猫の気持ち 其の七


 廊下の様子を窺っていると今度は背後から女の子の声が飛んで来た。
 そのまま顔を真上へと振り仰いでみると、ポニーテールかオバテールか判然としない微妙な具合の女子学生が吾輩を見下ろしておる――メガネは無しか。
「猫だー。猫ちゃんがいるー(笑)」
 先ほどから猫じゃ猫じゃと喧しいのう。吾輩は完璧な猫に変装しておるのだから猫に見えるのは当然であろう。コレが瞼の爛れたガチャピンブルドッグにでも見えると言うのか、えぇ? ニャメたことを言っておると地球から排除してやるぞなもし。烈風毛とレインジングストームどっちがお望みかえ。
「何でこんな所に猫さんが居るのかなー?」
 有無を言わさずに吾輩の両脇を抱えると、そのまま宙ぶらりんに担ぎ上げられてしまった。
 熱気だけで生きているような十代に説法を解いても無駄であろうかのう。何処に居ようがそれは猫の勝手であるぞなもしと言ってやりたいところであるが、吾輩の抗議を聞く気はさらさら無いようで、さらに質問責めが始まる。
「ハーイ、猫さん。あなたはいったい何処からやって来たんですかー」
 おぉっと、そいつは禁則事項と言うやつであるなぁ。答えることは叶わぬ、ニャンドロメダと言う事にでもしておこうかしらん。
「そっかあ。きっと私のことが気になって会いに来てくれたんだよね、きっとそうに違いないわ」
 あぁはぁ? 何を言っておるのかのうこの子は。ちっとばかし変な子に捕まってしまったかもしれないのう。
 女子学生は吾輩の意思などお構いなしと言った具合で、吾輩を抱えたまま小走りに進みだした。一体何処へ向かうつもりであろうか――まさか。
 吾輩を宙ぶらりんに抱え上げたままズンズン廊下を駆け抜けて行く、すれ違う生徒達が吾輩の姿を見て目を点にしている。そんなに猫がめずらしいのであろうか。
 しばらく真っ直ぐ進んでいたところで、突然向きを90度回転させると教室の中へと飛び込んでしまった。あぁ、イヤな予感がしてきたなぁ……。
「ねー、見て見て。ニャンコ捕まえて来たw」
 掛け声が教室に響きわたると同時に、周りに居た生徒達が一斉にこちらへと向き直りゾロゾロと集まって来るではないか。そして吾輩は、でんっ、とその辺りの机の上へ仰向けに寝転がされてしまった。も少し丁重に扱ってもらえぬものかのう。
「何ーこの猫。目つきわっるぅww」
「何処から紛れ込んで来たんだろ」
 好き勝手な言葉を並べながら品評会が始まってしまったようだ。こうなってしまっては仕方がない、十代の熱気に翻弄されるがまま、しばらくの間はなすすべもなくゴロゴロとしておるしかないであろう。あーコレコレ、お股開きの刑はやめてほしいニャ。
「雄だー、雄ニャンコだねー」
 なぜかスマホを取り出して撮影を開始する者が居る。基本的猫権の尊重と言う物を知らないのであろうか。
 吾輩は猫である。猫なのは見てのとおりなのであるが、別段変わった猫と言うわけではないだろう。何処にでもいるような普通の野良猫である。耳が一個しかなかったり、眼がハート型だったりするわけでもない、ただの猫である。しかしながら今、吾輩は学園と言う特殊な空間の中で、まるで宇宙人でも発見したかのような熱狂に包まれておる。普段は街中で見かけても邪魔くさそうな目で睨み付けながら唾を吐きかけてみたり、魚屋の前で見つけようものなら天秤棒を振り回して便所の中まで追っかけて来るであろうに、いやはやニンゲンと言う生き物は時として理解不能な行動をとり始めるものである。
 この集団真理の根源が何処から沸き起こってくるものなのか。大いに研究してみる価値があるものと改めて再認識した次第である。
 しばらく流されるがままに身をまかせ、玩具のように弄ばれていると鐘の音に似た予鈴が鳴り始めた。そろそろお暇させてもらうことにするかのう。
 吾輩はくるりと起き上がり、机から飛び降りると廊下へ向かって走り出す。
「猫ちゃん帰るの? またねーw」
「ハイハイ、またねーでござる♪」
 先生方に見つかって隔離されてしまうと厄介であるからのう、手早く撤収することにいたそう。
 廊下へ出ると、来た時とは反対の方向へ走り抜けることにした。さて、お次は何処に行こうかなと走りながら思案してみたのであるが、ちと名も無き主が気になってきた。一旦本部棟に戻って様子を見てみることにしようかのう。

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