猫の気持ち 其の六

 吾輩は電車に乗っている。円天舞う空の中を主と一緒にのんびりと旅をしているところだ。

「どうだぁマイケル。これが電車って乗物なんだぞ、スゴイだろ」
 ふむ、小学生ではあるまいし、何がスゴイのかもう少し具体的な説明がほしいものだのう、吾輩はエスパーではないのでな。ついでに言えば、お主が土を掘り起こして線路を引いたわけでもあるまいに、自分で拵えたかのごとく振舞う理由も教えて欲しいところだ。
 こんな呆け経に洗脳されてしまったような主でも主には違いないので、ちょいと尻尾をゆらゆら揺らして敬愛の意を表現してみることにした。
 すると満足してくれたのであろう、お多福のやうな満面の笑みを浮かべるとズボンのポケットからスマホを取り出していじり始めた。
 おそらくは課題のプログラムをコピーさせてもらうために同級生と連絡を取っているのであろう。学園へ到着するまでにはまだ時間がある、吾輩は主の横で丸っこくなりながら終点に着くまで一眠りしようかと思っていたときである。
「あぁ、ふざけんなよぉ」だとか「ちーがーうーだーろー」とか「○△×~」と裏声でヒトモドキのような笑い声を上げると、スマホの向こうに居るらしい見えない敵と戦い始めてしまったではないか。これはちょっと煽て過ぎてしまったかのう、変なスイッチを入れてしまったかもしれにゃい。
 しかしながら、観察しているぶんにはなかなか愉快なので、このまま生暖かい目で見守ることにしよう。


 電車は丘の上にある学園へと向けて螺旋状に旋毛を巻きながら進んで行く。
 ほとんど学生しか使わないので、四両編成のこじんまりとした列車となっている。電動化されてはいるものの、車内は全席向かい合わせのボックスシートで昔ながらの雰囲気がそのまま残っているせいか、一見すると何処かへ旅行にでも行くかのように思われそうだ。
 途中に三つほど停車駅があるのだが、二つ目の停車駅で一人の中年男性が乗り込んできた。肩掛け式の大きな荷物袋を抱えており、動き出した電車に煽られながらフラフラとこちらに向かって歩いて来る。
 午後の時間帯と言うこともあってほとんど空席だらけなのであるが、吾輩と主が座っている席の横でピタリと動きが止まった。
「おとなりよろしいですかね」
 名も無き主はスマホから目を放し、声のする方へと振りかえる。
「た、立鼻先生!」
 どうやらお知り合いのようであるが、返事を待たずして了解したかのごとく荷物袋をドサリと向かい座席に放り出すと、通路側の席にポスリと座り込んだ。
「大きな荷物ですね。今帰って来たんですか」
「ええ、今しがた那恋の温泉旅行から帰ってきたところです」
 ようやく肩の荷が降りたと言った感じで安堵の息を吐きながら答える。主より一回り小柄な男性であるが、中年の割にはそれほど腹は出ておらず端整な印象を受ける。そして、こちらもまた探偵じみた金縁の眼鏡をかけておる。
「ずいぶんと長い逗留でしたね」
「濃縮蜂蜜みたいな作品ですからねぇ。なかなかに骨が折れますよ」
「いっそのことそのまま住み着いてしまえばよかったんでは?」
冗談ではない」    マタコサーン
 この立鼻と言う男性は、主の通う学園において芸術の科目を担当しておるらしい。何やら絵を描くことを生業としているらしく、いわゆる美学者と呼ばれる人種なのであるが、この美学者と呼ばれる輩はどうも一癖ある者が多い。
 吾輩の先輩もさんざん手を焼かされたものであるが、この美学者と呼ばれる凶悪な人種は、自ら焼き上げた壷を「出来損ないだー!」と叫びながら床へ叩きつけて破壊してみたり。料亭でタダ飯を食べておきながら、アレやコレやと難癖を付けて批評してみたりと、およそ凡人には理解不能であろう奇行を繰り出すのが一大特徴である。もしも出会う機会があったなら存分に注意した方が良いであろう。尤も、芸術の道を極めるためにはこれくらいの狂気が必要と言うことなのかもしれないにゃ。
「しばらくご無沙汰でしたが、そちらの方はどんな感じですか」
 金ピカの眼鏡を輝かせながら、今度は立鼻先生が問い返す。何となく探偵に尋問されているような気分になるのは気のせいかしらん。
「え、ええ。絶好調ですよ。今日も円天と株で一稼ぎしてきたところです」     ププッ
「それはよかったですねw」
「あ、そうだ。先生にちょいとお願いがあるんですが」
「何です?」
 リュックの中をしばらくまさぐると、一尺ほどの金色の像を立鼻先生へと手渡す。
「そいつを鑑定してもらえませんか」
 立鼻先生。金色の像を眼前まで持ち上げると、眼鏡の奥で探偵じみた審美眼を輝かせ直ちに鑑定へと入る。
「いかがでござんしょ。近所の骨董屋で見つけた掘り出しモノなんですが」
「う~ん、ずいぶん安っぽいマリア像ですね。地金が透けて見えちゃってますよ」
「先生が変なスイッチを入れるからでしょ(笑)」
 しばらくの間クルクルと像を回して見たり、台座の裏を確認してみたりと、熱心に鑑定作業を続けていた立鼻先生であるが、三十秒ほどであっさり終了すると、再び像を主の方へ差し戻した。
「まぁ、家に飾っておく分には問題ないんじゃないでしょうかね」
「そうか、無念。カトリックの彼女にプレゼントしようと思ったんだけど」
「速攻でゴミ箱行きでしょうなw」
 目利きに自信があったのであろうか、名も無き主は思いのほかションボリと落ち込んでしまった様子である。


 電車はそんな二人のやり取りを意に介することなく、黙々と目的地へと向かって突き進んでゆく。主の家を出たときには遥か上空へ見上げるようにそびえ立っていた雑居ビル群も、今や眼下へと拡がるミニチュア模型のようだ。
「いやあ、やっぱり田舎の電車はのんびりとしていて落ち着きますね」
 窓の外を眺めていた立鼻先生が誰に言うでもなく、独り言のようにポツリと呟く。
「まったくですね、都会の電車なんて最悪ですよ。客なんて畜生と等しき扱いですからね、すぐに混雑して鮨詰め状態になるし窓すら開きませんから。いや、実際はちょっとばかし開くようになってるんですがね、むやみやたらと勝手に開けようものなら周りから白い目で見られて大変なことになります」
 口ではこう言うものの、名も無き主はまだ歳が若いせいか、週末になると満員電車に乗って夏葉原へと向かい、おびただしい数の人々が溢れる歩行者天国を一日中歩き回っても存外平気な顔をしているタイプだ。集団の中に埋もれているとなんとなく安心できるものである。
「都会の息苦しさを反映しているものと思われ」
「・・・・・・最近生え際がヤバくなってますね」
「髪に見放されたんでしょうw」
 この立鼻先生は、あまり都会の雑踏が好きではないようで、先ほどから興味無さげな感じで外を眺めたまま、かろく受け答えするばかりである。
「それにしても今日は暑いですね、窓開けてもよござんすか」
「どうぞ」
 立鼻先生に了承を得ると、窓際に座る主が席を立ち窓を空けにとりかかる。上下二分割のスライド式なのであるが、この車両に採用されている窓はちょっと面白い。主が両脇に付いている摘みを持って下側の窓枠を持ち上げると、それに連動して上側の窓枠もスルスル降りてくるではないか、こうして上下に三寸ほどのスリットが出来上がった。なかなか良く出来たカラクリ窓である。
 まだ強めの日差しと今一つ効きが弱い空調機のおかげであろうか、草木の臭いが染み込んだ心地よい風が車内へと流れ込んできた。
「う~ん、心地よい風ですね、一曲歌いたい気分になってきます」
「お題目は?」
隠し子と恋に堕ちるプリンス
「際どいネタですなw」
 そしてお風呂場で上機嫌になったおっさんの如く、立鼻先生が鼻歌を披露しはじめた。
「天に~唾する~愚か者~♪」
「落ちる~ナイフに~昇竜拳♪」
 替え歌かどうかは知らないが随分とのんびりとした唄であるな、吾輩もついつい尻尾を振って音頭を取ってしまう。

猫の気持ち 其の五

吾輩は食後の散歩をしておる。新しく出会った町を探索中である。

 十分ほど主人の背中から町の様子を観察しておるところであるが、異国の地まで移動したワケではなさそうだ。見覚えのある建物はまだ見当たらないが、人々の様子や話し言葉からしてそう遠くまでは来ておらぬであろう。まずは一安心だ。
 町の景色が後ろから前へと流れてゆく。住宅街を抜けたのであろう、飲食店やスーパーが増えて人の数が多くなってきた。
 またしばらく観察を続けていると踏み切りの音が聞こえてきた。駅が近いようであるな、電車か駅名が見えれば現在地を探るヒントになるのであろうが、主人のリュックに潜り込んで背中合わせに向いているので今のところ音しか聞こえない。
 電車が通り過ぎて踏切が開く。踏切を渡るついでに駅のホームが見えたので駅名を確認しようかと思ったがまだ遠い、しかしながらちょっと見覚えのあるような気がするホームだ。意外と近いぞこれは。
 主人が進行方向を変えた。駅の改札へと向かっているのであろう、ここで何処から沸いて来たのかは分からぬが一気の人の数が増えてきだした。学生が多い町のようであるな、それっぽい服装の若人に甘い香りが流れるお菓子屋さんと喫茶店だらけになった。
 いよいよ改札へ向かうかと思いきや。主よ何をおもったのか駅前を通り過ぎてしまう。
 しかし、ここで駅の看板を確認することが出来た。『園原駅』とある。なるほど、吾輩の自宅の最寄り駅から二駅の近所であった、まあそんなものであろうな。
 さてさて、主よ一体全体何処へ向かうつもりであろうか。しばらくジッとしていると、とある喫茶店の前で立ち止まった。
「お前はカリカリを食べてご満悦だろうけど僕は朝からまだ何も食べていないんだ。今度は僕がご飯を食べさせてもらうよ」
 そう呟くと、リュックを下げてから吾輩を抱き上げ、地面へと降ろしてくれた。
「猫のお前には分からないだろうけど、この店でブリテンサンドを食い散らかしながらスマホをイジるのが最近のトレンドなのさ」
 ふむ、新興宗教の儀式か何かかのう、犬や猿でも分からぬと思うが。ついでに言えばズボンのチャックが全開になっておるようじゃがコレも儀式の一環であろうか。
「さ、ココはペット入店禁止なんだ。アッチの公園で散歩でもしておいで、あとで迎えに行ってやるから」
 チャックが開いているのを教える暇もなく追い払われてしまった。主は再びリュックを抱えると踵を返し、店の中へと入ってゆく。
 うむ仕方がない。言われたとおりちょっと散歩でもすることにいたそう。
 吾輩もくるりと身を返し、歩道を渡って公園へと向かう。
 駅前広場といった感じの公園はそれほど広くはないものの、ここも外縁に沿って遊歩道がある。ご飯を食べるとなると二・三〇分は掛かるであろうから、ゆっくりと散歩することにしよう。
 まだ少し強めの日光を浴びながらのっしのっしと歩いていると、何やら猫影らしきものが二つ見えてきた。これだけ天気が良いと散歩したくなるのが猫の性と言うものなのであろうな。
 少しずつ間が詰まってゆく、五・六間ほど近づいたところでふと気が付いた。どうも、見覚えがある。あのデップリした体格とギラギラした体毛は・・・・・・間違いない、アランとポルポト君のようだ。
 さて、どうしたものかのう。とりあえず今は用事もないので、ちょっと足を止め景色を眺めるフリをしてやり過ごすことにした。
 しばらく時間を潰してからもうよかろうと前に向き直ると、おやどうしたことか。アラン君とポルポト君、先程と同じ五・六間先で座り込んだまま何やら話し込んでいる。どうやら吾輩が来るのを待っているようだ。ヤレヤレだぜ。
 仕方が無いのでそのままズンズン進むことにして、たったいま気付いた風を装って話しかけてみる。
「おや、そこにおられるのはひょっとしてポルポト君ではありますまいかな」
「おやや、これは満毒斉君じゃありませんか。いやはや、こんな所でバッタリ出くわすとは奇遇ですな。ひょっとしたら天の導きなんてのもあるのかもしれないね。ヘアッハッハッハ」
 (ホントかよ胡散臭ぇなw)
「ヌコヌコ団の活動状況はどうでヤンスか。一週間ほど姿が見えなかったんで心配したでヤンスよ」
「ヌコヌコ団? 一週間?」
「おや、先週の集会で入団を承諾したじゃないかね。ハッハッハッハ」
 ああ、そう言うことか。どうやら異世界転生した衝撃で時空連続体に歪みが生じておるようじゃな。なに大したことは無い、お月様がデススターに変わっていたくらいの誤差だ、じきに収束するだろう。
「ボチボチと言ったところですな。完璧なまでには具現化出来なかったでござるが」
「それなら良かった。満毒斉君の活躍には期待しているからね、是非とも精進してくれたまえよ。ハッハッハッハ」
「おや、薄汚い野良猫どもがおるのぅ」
 仕方が無いので世間話でもして時間を潰そうかと考えていたところ今度は見知らぬ猫が一匹現れた。何処でも見かけるような茶トラ柄であるが、一風変わった出で立ちで、首には百円ショップで見かける程度の数珠がぶら下がっている。
「はて、どちら様でヤンスかね」
「ほぅ、世界に名だたる公明学会を知らぬと見えるな無知どもよぉ」
「「「なんだ、創価おじさんか」」」
「はて、コイツは珍しい拵えですな。ひょっとして独仙君のお知り会いかね。ハッハッハッハ」
「ドクセン? 知らぬなそのような者は。崇高な高僧たる学会員は薄汚い野良などとはつるまぬものだ」
「でも貧乏人は利用したいでヤンスかw」
「さもしい仏でござるな」
「なにが創価はタブーやねん。アホちゃうんかホンマに」
 うむむ、この背後から忍び寄るような声は。
「やあ、にゃんドレック君。今日もお得意の成り済ましかい、ところで今日は何時から居たでござるか」
「いやぁ、ちょっと食後の運動がてら通りがかっただけでさあ。ホントでヤンスよ、フヒヒヒ」
「オ、おフランスは関係ないでヤンスよ。何言ってるでヤンスか」
「珍モツの艦隊ねぇ」
「え、冤罪でヤンスよ、失敬な。無礼だ! 無礼だ!」
「ほぅ、今度は口の汚い子鼠が沸いてきおったようだなぁ」
「誰が鼠やねん、メクラ坊主」
「維新志士顔負けの気迫でござるな」
「今の維新なんぞクソや。金で勲章買いあさっとるだけの犬作卿と変わらへん」
「ほぅ、庶民の王者たる犬作の神に唾を成すとは何を意味するか分かっておるのか餓鬼どもよぉ」
「オイオイ、おまエラ仏じゃなかったのかよw」
「おやおや、随分と不穏な平和宗教(笑)さんだね。ハッハッハッハ」
「身潰し戦争カルト珍一協会とベッタリやんけ」
「パンツにこびり付いたウンコスジみたいなもんでござるか」
「戦争を美化するなって何度言えば分かるのかねぇ。サル
「また焼かれたいのか?」
「サ~ルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサル猿とサ~ル」
「さ、サルサル千発でヤンス!」
「千発でも一万発でも殴り続けたまえ。ハッハッハッハ」
「戦争を美化するような輩に正義などない。いかなる理由であってもな」
「こんなカルト宗教王国が核武装してアジアの盟主になるとな? 正気の沙汰かねw」
「アメリカの監視が無くなったらまた暴走してやらかすだろうね。ハッハッハッハ」
「ふん、下らん妄想探偵ゴッコだな。せいぜいネットの隅で吠えておれば良いぞ負け犬どもよぉ」
「だから猫や言うとるやろがコピペ本尊
 もはや禅問答など無意味と判断したのであろうか。踵を返し歩き始める。
「おや、もうお帰りでヤンスか」
「サイゴーどんネタで茶番劇でも始めるのかね、ハッハッハッハ」
「また政府に都合が良いよう捏造するだろう」
「髭でも生えるんでヤンスかねw」
「もう全員金髪碧眼キャラでやればええんちゃうんか。分かりやすいように」
「ヘンリー・タカモリ・サイゴーなんかどうかね。ハッハッハッハ」
「なんかイケメンオーラが出てるでヤンスw」
 名前も言わぬ宗教猫さんはそのまま風のようにスルスルと歩き去っていった。
「およよ、お気に召さなかったのかな。ハッハッハッハ」
「シャッターがガラガラチーンって降りたんやろ」
「それにしてもけったいな輩だねぇ、ひょっとして満毒斎君のお知り合いかな?」
「知らんね。恩着せがましい同和チンピラなんぞ」
「おぅ、マイケェェ~ル。こんな所でガマ油売ってたのかw」
 今度は宗教猫が去って行った反対方向から野獣のような蛮声が飛んで来た。
「「「マイケェェ~ル?」」」
 皆一斉に首を回して振り返るものの吾輩以外は初対面であるからして、しばらくするとその視線は自然とコチラに集まって来る。香具師は何者であろうか。
「今ならハクション本尊とセットで八割引でござるよ」
「それって原価割れしとるんじゃないのかね。ハッハッハッハ」
「シャア獲得のためさ♪」
 名も無き主はガニ股ぎみに大股でのっすのっすと此方へ向かって歩いて来る。予測した通りであるが、ズボンのチャックはまだ全開のままだ。
「ひょっとして・・・・・・アレが君の御主人様かいw」
「さすがでヤンスなwww」
「猫は飼い主の方が似る言うしなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「草生え過ぎでござる」
 我々の眼前まで来ると、そのまま腰に両手を当てて仁王立ちの体でコチラを見下ろす。しかしまだチャックが全開になっているのに気付く気配はなさそうである。脳の何処かに障害でもあるのかしらん。
「おぅ、さっそくお仲間作って座談会(笑)か、なかなかやるじゃねーか。俺にも猫の言葉が理解出来れば参加してやっても良かったんだけどな。ガーハッハッハ」
「「「お前と話すことなんか何もねーよwサル」」」
 この名も無き主と言うのは、このように猫前や人前にでた途端、急に尊大な態度を取り始めることが多々あるのだが、おそらくは何とかして主としての風格を出したい! と言った具合の幼稚な願望がこのやうな態度へと表れておるのだろう。
「いやはや、何とも愉快な御主人様じゃないかね。ハッハッハッハ」
「今度の集会が楽しみでヤンスなw」
「愉快な旅はまだまだ続きそうやw」
「うむ、期待に答えられるよう善処するでござるw」
「おぅ、マイケル。そろそろ行くぞ、今日は急いでるからな、特別に俺様のリュックで運んでやるぜ」
 言い終わると同時に吾輩の目の前にリュックが下りて来た。吾輩が家を出た時と同じように中へ潜り込み定位置へ付いたことを確認すると、名も無き主は再びゆっくりと背負い始める。
「これから何処かへお出掛けでヤンスか?」
「うむ、主と一緒に学園に行って来るでござる。女学生のレベルをチェックしておきたいのでな」
「相変わらず研究熱心だね(笑)」
「ミイラ取りがミイラにならねーようにな♪」
「うむ、諸君らも精進してな。創価学会Mk-IIにならないことを祈っておるよ」
 眼下にある三匹の風景がズンズン遠ざかってゆく。電車の発車時刻が近いのであろうか、大分早歩きである。

 こうして吾輩は秘密の花園へと旅立つのであった。

猫の気持ち 其の四

吾輩は御飯を食べている。丁度遅めの朝ごはんにありついたところだ。
 
 新しい世界で、ほど良い歯ごたえのある猫専用ドライフードを食べている。味付けも猫用なので胸焼けをせずに済みそうだ。
 餌の方は予想外に上物みたいで、新鮮な牛肉の風味が食欲をそそり立ててくる。猫となってしまった今では主人に話しかけてみたところで会話を成立させるのは難しいと思われるので、カリカリ音を立てて喜びの気持ちを表現してみたのであるが、名も無き主人は気にする様子もなく、ずっとパソコンと睨めっこをしておる。
 先ほどまで慌しく作業をしておったがどうやら一段落したらしい。それなら吾輩の蠱惑的な姿態を愛でるくらいの心遣いはあってもよいものであるが、エレキ仕掛けの電脳空間が気になって仕方がないようである。
 オタクと言う生物は皆このようにカーテンを閉め切った薄暗い部屋でモジモジしているのが好きなのであろうか。実に不健康であるな、よろしい。吾輩が食後の運動がてらちょっと遊んであげることに致そう。
 一息に残りのカリカリを始末してから、名も無き主に気付かれぬようそっと忍び寄る。
 フフフ、カリカリの音が途絶えたことにも気付かぬ我が主はじっとモニター画面を見つめたままである。よほど作業に集中しているようであるな。
 さてさて、何をしておるのかな。先ほど吾輩が探索したのとは別の方のモニターを盗み見てみると、どうやらプログラム言語をいじっているようである。
 吾輩は再びヒョイと音を立てぬよう静かに机へと飛び上がる。
 名も無き主は、吾輩が近づいて来たことにまだ気が付いておらぬようで、液晶モニターの一点を食い入るように見つめたままである。
 やはり思った通りであるな。オタクと言う種族は何か物事に集中し始めると周りが見えなくなるようで、もはや吾輩が視界の隅に入っておるであろうに一向気付く気配がない。よし、これならイケるぞ。
 吾輩は堂々と視界の隅から一緒にモニターを眺め、プログラムの内容を確認してゆく。
 フムフム、内容としてはHello worldに毛が生えたようなモノであるが、しかしまぁ継ぎ接ぎコピペだらけの醜いスパゲッティコードでエレガントさの欠片もにゃい。しかも、初歩的なミスまで犯しているようで、『メイン関数が見つからない!』と怒られておる。
 よろしい。これも何かの縁だ、吾輩が一つ手解きをしてやることにしよう。聡明な諸君なら言わずとも分かってもらえると思うが、この手のガラクタコードは下手にイジり回すより一旦全部ぶち壊してゼロから作り直した方が結果的に早いのだ。
 えーと、確かF4キーであったな。
 吾輩は気付かれぬよう、前足をそっととある釦の上へと持って行き、肉球が軽く触れた状態でスタンバイする。
 あとは重力の導きに従いかろく圧力を加えるだけで、名も無き主人のコピペの結晶を無に帰すことができるのだ。
 いや、解っておる。モジャケバブ神の大きなエラにかけて誓おう、この主人には何の罪も無い。しかし、吾輩の前足は無慈悲にも何かに導かれるよう圧力を強めてゆく。
「おそらくはこれこそが、天の采配と言うものなのであろうな。アーメン」


Oh! マイガッ」
 全神経を集中させているスクリーンが光の速さで消滅すると、ただでさえ壁の薄い安アパートに近所迷惑な蛮声が鳴り響く。
「なーにがマイガッだ。吾輩は猫である」      エヘン
 吾輩の存在に気付くや否や親の敵みたいな形相で吾輩の両脇を掴み、再び宙へと吊り上げられてしまった。
「ちょ。おま・・・・・・」
 ふむ、どうやら思考回路が混線しておるようじゃな。言語機能に障害が出ておるようだ。
「おい。マイケル。今日の講義が始まるまでに提出しないと単位落として留年決定なんだぞ。どうして・・・・・・くれるんだ」
「下僕の個人的な問題など知ったことではない。茶番は終わりだ、食後の運動にでも出掛けようぞ」
「なんて凶暴なヤツだ。恩を仇で返すトランプ猫め」
「そうカリカリするでない。慌てる乞食は貰いが少ないと言うじゃろう。急がば回れと言うことわざを知らんのか、未熟者め♪」
「くぬぅ。このふてぶてしい態度、いっそのこと北朝鮮にでも捨てて来ようか」
「ほぅ、お前のような毛の少ない猿が北朝鮮と忍耐力で勝負しようと言うのか。面白い、やってみよ」
「この。くそ・・・・・・。猫鍋」
「また思考が混乱しておるようじゃな。学生用の宿題なぞ友達から丸コピして関数名だけ適当に変えればバレはせんじゃろう。武士の情けだ、吾輩が適当な人物を手配してやるからそう心配するでない」
「くっ、今から作り直してももう間に合わなか。とりあえず早めに大学に行って誰か見つけないと」
「そうそう、それで良い。ササッと仕度するがよろしい」
 吾輩は天高く主の様子を見下ろしながら観察を続ける。まだ混乱の余波が残っておるようで、こんどは黙り込んだまま両目を右へ左へとキョロキョロさせておる。
 意思表示と行動が一致するまでもうしばらく時間がかかりそうであるな。
 しばらく無言で観察を続けていると、今度はヒョロヒョロと痩せ細ったような呼び鈴が玄関の方で鳴り出した。
「チワッス、Konozama商店です」
 玄関の方からかろうじて聞き取れるくらいの声が聞こえるや否や、名も無き主は吾輩をキーボードの上へとほっぽり出して玄関へと一目散に走り出す。
 今しがたまで呆け顔を晒しておったと思ったら、今度は尻に火が付いたように走り出す。せわしない主であることよのう。
 しばらく待っておると、ドタドタ慌しい足音を立てながら戻って来た。脇には何やら小さめのダンボールを抱えておる。先ほどまでの困惑した表情とは打って変わって今度は満面の笑みが現れており、待ち焦がれた女神に出会った信徒のようだ。
 よっぽど待ち遠しかったのであろう、席に戻るとすぐさまダンボールの包みを分解し始める。中から出てきたのはパソコン用のゲームソフトのやうだ、ゲームのタイトルは『希望の塔』と書いてある。パッケージの絵柄からしてオタクの大好きな二次元アイドルものであろうな。
「よっしゃ、さっそく始めるぜ」
 もはやゲームのことしか頭に無いようだ。ビリビリとラッピングを剥いで中から円盤を取り出し始めた。
 おいおい主よ、何か忘れておりはせんかな。
 吾輩が前足で主の腕を小突いてやると、吾輩の存在に気付くと同時に、またまた表情が手の平を返したように変り始める。面白い主じゃのう、まさに青天の霹靂といった感じだ。
「クソッ、お前が余計なことをしなければ一章くらいは消化できたのに」
「覆水盆に返らずじゃ、早くお出掛けの準備をしようぞ」
 主はしぶしぶ円盤を箱に仕舞ってから身支度を開始する。

猫の気持ち 其の二


 吾輩は異世界転生した。ここが何処であるのかとんと見当がつかぬ。
 とあるアパートの一室を徘徊しながら捜査を続けているところだ。
 お世辞にも広いとは言い難いリビングはじつに殺風景なもので特に吾輩の気を引くような物は無いように思われる、ベランダと反対の方角は真っ直ぐに廊下が続いており、玄関が丸見えだ。まずはこちらから調べてみることにしよう。
 廊下へ入ると左手にキッチン、その先に左右1つずつ扉がある。片方は小さな光窓が付いているのでおそらくトイレであろう、中に人は入っていないようだ。もう片方はありがたいことに開け放しにしてある、開ける手間が省けて大変ありがたい、さっそく奥を覗いてみると洗濯機が置いてある。どうやら風呂場のようであるな、こちらも人影はないようだ。
 さてと、踵を返して一旦リビングの方へと戻ることにしよう。
 廊下から戻り左手を向くと東側の壁に大きな引き戸がひとつ、おそらくは寝室であろうが残る部屋はココだけだ。
 少々骨が折れる大きさであるがここまで来たからには秘密の花園を覗かぬわけにはいくまい、まずはきっかけ作りのために爪を引っ掛け揺さぶりをかける。
 しばらくジャブを続けていると、かろうじて脚が入るくらいの僅かな隙間が出来た。
 よしよし、良い感じだ。
 お次は出来上がった隙間に両前足を突っ込み、やさしく中をかき回す。
 するとどうだ、今度はゲンコツくらいの大きさまで拡がった、ここまで来ればもうこちらのものである。
「ちぇぇストォー」
 気合と共に頭を突っ込み、体全体を使って隙間の中へ中へと押し込んでいく。
 これが映画などであれば、さぞかし無様な格好を晒して物笑いの種になるのであろうが、幸いなことにココは妄想ポエムの世界であるから誰にも見られる心配はない。
 肩のあたりまでねじ込むと、あとはスルリと抜け出ることが出来た。
 引戸を抜けると右手にパイプ式の折りたたみベッドが見える。
 我輩はベッドの下に潜り込みながらあたりの様子を観察してみると、窓際の方に人影を発見した。
 キャスター付きの椅子とスリッパを履いた足が二本見える。しかしここからでは足元しか見えぬのう、もう少し近づいて見ることにしようか。
 ベッドの下から顔だけを覗かせて名も無き主を見上げて見ると、そこにはヒョロりと痩せ細った青年が椅子に腰掛けていた。髪は短く刈り上げており、頬には薄っすらと無精髭が生え揃っておる。生やしたいのか生やしたくないのか判然としない中途半端な伸ばしかたで、いかにも最近流行と言った感じの女々しいスタイルだ。
 何やら液晶画面と睨めっこをしているため正面を確認することができないのであるが、どこぞの美学者よろしく縁無しの長四角レンズに猫の足でも踏みつければポッキリと折れてしまいそうな細長いフレームの眼鏡を掛けており、夜な夜なCIAのデータセンターにハッキングを仕掛けていそうなオタク臭が立ち込めている。
 なんだ、合っているのはオタクと眼鏡だけかい。――やれやれ、吾輩は失望した。
 仕方にゃい、取りあえずはお腹が空いてきたところなので、二日酔いによく効くカリカリとミルクを恵んでもらうことにしようかのう。
「やぁ、おはよう。名も無き主よ」
 ベッドから這い出て声を掛けると、ようやく吾輩が部屋に入ってきたことに気が付いたようで、人間工学の粋を集めたらしい奇怪な曲線であふれる椅子をクルリと回し、正面を向き直りながら見下ろしてきた。
「やあ、マイケル。やっと起きたのかい、もうお昼前だよ」
 マイケル? ずいぶんと安っぽい名前をつけてくれたものじゃのう、せめてタイタンかエウロパくらいにはならんかったものであろうか。
 まあよい、とりあえずは御機嫌をとって遅めの朝ごはんにありつくことにしようか。食らうがよい、腹見せ攻撃じゃ。
 主の足元で仰向けに寝転がりながら口をウンと開けてみせる。
「さてはお腹が空いているな。待ってろ、いまカリカリを持ってきてやるからな」
 しめしめ、上手くいったぞ。
 名も無き主は立ち上がり台所の方へ向かおうとするのであるが、ふと、思い出したように部屋の入口で立ち止まり吾輩の方を振り返る。
「カリカリを取ってくるまでそこで大人しくしているんだぞ。決してパソコンで悪戯なんかしちゃダメだからな、約束だぞ」
 吾輩は聞こえないフリをして主が出て行くまでやり過ごす。聞き耳を立てながら足音が台所まで遠ざかっていったのを確認するとすぐさま起き上がり、部屋の角際にL字型で組んであるデスクへと飛び上がった。
 目の前には二〇インチほどの液晶パネルが二枚置いてある。さてさて、一体全体なにを見ていたのであろうか、じっくり観察させてもらおうではないか、まずは向かって左側のパネルを確認してみよう。
 うぇぶブラウザが立ち上がっており、表示されているのはどこかのSNSサイトのようだ。『すごく内向的な文系おじさんの哲学入門コミュニティ』とある。
 ほぅ、下僕風情がそのようなものに興味があるとはなかなか滑稽であるな、どのような内容かちょっと読んでみることにしよう。

 ようこそ我らのタレ込みシティへ。私は貴方を歓迎します。
 このサイトは、さまざまな思想を持つ人々が寄り添いあって活発に意見を交換するための議論の場を貴方に提供します。
 また、貴方はこのサイトを有効的に活用することによって、今まで気付くことの無かったまったく新しい知見を得ることが可能となるでしょう。
 私がこのようなサイトを立ち上げた動機は、とある哲人の言葉を引用することにより掲示されます。
 次の引用文を読んでみて下さい。


 私達はこの宇宙が何処から来て、なぜ存在するのかを考えるのと同じように、他者との関わり合いを考え続けることによってのみ、この深淵なる宇宙の片隅において一つの輝ける集団であり続けることを真に願い続けて行く存在となり得るであろう。また、それらはかつて、職業としての哲学者たちが忌避しながらも渇望してやまない、内発的に湧き起こるであろう根源的な欲求を奮い立たせ、これを振るうことにより垣間見ることができた究極の到達点と言うべきものであり、あるいは、個でありながら全体として一つの地球を構成するために与えられるべき人格となって、多様性と言うダークマターのように蠢く民衆からの圧力を開放する意志として存在し続けるとき、それこそが唯一の真理であることを認識するのである。


 ふむ、何やらスゴイことを言っているように見えて何を言いたいのかサッパリ解らない完璧な悪文だ。それから次の句は。


 いかがでしょうか。どうやら哲学と宇宙には深い関係があるらしいのです。
 僕には何のことやらまったく分かりません。
 誰かサルでも分かるように教えろ下さい、ついでに数式も添えてくれるとなお良しです。


 はぁ? ふざけておるのか、思考せよモンキー!
 答案用紙だけアカの他人に丸投げかい、真理探究者としてあるまじき行為であろう。全くもってけしからん。そう言えばクラウドサーバにウイルスのストックが残っておったな、一発ぶち込んでやることにしようか。
「こーらマイケル。悪戯したらダメだと言っただろう!」
 我輩がキーボードに触れようとした矢先に両脇から抱え上げられ、宙に浮かされてしまった。なかなか勘の鋭い奴じゃのう。
「ええい放すがよい。我輩がこの陳腐な悟った風ブログを粛清してやろうと言うのだ、なぜそれが分からん」
「そんな目で見つめても無駄だぞマイケル。酔っぱらって公園の噴水に落ちるくらいヤンチャな猫だからな、油断も隙もならないのは予測済みなのだ」
 どうやら吾輩を解放するつもりは無いようだ。勝ち誇った笑みを浮かべながら部屋の入口へと進んで行く。
 ふん、その程度で吾輩を知ったつもりでいるのか愚か者め、まあよい、今回のところは見逃してやろうではないか。腹が減っては戦が出来ぬからのう。
「いいかマイケル。僕は今ちょっと取り込んでいる最中なんだ、たのむから御飯でも食べて大人しくしておいてくれ」
 その時である。事件が起きた。
 突然、パソコンからJアラートのような不協和音が鳴り響き、何やら主人へと警告を知らせ始める。
「ほれ、名も無き主よ。何やらパソコンが呼んでいるみたいだぞ」
 警告音を聞くや否や吾輩を宙空へ放り出すようにして開放すると、すぐさま踵を返し、パソコンのモニターへ噛り付くように顔を押し付けながら慌しくマウスを操作し始めた。
「ちくしょう! ハメられたか」
 状況を確認すると同時に罵詈の言葉が部屋中に響く。
 ふむ、ただ事ではないようであるな。
「オち着け、冷静になるんだ。ココはいったん損切りして仕切り直しだ」
 何やら独り言を呟いたと思ったら、今度は黙り込んでマウスを振り回しながらカリカリとやっている。
 ちょっと気になってきたので、吾輩はその場から振り返り、主人の背中越しに様子を観察する。頭と背中が邪魔になってほとんど内容は確認できないのであるが、ときおり体を動かした拍子にカクカクした折れ線グラフと赤い数字が並んでいるのが覗き見えた。
 ふむ、どうやら株式か何かを嗜めておるようじゃな。こんな簡単な相場で往復ビンタを食らうなどよっぽどマヌケな輩だと判断した方が良さそうだ。
 火中の栗を拾いに行く主の姿を眺めていると、何だかこちらまで辛酸な気持ちになって来たので入口の方へと向き直る。
 引き戸を越えてすぐのところに人猿用のお椀が置いてあり、中には半分ほどカリカリが入っていた。
 見ていると何だか吾輩の未来を暗示しているようで不安になって来る。さっさと食べてしまうことにしよう。
 こうして吾輩は、ようやくのこと新しい世界で食事にありつくことが出来たのであった。

猫の気持ち 其の一

 ――ネコはこゝろを見る。

 ネコのこころは変幻自在である。
 ガス星雲のようにユラユラと絶ゆ間なく変化し続けて行く。
 そして猫の気まぐれで一点にあつまって丸っこくなり、縮退を始める。
 しばらくジッとしてると、外側に薄っぺらい瘡蓋のような殻ができた。
 人猿はコレを見て『人格』と呼び、「奴は腹黒い」などと言って騒ぎ立てるが、こゝろと言うモノはそう単純なものではなひ。
 黒き殻の内には変らずにマグマの如き熱い情熱がドロドロと蠢いているのである。
 しかしながら人猿は愚かなもので、せっかく丸く治まっているところをなぜか四角な枠の中へ押し込もうとする。これはいけない、大変窮屈だ。無理矢理にでも押し込もうとするので、殻に罅割れが出来て中のマグマが噴出してしまう。
 すると人猿は、「てーへんだ、てぇーへんだ」と慌てふためきながら臭い者には蓋をしろと、被せ物をして重箱の隅に追い遣ろうとする。これはもっといけない、大変機嫌が悪くなる。やがて行き場を失った熱き血潮たちが芸術的な大爆発を引き起こし、枠もろとも爆散して宇宙の塵へと還ってしまうだろう。
 吾輩の視界に眩いばかりの白い閃光が現れ、視覚細胞を刺激してきた。
 

 ゆっくりと瞼を開く。
 長いトンネルから出たときのように、キュッと瞳孔が窄まって、白くボンヤリとした視界がしだいにクッキリと鮮明になっていく。
 長い棒状の照明が二本、鳥の子色の天井に埋め込まれて輝いている。
 吾輩はしばらくぼーっとしてそれを眺めていた。というのも、目が覚めると同時に吾輩の思考回路の中では複数の意識が湧き出て来て一体全体どれからタスク処理を実行すれば良いのか判断出来ずにいる。したがってなすすべも無くただジッとしているのみなのだ。
 とりあえず、気持ちを落ち着けるために顔でも洗ってこようか。
 そう思い立って、眼を擦ろうと手を上げて見ると、毛むくじゃらの細い棒のようなものが視界に入ってきた。
「ああ、そうであった。吾輩は猫になったのである」
 そう呟くと同時に、吾輩の心の中から爆発的な衝動が沸き起こってくる。
 吾輩は悪夢から目が醒めた信徒のように上体を一機に呼び起こすと、すぐさま辺りをグルりと見回す。
「はて、ココは何処であろう」
 目が覚めた瞬間からの違和感。吾輩は自宅のベッドではなく、見慣れないソファーの上で大の字になって寝ていたようだ。
 床には自称インドで修行したと言う高僧が愛用していそうな安っぽい柄の絨毯が敷いてある。壁際には七〇インチくらいであろうか、平型テレビが無造作に置いてある。
 これくらいの大きさなら壁掛けにした方が良いのであろうが、おそらく賃貸しなのであろう。
 部屋は全体的に薄暗い、ベランダへと通じる大きな窓があるものの遮光カーテンを閉め切っているせいで、日はとっくに昇っているようすであるのに部屋の中は照明が必要なほど暗いのである。
「ヤレヤレ、また朝から探偵ゴッコでござるか」
 吾輩は再び瞼を閉じ、瞑想に耽りながら思考を張りめぐらせる。
 昨晩の出来事を一つずつ咀嚼しながら足取りを追っていく、確か、公園で水を飲もうとして噴水に堕ちてから――そこでイメージが途切れ、暗転してしまっている。さて、ココから現在までの事象をどうやって紡ぎだすかである。
 しばしのあいだ、無の境地に沈みながら考え続けるよりほかにない。
「ははーん、解ったぞ」
 言葉を発すると同時に、特異点の解が見えてきた。
 これはきっと、昨今はやりの異世界転生に相違ない。噴水に落ちた衝撃で平行世界へとスリップしてしまったのだろう、まさかあのような場所に時空断層が存在していたとはうっかり八兵衛である。ハゲの呪いかしらん。
 異世界転生と来れば、残りはハーレムとチート能力だ。
 チート能力は既に持っているので、残りはハーレムであるな。
 吾輩はソファーから飛び降りてリビングの中を周遊しはじめる。まだ見ぬ愛しの御主人様を探し出そうではないか、きっとメガネを掛けた巨乳美女に相違ない、探偵ゴッコ続行である。