるであろうか勘定していたに相違ない。そして、二束三文にもならない雑種の野良猫であると鑑定したあとは、そのままそっけない態度で舞子さんに全てをまかせると、早々にこの問題を切り上げてしまったのである。
 吾輩がもし、血統書付きの由緒正しき長毛種などであったならば、彼の態度が一八〇度変わっていたであろうことは想像に難くない。すぐさま生写真を撮りまくり、SNSなどにアップロードして、名探偵、菅野所長の助手として祭り上げられていたことであろう。
 さらにその後は、すぐさま書店へと駆け込み、猫の飼育方法で定評のある実用書を手当たり次第に買い漁ってくるくとだろう。はれて次の日から、このへっぽこ探偵は、世間の話題を牽引する猫好き探偵へと変身をとげるのである。

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