猫の気持ち 其の一


 当てもなくフラフラと右へ左へと折れ曲がり、しばらく進んで行くと、商店街らしき場所へとたどり着いた。初めて見る商店街でござるな、自宅とは反対方向へ歩いて行ったので無理もないか。とりあえず、野良でも飼い猫でも構わないのでこの辺りの事情に詳しい猫を探してみることにしよう。運が良ければ最適な飼い主を紹介してくれるはずだ。
 なぜ、そのような親切を働いてくれるはずだと決め付けて考えるのか。読者の中には不思議に思う人も居ることであろう。しかしながら、猫の世界ではちっとも不思議なことではないのだ。なぜなら、猫と言う生き物はこの宇宙の中において、最も真理をわきまえた生き物であるからだ。したがって猫の世界においては、意見の相違による衝突は起こりえるが、人間社会に今でも慣例として存在する原始人村のような階級や派閥闘争などは存在しえないのである。
 したがって何か困った場合は、そこらで見かけた猫であっても遠慮せずに気軽に相談することができる。
 猫の世界は真の意味で平等なのである。お寺に住んでおろうが、教会に住み着いていようが、はたまた野良猫であろうが、等しく宇宙の法則に従って施しを受けるのだ。
 そう言う訳であるから、吾輩は何も心配する必要はない、堂々と商店街の中を練り歩いてお仲間を探すのだ。
 通りの様子は閑散としていて人通りもまばらなようであるな、ざっと見回して見たところ開店率は良くて六割と言ったところであろうか。おせじにも繁盛しているとは言い難い状態だ、シャッター街一歩手前と言ったところでござろうか、現実とはなかなか厳しいものである。
 古ぼけたタイルが敷き詰められた通りをのそりのそりと歩いてゆく。そろそろお昼時のせいであろう、飲食店から漂って来る甘い香りがお店の前を通るたびに鼻腔を刺激して来るのであるが、昨日ちょいと飲みすぎて二日酔いになってしまったせいか、お腹の方は全くの無反応である。今日もお昼は抜きで過ごすことになりそうだ。
 飲食店の誘惑に惑わされることなく、吾輩は商店街の探索に集中する。どこかに猫を飼っているお店が無いか一軒ずつ丁寧に調べながら進んで行く。調べると言っても、わざわざお店に侵入する必要はない。猫又族の優れた能力をもってすれば、通りからお店の中を透視するだけで猫が居るかどうかはすぐに判別できてしまうのだ。
 う~ん、それにしても……。どこのお店を見てまわっても、猫はおろか若者の姿がまったく見当たらないな。どこもかしこも老人ばかりである。子供達はとっくの昔に自立して他所に旅立ってしまったのであろう、これでは駅前のショッピングモールやデパ地下に客を食われるばかりで益々先細りになるばかりであるな。同じ町に住んでいるはずなのにこの差はいったい何なのであろうか。
 この世界でもだいぶ二極化が進んでいるようである。美里町は決して老人ばかりの限界集落などではない、しかしながら、若者が集まっている場所とそうでない場所の格差が極端に開いてしまっていると判断できる。
 こうなってくると、作戦を変更しなければならないかもしれないなぁ。吾輩はあまり騒がしい場所が好きではないし、人が集まる場所と言うのは猫にとってもいろいろと激戦区になってしまうので気が進まないのであるが、一旦出直して駅周辺の方へ戻ることにしようかのう。
「ちょいと、そこのダンナ」

“猫の気持ち 其の一” への2件の返信

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