猫の気持ち 其の八


『ここで、バカルトニアンを時間に依存しない系として与えれば、狂信者の数が指数関数的に増加することになり、抵抗勢力は誤差の範囲に埋もれ消滅することになる。したがって鶴の一声における現実的な解として対応していると解釈して良いだろう。犬作が「地球は平らや!」と言えば、信者も必ず「地球は平らや!」と答えるのであ~る』
 ふむ、在善教授も調子が出てきたようであるな。吾輩も主に見つかる前にちょいと移動することにいたそう。
 女学生の膝の上を跨いで通り抜けてから階段状の通路へと躍り出る。
 階段を下った先には、在善教授が講義用のノートに視線を落としながら講義を続けている。よし、移動するなら今のうちであるな。
 吾輩は在善教授へ照準を合わせたまま、そろりそろりと通路を下り始める。前列へ近づけば近づくほど受講生の数は少なくなり、在善教授にも発見されやすくなるので危険である。しかし、吾輩にはさきほどからちょっと気になっている人物が居る。
 前から二列目の所で一人ポツねんと講義を受けている女学生の姿が、――彼女は一体何者だ。
 何かあればすぐさま隣の講義机の列へ飛び込めるよう、端の方へと寄りながらゆっくりと進んで行く。ゴールはまだ大分先である。
 在善教授はノートに視線を移したまま講義へ没頭しているようだ。この様子なら楽勝であるな、ちょいと歩を早めてスピードアップしようとした矢先であった。
 在善教授がフイと顔を上げてコチラを鋭い眼光の宿る目で睨み付けて来たではないか。
 索敵レーダーでも持っているのであろうか、こいつはちょっとマズイことになったぞミッシェル[要出典]
 吾輩はすぐさまありとあらゆる運動を緊急停止してその場にジッと佇む。
 動いてはならぬのだ。尻尾もヒゲも微動だにしてはならぬ。もちろん、呼吸のために横隔膜を動かすことも禁止だ。あらゆる生命活動を停止して蝋人形のように瞬きもせず耐えねばならない。
 在善教授が探偵のような目付きで吾輩を睨みつけてくる。
 ぬぅ、こうなったら根比べだ。先に意識を逸らした方が負ける!
 なぜこのような所に猫の蝋人形が置いてあるのかと言う疑問は瑣末な問題にすぎぬ。生きた猫であると毛取られたが最後、吾輩の未来は猫鍋へと確定してしまうのだ。
 しばし無言のにらみ合いが続く。在善教授と吾輩は一対一で注目し合い、学生達は突然と講義を中断してしまった教授の方へと視線を集め始めている。モタモタしていると吾輩まで見つかってしまいそうだ、――まだか。

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