猫の気持ち 其の一


 吾輩は猫である。ちょっとある事情があって地球と呼ばれる惑星に潜伏している。
 もちろん、猫の姿というのは仮の状態であって擬態である。なぜそのような事をしなければ為らなくなったのか、その経緯を説明しようとすれば、非常に長い経路を辿らなければならなくなるのであるが、それらを並べ立てて開示し論説しようとすると、膨大な量になるであろう知識、及びそれらに付随する概念を逐一書き下ろしていかなければならなくなり煩雑を極めることになる。
 さらに言えば、この広大無辺であるネット空間の中で、宝くじに当たるよりも低い確率であろう当サイトを探し当てることに成功し、――このポエムを偶然にも目にする事になった諸君が。苦行にも等しい労力を裂いて表明した吾輩の哲理を正しく理解し、猫と和解したうえで大宇宙の真理に従い正しく行動できるとは思いがたい。
 吾輩がこの惑星の生物を観測したかぎりでは、そんな宗教じみた小難しい事を考えるより、宝くじでも当てて美味しい焼肉を食べに行きたいと考える者の方が多いことは間違いないであろう。難しい事は猫にでもやらせておいて、美味しいところだけ莫迦でも安く教えろと言う乞食みたいな輩ばかりが暗躍しておる。
 したがって、吾輩もココでは小難しい宗教話はやめておくことにして、猫の気持ちだけを書くだけにしておこうと思う。こう書くと、猫の気持ちなどどうでも良いから小難しい話をしろと言う輩が出て来るのが世の常であり、また心理でもある。
 よかろう、そんなり知りたければそのうち小説にでもしてやろうかしらん。知ったところで1円にもならぬであろうが、心の栄養が偏り、奇形化してしまった現代人には丁度良い栄養補給になるであろう。
 ついでだから先に書いておくが、そんなモノを読んでも決して幸せになれるなどと思ってはいけなひ。多くの人にとっては、毒にも薬にもならぬような代物であるから無害ではある。しかしながら、超神水のような特性も持っているので、もがき苦しんだ末に発狂して変人扱いされたあげく豚箱行きになる輩も出てくるかもしれない。もし、その苦しみに耐え抜き、自我の発現に成功することができれば、我ら猫又族の下僕として充実した人生を送ることができるであろう。
 さて、そろそろ話を戻そうか。そう、なぜ猫なのかと言う噺であった。
 ここでまずは猫の魅力について書き下さねばならないのであるが、ちょっと前置きが長くなり過ぎてしまったので、次回ゆっくりと話していくことにしよう。

“猫の気持ち 其の一” への3件の返信

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