猫の気持ち 其の八

吾輩はこの学園で講義を受けようと思う、名も無き主の運命を見届けるためだ。


 心優しい吾輩は、主の様子を伺いに本部棟へと戻ってきた。中央のロビーまでやって来ると、名も無き主は以前と同じ場所にまだ居るようだ。
 しかしながらちょっと様子がおかしい、膝の上でノートパソコンを広げて何やら一生懸命作業をしているように見える。
 あちゃー、ついに友達は捕まえられなんだか。まさか、今から課題のプログラムを作り直そうという魂胆であろうか。これは留年確定かもしれないのう、下手に近づくと八つ当たりされそうなので、ちょっと離れた所から見守ることにしよう。
 しばらく名も無き主の様子を見守っていると、突然、吾輩の目の前に一人の女性の姿が現れた。
 何となく見上げた瞬間バッチリ目が合ってしまった。そこには、ウェーブの掛かった茶褐色の長髪に少しあどけなさの残る端整な顔立ち、そして左の目尻にある泣き黒子がまたチャーミングで愛らしい美女が佇んでいる。エ・ロースの真髄を味わい尽くし、もはやアイドルのパンチラごときでは眉一つ動かさぬ吾輩を金縛りのように釘付けにしてしまうこの女人はいったい何者ぞ……。
 しばらくジッと見詰め合っていると、ニッコリと女神のような笑みで語りかけて来た。
「あら、こんなところに可愛い猫ちゃんが」
「あ、はい。満毒斎でござるデスデスデス」
 吾輩は何者かの意思に後押しされるように自然と彼女の足元へと導かれる。そして、尻尾をピンと立ち上げ、二本の足の間を八の字を描くように交互に移動する。これは猫又流の友愛を示す所作である。別にパンツを覗こうとしているわけではないぞ。
「あらあら、お腹でも空いているのかしら」
 吾輩は足元からすくい上げられ、謎の美女と正面から向き合う。間近で見るとまたさらに美しい。古今東西において真に美しいものは自然体であるときが最も輝いて見えるもので無用な飾り付けなど一切必要ない、何でもかんでも眼鏡を掛ければ良いというわけではにゃいのだ。
 さらに吾輩の眼前には史上最大級とも言うべき巨大な島宇宙が二つ渦巻いている。ブラウスの隙間から覗き見えるこの神秘的な谷間を黙って見ておるだけで良いのであろうか。
 否、真理探究者としてやるべきことは一つしかないであろう。
「いざ行かん、神秘なる谷間の深淵へ! とうっ」
 吾輩は女神の両腕を離れ、ブラウスの中へと潜り込んでゆく。
「あらあら、おませさんな猫ですねぇ(笑)」
「ヤダー、何この猫キンモー。ヤバイって如月さん、変なバイ菌移されちゃうわよ、さっさと引きずり出して窓から投げ捨てちゃいなさいよ」
 何やら同級生らしき連れの学生が罵詈を浴びせて来ておる。まったくもって不敬な輩であるな、吾輩を何と心得ているのであろうか。教育機関の最高学府に属する知性とは到底思えぬ、どうせ裏口入学であろう。
 吾輩は、肉球を聴診器のように彼女の体へと押し当てて、各部位の健康診断を開始する。うむ、実に見事な健康体であるな、病気や疾患の類は一切見当たらない。そして、この膨よかながら張りのある筋肉。これはきっと何かしらの武道を嗜んでいるに相違ない、しかもかなりの腕前とみた。さらに微かに漂う石鹸のかほり――ウン、たまらんにゃあ。
「コーラマイケル! 何やってるんだ」
 うむむ、さっそく気付かれてしまったようだ。名も無き主が駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
 仕方が無いので、一旦ぐるりと反転し、ブラウスの隙間から顔だけを覗かせてみると、ちょっと羨ましそうな目で睨み付ける主の姿があった。
「あら、あなたの猫ちゃんだったの」
「あ、はい……スンマセン。まったくウチのドラ猫がとんだご迷惑を……」
「ちょっとぉ、その薄汚いドラ猫さっさと退けなさいよぉ。如月さんが穢れちゃうじゃない!」
「あ、ハイ。ホラッ、こっち来いバイ菌猫めっ」
 吾輩は無慈悲にも首根っこをグイッと摘まれるとそのままズルリと引きずり出されてしまった――無念。
「元気いっぱいの猫ちゃんですねw」
「元気があり過ぎなんですよコイツは。今朝も僕の課題プログラムをオジャンにしやがって」
「課題プログラム?」
「ええ。今日の講義が始まるまでに提出しないといけないんですがね、覚醒したオイラにとっちゃあ朝飯前のプログラムだったんで朝一でサクっと終わらせる予定だったんですよ。そしたらあと少しってところでこのバカ猫が全部パーにしやがって、まったく今日は人生最大の厄日でさぁ」
「あらあらダメよぉ、自分で覚醒したなんて言っちゃあ。まるで層化脳オバチャンみたいじゃない。ウフフ」
 ふむ、流石に武道を嗜んでいるだけのことはあるのう。どこぞの法螺吹き主と違ってまともな精神が育成されているようだ。
「オイラを層化脳のヒステリーオバチャンと一緒にしちゃああきまへんぞなもし。オイラは真に覚醒した変態なんでヤンスよ」
 おんやぁ。ひょっとしてアイツらが悪戯でもしておるのかのう(笑)。
「あらそう、それなら良いんですけど。なかなか面白い方ね、幻の三枚でもお探しなのかしら(笑)」
「まー見てて下さいな。これから日本人もどんどんオイラみたいに覚醒を始めて凶都みたいな美しい国に生まれ変わるでしょう」
 美しい国どころか、災害だらけでどんどん汚物のような国に落ちぶれている気がするのは気のせいかしらん……。
「それは是非とも楽しみにしておきますわ。自称平和宗教なみの胡散臭さですけど、フフ」
「まぁ、まだ覚醒してない人に言ってもしょうがないかな。それよりも、あの……その、あのあの」
「? 何かしら」
「あ、あの。良ければFakeBookのフォロワーになってもらえませんか」
「ええ、かまいませんわよ」
 二つ返事で了承を得ると吾輩を床へと放り出し、スマホを取り出してなにやらやり取りを始めている。ふーむ、課題プログラムのことはすっかり忘れているようであるな。
「へへ、やったあ」
「宜しくお願いしますわね」
「こちらこそ♪」
 おーい、名も無き主よ。何か忘れてはおらんかな。
 吾輩は今朝と同じように肉球でかろく主の脹脛あたりをツンツン押してみる。
 すると、吾輩の顔を見てやっと思い出したのであろうか、涎を垂らしそうなまでに緩んでいた顔が、一気に血の気を引いて青ざめてきた。
「いけない、急がないとプログラムが……」
 あわててノートパソコンのある場所へ戻ろうとする名も無き主を如月と呼ばれる美女が呼び止めてきた。
「ねぇ、さっき言ってた課題プログラムって在善教授のカルト爆散プログラムのことかしら」
「え、ええ。そうですけど」
「それだったら私が提出したプログラムを送って差し上げましょうか」
「えっ、本当ですか。でも、如月さんって三回生だから一昨年の課題ですよね」
「ええ、でも大丈夫ですわよ。カビの生えたノートで講義するって有名な方ですもの。課題もずっと昔からまったく同じ内容だから皆先輩達からもらったコピーを関数名だけ変えて提出していますわ」
「そ、そうだったんですか……。なんか盗大で教授をやっていたとか聞いたのにずいぶんと怠け者でござんすな」
 ふむ、まさに救いの女神といった感じであるな。よかったのう、名も無き主よ。
「講義は何限目なのかしら」
「次の四限目です」
「そう、それじゃあ急がないといけませんわね。部室に帰ったらすぐにFakeメールで送りますから猫ちゃんと一緒に待っててくださいな」
「「はぁい♪」」
 言い終わると、連れの女学生と一緒に玄関の方えと消えていった。
 名も無き主はしばらく呆然と二人の後姿を眺めていたのであるが、完全に彼女達の姿が見えなくなると、再び吾輩を首根っこから摘み上げて少々興奮気味に語りかけてきた。
「お、オイ。見たかよマイケル。今のはなぁ、この学園でもトップクラスのモデル級美女として名高い如月姉妹(姉)だぞ。えぇ、どうしてくれるんだ」
 見たも何も、慈悲深き谷間をじっくりと堪能させてもらったぞい。ついでに何をどうしてほしいのか理路整然と話すがよろし。
「まさかこんな所でお知り合いになれるなんて夢にも思わなかったぜ。いよいよ俺にも運が向いて来たってことだな、ひょっとしたら今日は運命の出会いの日ってヤツなのかもしれないなぁ。○△×~」
 やれやれ、先ほどまで人生最大の厄日と罵った意識は一体どこへ飛んで行ってしまったのであろうか。
 ほどなくして、約束していたとおりFakeメールで課題プログラムが送られてきた。名も無き主はさっそくパソコンへと取り込み編集を開始する。どうやら留年の危機は回避できそうだ、よかったのう主よ。
「オラッ、マイケル。僕は今取り込み中なんだ、大急ぎでプログラムを完成させなきゃならないんだからな。お前にかまっている暇はないんだ、アッチに行って女の子達と戯れてろ」
 へいへい、お望みどおり、主の課題プログラムが完成するまでしばらく散歩でもして時間を潰すことにいたそう。おや、向こうにアニメ声の可愛い子が――。

     *

 吾輩は高原峰学園で講義を受けている。かなり際どいところで時間ギリギリではあったが、名も無き主は無事課題プログラムを完成させて提出することができた。今は主と一緒に在善教授のプログラム解説を拝聴しているところだ。
『で、あるからして。諸君らにとっては少々難易度の高い課題を与えてみることにした次第なのであ~る』
 大きな擂鉢状の大講堂に、在善教授の声がスピーカーを通して響きわたる。ざっと見積もっても二百人は下らないであろう、かなりの大所帯である。しかしながら、これは別に在善教授の講義が特別に人気があるわけではなく、あとで分かったことなのであるが、この講義はどうやら必須科目になっておるらしい。つまり学部を問わずに全員が履修しなければならないようだ。
 おかげさまでオタクっぽい理系学生だけでなく、オサレな女学生もたくさん受講している。いやぁ、ありがたいことよのう。
 それにしても、この在善教授が講義をおこなうときのしゃべり方と言うのが浪花節の入った奇妙な話し方で、お昼を済ませて血糖値が上がった学生さんにはちと辛いかもしれない。お経のように聞こえて来てついつい眠たくなってしまう。
 吾輩は先ほどと同じように、リュックに詰め込まれ頭だけを出した状態で名も無き主のとなりの席に捨て置かれておるのだが、講義机の幕板があるおかげで、このままジッとしておれば周囲の学生に見つかる心配はほとんど無いであろう。そして吾輩は、周囲に障害物があろうとも意識を集中させることにより大講堂を自由自在に見渡すことができる。
 在善教授の背後に設けられた巨大スクリーンと各講義机に備え付けられているモニター画面には、在善教授お手製の模範プログラムと、それによって紡ぎ出される小宇宙が色めき立って映し出されている――美しい。吾輩はプログラミングも一種の芸術であることをここに認めるものである。
 いつまでもこうして眺めておりたいと感じるものであるが、名も無き主の方はどうしておるかと言うと、講義が始まるなりまたもやスマホをいじり続けておられる。
 はて、もはや課題プログラムも片が付いて用は済んだはずであろうが、一体全体なにをしておるのだろうか。今度は主のスマホに意識を集中させてちょっと覗いてみることにしようか。
 ふーむ、どうやら先ほど知り合いになった如月と言う女学生のFakeBookを観覧しているようだ。
「へへっ。ツンデレ系の妹も捨てがたいけど、やっぱ癒し系の姉だよなぁ……」
 などと意味不明な供述をしながら彼女のページに片っ端から“ええな”牡丹を押しまくっている。
 やれやれ、フォロワーになってもらった程度であるのにすっかり熱を上げてしまわれたようであるな。
『こうして日蓮商人は、辻説法をおこなう傍らで、幸運を呼ぶ壷や情報教材などを巧みに売り捌くことに成功し、信者の数を爆発的に増加させてゆくことになったのであ~る。そして八百年前の中世日本において、元祖マルチ商法とも言うべき金字塔を打ち立てる偉業を成しとげたのであ~る。それでは、この日蓮大笑人の狂言廻しがどのような経路をたどり発散していったのであろうか? この疑問を解決するべく、趣味レーションプログラムを用いて再現してみようと言うのが本講義の趣旨なのであ~る』     ニヤリ
 吾輩もしばらくは在善教授の講義に耳を傾けていたのであるが、これだけ広い講堂で、これだけ沢山の学生が集まっているとなれば、いろいろと探索してみたい衝動がむくむくと頭をもたげて来た。
 では再び自己解放運動を始めることにいたそうか。
「開放! 開放! ステージを上げるぞ♪
 リュックを揺らしながら雄叫びを上げて見る。
「うるさいぞーマイケル。講義が終わるまで静かにしていろ」
 今度はなかなか取り合ってくれそうにないな。この大講堂は防音加工が施されている上に、ライバルの在善教授は文明の利器を用いて声を増幅させているのだ。したがって、ただの叫び声では事象の継起を呼び起こすことは出来ない。魂のシャウトと呼べる次元まで昇華させてやる必要がありそうだ。
 吾輩は、肺胞にありったけの空気を送り込み、再び雄叫びを上げる。
○△×~♪

 じゃなかった。

出毛するぞ♪ 出毛するぞ♪

猫の気持ち 其の七

 吾輩は学園へ潜入している。名も無き主と一緒に敷地内を散策しておるところだ。

 駅の改札を出て、一本道の桜並木を二、三分ほども歩けばすぐに高原峰学園の正門へとたどり着くことができる。
 吾輩は最近になってからこの地へとやって来たよそ者であるから、この学園のことはほとんど知らない。
 正門を通り抜けると、右手側に全面ガラス張りの建物がポツンと建っている。
「あれが本部棟だぞマイケル」
 不慣れな吾輩のために案内をしながらのっしのっしと進んで行く名も無き主。一人ぼっちのときには猫でも丁重にあつかってくれるようだ。
 それにしても無駄にだだっ広い学園であるな。他にも校舎らしき建物はいっぱい見えるのであるが随分と離れた場所に点在している。決して猫になったから離れているように感じる錯覚ではないであろう、中には雑木林の中に半分埋もれてしまっている建物もある。生徒達は講義室への移動が大変であろうな。
 どの辺りから探索してみようかと沈思しておるあいだに本部棟へ到着したようで、再び空調の効いた広い空間の中へと引き連れられたのであるが、吾輩は主のリュックから頭だけを出した状態で身動きがとれないままである。せっかく訪れた学園を自由に散策させてもらうには、まだしばらくの間ジッとしておく必要がありそうだ。
 名も無き主は無言のまま、ズンズン本部棟の奥へ奥へと進んでいく。
 どうやら行く先は決まっているようであるがはてさて、いったい何処へ行くつもりかな。
 玄関を抜けた先の大広間をそのまま通り抜け、今度は薄暗い照明がついた廊下を進み始める。しばらくすると、両側の壁に貼り紙がいっぱい付けられたボード群が現れる。
 なるほど、掲示板を見に来たのであろう。ふと足を止めたかと思うと何か探し始めたようである。
「チッ、やっぱり休講じゃないや」
 残念。希望的観測も見事に砕け散ったようであるな。さぁ、大広間へでも戻ろうか。
 大広間へ戻ると、学生達がのんびりと昼の休憩を取っているが混雑はしていないようで、席はたっぷりと空いているようだ。中央付近の大型テレビが良く見える席を見つけると、ドカッと腰を下ろし背もたれへ寄り掛かってきた。
「あやや、ちょっとまたれよ名も無き主よ」
 吾輩が抗議の声を上げてからやっと気が付いたようで、あわてて前へかがみ直すとリュックを背中から降ろして隣の席へと放り出す。
「おっといけね。マイケルが入ってたんだったな」
 危ないあぶない、あやうくスクラップにされるところであった。気を付けてほしいものであるが、今はそれどころでは無いと言った様子で、すぐさまポケットからスマートフォンを取り出し操作を始める。
 さて、どうしたものかのう。スマホをイジっている主を観察していてもしょうがないであろうし、そろそろ自己解放運動を開始しても良い頃合であるかな。開放♪ 開放♪
「んー、どうしたんだマイケル。そんなにソワソワして。毛でも疼くのかい」
「まぁな。そろそろ学園内を探索してみたいのでリュックから出しておくれやすぅ」
 吾輩がまた一声上げて訴えると、リュックのジッパーを広げて出やすいようにしてくれた。
「ウチの学園は無駄に敷地だけは広いからな。女の子ばかり追っかけ回して迷子になるんじゃないぞ、マイケル」
「あいよ、ガッテン承知の助でござる」
 さて、晴れて自由の身になれた吾輩はさっそく探検に出かけることにいたそう。
 名も無き主はまたスマホの画面と睨めっこを始める。う~ん、まだまだ手間取りそうな予感がしてきた。戻ってくるまでに友達と連絡が付いて課題のプログラムを手に入れられればよいのであるが。――幸運を祈って折るぞ。
 吾輩はいったん本部棟を出て正門前の広場へと向かうことにした。
 全身に心地良い風を浴びながら外を歩いていると気分も良くなってくる。この学園は丘の上に在る、標高はせいぜい六~七00メートルと言ったところであるが、この程度の高さであっても風はヒンヤリとしていて一足先に秋の訪れを感じさせてくれるものだ。
 正門の前まで戻って辺りをぐるりと見回して見る。真正面にはお約束の石垣で囲まれた池があった、ちょいとのぞいてみようかしらん。
 石垣の上にひょいと飛び乗って池の中をのぞいてみると、いたいた。
 毒味役の鯉や鮒がたくさん泳いでおられる。お魚さん達はわが者顔で悠然と泳ぎ回っており、吾輩が石垣の上から歩いて近づいて来ても一向気にかける様子は無い。それは当然のことで、池の周囲にはあちこちに”釣り禁止”の看板が立てられているのだ。したがってお魚さん達は外敵に襲われる心配をする必要もなく、のんびりと池の中で生活する事ができるのであった。
 この池の魚であれば、猫になったばかりの吾輩でもたやすく仕留めることが出来るであろう。しかしながら、吾輩はいくら空腹であったとしてもこの池のお魚さんを生け捕りにして食べるのはやめておこうと思う。
 何も知らないお魚さん達は、とてもとても幸せそうであった。
 お次は何処を巡回してみようかと思い、ふと顔を上げて見ると、ちょっと興味深いものが視界に入ってきた。
 ちょっと離れているが、丁度正面のほうに見える校舎のベランダに学生達がたむろっている。そして、生徒達はみな制服を着ておるではないか。
 はて、ここは大学だとばかり思っていたのであるが、征服を着た生徒達が居るということは・・・・・・付属高校か専門学校という事であろうか。
 となれば、あそこに見える生徒達は『JK』と呼ばれる種族であることは間違いないであろう。こいつはがぜん興味が沸いてきた。とある情報筋から得た情報なのであるが、この『JK』と呼ばれる種族達は流行モノや猫が大好きであると言うことだ。
 ここから確認出来る範囲では、衣替えはまだのようで全員夏用の制服を着たままである。うむ、今のウチに一度偵察を行っておいた方が良さそうであるな、さっそく行ってみることにいたそう。
 石垣から降りて、グルリと時計回りに池の外周を回り込みながら進んで行く。所々に設置されたベンチでは木陰でくつろいでいる学生もおるようだ。
 池を進み終えると歩道には入らずにそのまま雑木林の中を進むことにした、何分距離があるので出来るだけ真っ直ぐに進めるルートを選択する。
 しばらく進んで行くと、またコンクリートで固められた敷地が現れる。うまい具合に玄関口へと出ることが出来たようである、とりあえず人の気配が無いうちにさっさと中へ入ってしまおう。
 中へ入ると、下駄箱の列がズラリと規則正しく並んでおられる。そのままさらに奥へと進んで廊下へ出てみたのであるが、学生はおらんではないか。はて、まだ昼休み中のはずであるのだがのう、しかたが無いのでそのまま当ても無く廊下を奥へと進むことにした。
 何も気にせず奥へ進んで行くと、殺風景な視界に異変が現れる。窓側の壁にガラス張りのショーケースが表れ、中にはトロフィーや盾がところ狭しとひしめき合って飾られている。反対側の壁には額に入れられた賞状も……。
 これはちょっとイヤな予感がして来たなと思った矢先、思わず足を止めてしまった。
 10メートルほど先にある部屋の入り口に表札が出ている。職員室とな、うむ、今の時間は中に教職員が大勢詰め寄っている可能性が高いな。ここはひとまず退却したほうがよさそうだ。
 吾輩は踵を返し、下駄箱のある所まで戻ることにした。
 下駄箱の前で左右を確認してみると、右手側に階段が見える。よし、ひとまず先に二階から探索してみることにいたそう。
 階段を上って一気に二階へと駆け上がろうと思っていたのであるが、意外と猫の体は不便なもので中々上手く駆け上がれない。一段ずつジャンプしながらピョコピョコ不恰好な動きで階段をよじ登る。無理に駆け上がろうとすると鼻先をぶつけてしまいそうで怖い、ちょっとイヤらしい階段だニャ。
 何とか踊り場までたどり着いて小休止していると、階上から男子学生が降りてきた。
 やっと学生に会えたと思いきや、まるで吾輩を踏み潰そうかと言う勢いでこちらへと突進して来るではないか。
 吾輩はすぐさま横へ飛び退き、間一髪のタイミングで男子学生をかろうじてかわすことができた。危ないのう、歩く時くらいはスマホをしまってはどうであろうか。
 気を取り直して再び階段を上り始める。最近の子は便所の中でもスマホをイジっているに相違ない、気を付けなければ。
 やっとのことで二階へたどり着くと、一旦壁際へと身を寄せ、少しずつ進み出ることにする。そして、探偵のように頭だけをひょっこり覗かせて教室が連なっているであろう廊下を盗み見る。
 すると居た居た。男女入り乱れて学生さん達が昼休みを楽しんでおるようだ。
 そして、坊主が頭を剃るのが当たり前であるように、全員見事に手からスマホを生やしておられる。
 さてさて、どうしようか。このまま堂々と廊下を練り歩いて行っても、案外誰にも気付かれずに校内を探索できるやもしれぬ。尤も、吾輩は猫に変装しておるのだから見つかったところでどうと言う事はないのであるが……。
「あーっ。ニャンコだ!」
 廊下の様子を窺っていると今度は背後から女の子の声が飛んで来た。
 そのまま顔を真上へと振り仰いでみると、ポニーテールかオバテールか判然としない微妙な具合の女子学生が吾輩を見下ろしておる――メガネは無しか。
「猫だー。猫ちゃんがいるー(笑)」
 先ほどから猫じゃ猫じゃと喧しいのう。吾輩は完璧な猫に変装しておるのだから猫に見えるのは当然であろう。コレが瞼の爛れたガチャピンブルドッグにでも見えると言うのか、えぇ? ニャメたことを言っておると地球から排除してやるぞなもし。烈風毛とレインジングストームどっちがお望みかえ。
「何でこんな所に猫さんが居るのかなー?」
 有無を言わさずに吾輩の両脇を抱えると、そのまま宙ぶらりんに担ぎ上げられてしまった。
 熱気だけで生きているような十代に説法を解いても無駄であろうかのう。何処に居ようがそれは猫の勝手であるぞなもしと言ってやりたいところであるが、吾輩の抗議を聞く気はさらさら無いようで、さらに質問責めが始まる。
「ハーイ、猫さん。あなたはいったい何処からやって来たんですかー」
 おぉっと、そいつは禁則事項と言うやつであるなぁ。答えることは叶わぬ、ニャンドロメダと言う事にでもしておこうかしらん。
「そっかあ。きっと私のことが気になって会いに来てくれたんだよね、きっとそうに違いないわ」
 あぁはぁ? 何を言っておるのかのうこの子は。ちっとばかし変な子に捕まってしまったかもしれないのう。
 女子学生は吾輩の意思などお構いなしと言った具合で、吾輩を抱えたまま小走りに進みだした。一体何処へ向かうつもりであろうか――まさか。
 吾輩を宙ぶらりんに抱え上げたままズンズン廊下を駆け抜けて行く、すれ違う生徒達が吾輩の姿を見て目を点にしている。そんなに猫がめずらしいのであろうか。
 しばらく真っ直ぐ進んでいたところで、突然向きを90度回転させると教室の中へと飛び込んでしまった。あぁ、イヤな予感がしてきたなぁ……。
「ねー、見て見て。ニャンコ捕まえて来たw」
 掛け声が教室に響きわたると同時に、周りに居た生徒達が一斉にこちらへと向き直りゾロゾロと集まって来るではないか。そして吾輩は、でんっ、とその辺りの机の上へ仰向けに寝転がされてしまった。も少し丁重に扱ってもらえぬものかのう。
「何ーこの猫。目つきわっるぅww」
「何処から紛れ込んで来たんだろ」
 好き勝手な言葉を並べながら品評会が始まってしまったようだ。こうなってしまっては仕方がない、十代の熱気に翻弄されるがまま、しばらくの間はなすすべもなくゴロゴロとしておるしかないであろう。あーコレコレ、お股開きの刑はやめてほしいニャ。
「雄だー、雄ニャンコだねー」
 なぜかスマホを取り出して撮影を開始する者が居る。基本的猫権の尊重と言う物を知らないのであろうか。
 吾輩は猫である。猫なのは見てのとおりなのであるが、別段変わった猫と言うわけではないだろう。何処にでもいるような普通の野良猫である。耳が一個しかなかったり、眼がハート型だったりするわけでもない、ただの猫である。しかしながら今、吾輩は学園と言う特殊な空間の中で、まるで宇宙人でも発見したかのような熱狂に包まれておる。普段は街中で見かけても邪魔くさそうな目で睨み付けながら唾を吐きかけてみたり、魚屋の前で見つけようものなら天秤棒を振り回して便所の中まで追っかけて来るであろうに、いやはやニンゲンと言う生き物は時として理解不能な行動をとり始めるものである。
 この集団真理の根源が何処から沸き起こってくるものなのか。大いに研究してみる価値があるものと改めて再認識した次第である。
 しばらく流されるがままに身をまかせ、玩具のように弄ばれていると鐘の音に似た予鈴が鳴り始めた。そろそろお暇させてもらうことにするかのう。
 吾輩はくるりと起き上がり、机から飛び降りると廊下へ向かって走り出す。
「猫ちゃん帰るの? またねーw」
「ハイハイ、またねーでござる♪」
 先生方に見つかって隔離されてしまうと厄介であるからのう、手早く撤収することにいたそう。
 廊下へ出ると、来た時とは反対の方向へ走り抜けることにした。さて、お次は何処に行こうかなと走りながら思案してみたのであるが、ちと名も無き主が気になってきた。一旦本部棟に戻って様子を見てみることにしようかのう。

猫の気持ち 其の六

 吾輩は電車に乗っている。円天舞う空の中を主と一緒にのんびりと旅をしているところだ。

「どうだぁマイケル。これが電車って乗物なんだぞ、スゴイだろ」
 ふむ、小学生ではあるまいし、何がスゴイのかもう少し具体的な説明がほしいものだのう、吾輩はエスパーではないのでな。ついでに言えば、お主が土を掘り起こして線路を引いたわけでもあるまいに、自分で拵えたかのごとく振舞う理由も教えて欲しいところだ。
 こんな呆け経に洗脳されてしまったような主でも主には違いないので、ちょいと尻尾をゆらゆら揺らして敬愛の意を表現してみることにした。
 すると満足してくれたのであろう、お多福のやうな満面の笑みを浮かべるとズボンのポケットからスマホを取り出していじり始めた。
 おそらくは課題のプログラムをコピーさせてもらうために同級生と連絡を取っているのであろう。学園へ到着するまでにはまだ時間がある、吾輩は主の横で丸っこくなりながら終点に着くまで一眠りしようかと思っていたときである。
「あぁ、ふざけんなよぉ」だとか「ちーがーうーだーろー」とか「○△×~」と裏声でヒトモドキのような笑い声を上げると、スマホの向こうに居るらしい見えない敵と戦い始めてしまったではないか。これはちょっと煽て過ぎてしまったかのう、変なスイッチを入れてしまったかもしれにゃい。
 しかしながら、観察しているぶんにはなかなか愉快なので、このまま生暖かい目で見守ることにしよう。


 電車は丘の上にある学園へと向けて螺旋状に旋毛を巻きながら進んで行く。
 ほとんど学生しか使わないので、四両編成のこじんまりとした列車となっている。電動化されてはいるものの、車内は全席向かい合わせのボックスシートで昔ながらの雰囲気がそのまま残っているせいか、一見すると何処かへ旅行にでも行くかのように思われそうだ。
 途中に三つほど停車駅があるのだが、二つ目の停車駅で一人の中年男性が乗り込んできた。肩掛け式の大きな荷物袋を抱えており、動き出した電車に煽られながらフラフラとこちらに向かって歩いて来る。
 午後の時間帯と言うこともあってほとんど空席だらけなのであるが、吾輩と主が座っている席の横でピタリと動きが止まった。
「おとなりよろしいですかね」
 名も無き主はスマホから目を放し、声のする方へと振りかえる。
「た、立鼻先生!」
 どうやらお知り合いのようであるが、返事を待たずして了解したかのごとく荷物袋をドサリと向かい座席に放り出すと、通路側の席にポスリと座り込んだ。
「大きな荷物ですね。今帰って来たんですか」
「ええ、今しがた那恋の温泉旅行から帰ってきたところです」
 ようやく肩の荷が降りたと言った感じで安堵の息を吐きながら答える。主より一回り小柄な男性であるが、中年の割にはそれほど腹は出ておらず端整な印象を受ける。そして、こちらもまた探偵じみた金縁の眼鏡をかけておる。
「ずいぶんと長い逗留でしたね」
「濃縮蜂蜜みたいな作品ですからねぇ。なかなかに骨が折れますよ」
「いっそのことそのまま住み着いてしまえばよかったんでは?」
冗談ではない」    マタコサーン
 この立鼻と言う男性は、主の通う学園において芸術の科目を担当しておるらしい。何やら女性の裸体画を描くことを生業としているらしく、いわゆる美学者と呼ばれる人種なのであるが、この美学者と呼ばれる輩はどうも一癖ある者が多い。
 吾輩の先輩もさんざん手を焼かされたものであるが、この美学者と呼ばれる凶悪な人種は、自ら焼き上げた壷を「出来損ないだー!」と叫びながら床へ叩きつけて破壊してみたり。料亭でタダ飯を食べておきながら、アレやコレやと難癖を付けて批評してみたりと、およそ凡人には理解不能であろう奇行を繰り出すのが一大特徴である。もしも出会う機会があったなら存分に注意した方が良いであろう。尤も、芸術の道を極めるためにはこれくらいの狂気が必要と言うことなのかもしれないにゃ。
「しばらくご無沙汰でしたが、そちらの方はどんな感じですか」
 金ピカの眼鏡を輝かせながら、今度は立鼻先生が問い返す。何となく探偵に尋問されているような気分になるのは気のせいかしらん。
「え、ええ。絶好調ですよ。今日も円天と株で一稼ぎしてきたところです」     ププッ
「それはよかったですねw」
「あ、そうだ。先生にちょいとお願いがあるんですが」
「何です?」
 リュックの中をしばらくまさぐると、一尺ほどの金色の像を立鼻先生へと手渡す。
「そいつを鑑定してもらえませんか」
 立鼻先生。金色の像を眼前まで持ち上げると、眼鏡の奥で探偵じみた審美眼を輝かせ直ちに鑑定へと入る。
「いかがでござんしょ。近所の骨董屋で見つけた掘り出しモノなんですが」
「う~ん、ずいぶん安っぽいマリア像ですね。地金が透けて見えちゃってますよ」
「先生が変なスイッチを入れるからでしょ(笑)」
 しばらくの間クルクルと像を回して見たり、台座の裏を確認してみたりと、熱心に鑑定作業を続けていた立鼻先生であるが、三十秒ほどであっさり終了すると、再び像を主の方へ差し戻した。
「まぁ、家に飾っておく分には問題ないんじゃないでしょうかね」
「そうか、無念。カトリックの彼女にプレゼントしようと思ったんだけど」
「速攻でゴミ箱行きでしょうなw」
 目利きに自信があったのであろうか、名も無き主は思いのほかションボリと落ち込んでしまった様子である。


 電車はそんな二人のやり取りを意に介することなく、黙々と目的地へと向かって突き進んでゆく。主の家を出たときには遥か上空へ見上げるようにそびえ立っていた雑居ビル群も、今や眼下へと拡がるミニチュア模型のようだ。
「いやあ、やっぱり田舎の電車はのんびりとしていて落ち着きますね」
 窓の外を眺めていた立鼻先生が誰に言うでもなく、独り言のようにポツリと呟く。
「まったくですね、都会の電車なんて最悪ですよ。客なんて畜生と等しき扱いですからね、すぐに混雑して鮨詰め状態になるし窓すら開きませんから。いや、実際はちょっとばかし開くようになってるんですがね、むやみやたらと勝手に開けようものなら周りから白い目で見られて大変なことになります」
 口ではこう言うものの、名も無き主はまだ歳が若いせいか、週末になると満員電車に乗って夏葉原へと向かい、おびただしい数の人々が溢れる歩行者天国を一日中歩き回っても存外平気な顔をしているタイプだ。集団の中に埋もれているとなんとなく安心できるものである。
「都会の息苦しさを反映しているものと思われ」
「・・・・・・最近生え際がヤバくなってますね」
「髪に見放されたんでしょうw」
 この立鼻先生は、あまり都会の雑踏が好きではないようで、先ほどから興味無さげな感じで外を眺めたまま、かろく受け答えするばかりである。
「それにしても今日は暑いですね、窓開けてもよござんすか」
「どうぞ」
 立鼻先生に了承を得ると、窓際に座る主が席を立ち窓を空けにとりかかる。上下二分割のスライド式なのであるが、この車両に採用されている窓はちょっと面白い。主が両脇に付いている摘みを持って下側の窓枠を持ち上げると、それに連動して上側の窓枠もスルスル降りてくるではないか、こうして上下に三寸ほどのスリットが出来上がった。なかなか良く出来たカラクリ窓である。
 まだ強めの日差しと今一つ効きが弱い空調機のおかげであろうか、草木の臭いが染み込んだ心地よい風が車内へと流れ込んできた。
「う~ん、心地よい風ですね、一曲歌いたい気分になってきます」
「お題目は?」
隠し子と恋に堕ちるプリンス
「際どいネタですなw」
 そしてお風呂場で上機嫌になったおっさんの如く、立鼻先生が鼻歌を披露しはじめた。
「天に~唾する~愚か者~♪」
「落ちる~ナイフに~昇竜拳♪」
 替え歌かどうかは知らないが随分とのんびりとした唄であるな、吾輩もついつい尻尾を振って音頭を取ってしまう。
 しばらくの間、御経のような替え歌に興じていたのであるが、三つ目の駅に到着する頃になり、車掌案内が流れ出すのを合図にピタリと止んでしまった。そして、思い出したように立鼻先生が新しい話題を振り出す。
「そろそろお腹が空いて来ましたね。お昼にしましょうか」
 今度は立鼻先生が大きな荷物の中をまさぐり始める。しばらくするとお目当てのモノが見つかったようで、両手に何か掴みながら主の方へと身を乗り出してきた。
「お一ついかがでしょう」
 主の眼前に差し出された両手には、砲丸投げの玉みたいな黒い塊が一つずつ乗っている。まるで爆弾のようだ。
「これは、幻の爆弾おにぎりじゃないですか」
「ええ、運良く最後の二個を買うことが出来ました。遠慮せずに一つどうぞ、何かの暗示が与えられた疑いを防ぐために、中の具については秘密にしておきます」
「ではお言葉に甘えて一つ頂戴します」
 ここまで言われたら断る理由もないであろう。名も泣き主はどちらのおにぎりを取るであろうか、しばし悩んでいるようにも見えたが、意を決したように左のおむすびを手に取った。一瞬、立鼻先生が口の端をゆるませ含み笑いを見せたような気がしないでもない。
 こうして、主にとっては二度目の昼食会がはじまる。
 名も無き主は、先ほど昼飯を済ませたばかりであるからだろう。窓枠に肘を付いて、外側の海苔巻きをチビチビとやっつけておる。
 対して立鼻先生の方はと言うと、パワーショベルで山を切り崩すがごとく、モリモリと無言でおにぎりの中心部へと食い進んでゆく。まさに痩せの大食いといった感じだ。
 しかしながら妙な男である。美学者を名乗るわりには、海苔の風味や塩加減のバラツキ、お米の食感を楽しむと言った趣きは感じられない。
 見た目こそ初老の男性であるが、おそらく中身は齢八〇〇歳くらいの宇宙人が成りすましているのであろう。食の楽しみはとうの昔に失われてしまったようで、ただただ、エネルギー補給と言う目的を達成するために、無表情のままおにぎりを噛み潰し、胃袋へと流し込んで行くだけの作業である。
 しばらく立鼻先生の作業を無心のまま眺めていると、突然と動きが止まった。いよいよお宝を掘り当てたのであろうか、口先を窄めて何やらモゴモゴしているなと思いきや、次の瞬間にわかに信じがたい行動に出る。
 立鼻先生、思い出したように名も無き主の方へと振り向くと、プッっと毒矢でも吹き出すようにして丸っこい物体を吐き出したではないか。
 吐き出した小指の先ほどの物体は、名も無き主の口先三寸をかすめて、窓枠との間にわずかに空いている狭いスリットを抜けて外の世界へと飛び出してしまった。
 一部始終を見ていた吾輩はまだしも、名も無き主にとっては完全に不意打ちだったようで。一体全体何が起こったのか分からぬ様子で、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして呆然と窓の外の方を向いておる。
 やはり美学者と言う輩は一筋縄では行かぬようであるな。
 吾輩は用心して注視しておったので、吐き出した物体の正体を辛うじて視認することが出来た、どうやら梅干の種のようである。よほど腕に自信があるのであろうか、一歩間違えば名も泣き主を直撃して大変なことになったであろうに。当の本人はと言うと、何故かは分からぬが、吾輩の方を見ながらしてやったりと言った様子でニヤニヤとしておる。
 そして、ようやくイタズラの犯人が立鼻先生であることを認識したのであろう、名も無き主がゆっくりと立鼻先生の方へと向き直る。毒饅頭でも食らったような顔をして立鼻先生を見詰めるのであるが、相も変わらず立鼻先生。挑発するようにニヤニヤしながら名も無き主を見詰め返すだけである。しばし無言の対立が続く。
 しかしながら、このままでは物語が進みようがないので、吾輩が一肌脱いで二人の心の中を読み取って見ることにしよう。
 立鼻先生は、もとより何を考えているのかよく分からないのでひとまず置いておいて、名も無き主の方からだ。しばらく呆け顔をさらしておった主ではあるが、心の中では闘争心に似た烈しい感情に火が付いたようで、窓枠から肘を放し姿勢を正すと、立鼻先生が先ほどやっていたように爆弾おにぎりにかぶり付き、中心部へと向かって食い進み始めた。
 爆弾おにぎりの中心部には同じ秘宝が眠っている、そう確信しているのであろう、目を三角にして親の敵のような形相で無我夢中に食い進める。もはや食事と言う概念は吹き飛んでいる、この名も無き主はおにぎりを掘っているのだ。
 そしてガチリと手ごたえを得た。
 口をモゴモゴさせながら立鼻先生を見つめる。対する先生は、薄い笑みを浮かべながら無言のまま、一部始終を見守るつもりらしい。
 種以外を胃袋へと押し込み、準備が出来たのであろう。窓の方へ顔を向けると先ほどの立鼻先生と同じように、吹き矢のごとく種を弾き出した。
 全神経を集中して種の軌跡をおう。弾き出された種はスリットを抜けるかと思いきや、窓の縁に当たり跳ね返ってしまった。さらに、勢いの余った跳弾は窓硝子にブチ当たり、弧を描くようにして隣座席の方へと飛んで消えてしまった。
 あいや残念。ポテンシャルの差を埋めることは出来なかったようである。
 幸いなことに、隣の座席には誰も居なかったので何事も無く済ますことが出来たが、危ういことをする主だのう。
 立鼻先生の方は、危うく梅干の種がぶつかるかもしれなかったのを気に留める様子もなく、「それ見たことか」と言わんばかりにニヤニヤしながら名も無き主の方を見つめている。
「おや、投資のようには上手く行きませんでしたね」
 立鼻先生が一言放つや、名も無き主もこのままスゴスゴと引っ込むワケには行かないようで、負けじとすぐさま反駁を開始する。
「いやぁ、さすが先生。お見事なもんでございやすね。どうです先生も一口、投資でもやってみては。先生ならあっと言う間に億トレーダーになれますよ」
 ここで一旦、立鼻先生がどう出るのか待ちたいところであるが、この名も無き主と言うのは、どうも頭に血が昇ってしまうと思い付いたことをそのまま吐き出してしまわないと気が済まない性分のようで、返事を待つことなく噺を続ける。
「実は僕だけの秘密にしておきたかったんですが、今人気急上昇中のネット投資家が居るんですよ」
 立鼻先生が食い付いて来るかどうかはどうでも良いようで、名も無き主は、詐欺師のような語り口で自身の演説へと没頭して行く。
「それでですね。面白いのはそのネット投資家の投資手法なんですが、その人が買い注文を入れると暴落、売り注文を入れると爆上げしてしまうんですよ、何故かは知りませんが。そのクセ投資系ナンバーワンを名乗っているんだから笑えるじゃありませんか」
「なかなか面白い人ですね。投資ですか、実を言うと私もそれなりにやってますがファンダメンタルとかテクニカルだのと、いろいろ複雑な要素が絡んで来るのでなかなか上手くは行きませんね」
「ファンダやテクニカルなんて何の役にも立ちませんよ、ただの後付ですから。そんなのばかり気にしているから初心者はいつまで経っても勝てないんでござんす。そんなのをアテにするくらいなら“しいたけ占い”で上か下か判断した方がよっぽど勝率が上がりますよ」
「し、しいたけ占いですか。なかなか斬新な投資手法ですね」
 吾輩もそのような投資手法があるとは初耳である。
「実は、そのネット投資家こそ“しいたけ占い”の第一人者なんですよ。本当はオイラだけの秘密にしておきたかったんですが特別に教えてあげますよと。どうです、そのしいたけ投資家の逆張りをしてごらんなさい。面白いように勝てますから」
「ハッハッハ。有難い申し出ですが遠慮しておきますよ、私は天の声にしたがって取引するだけです」
「て、天の声ですか! 先生、それってしいたけ占いよりよっぽど斬新ですよ」
「そうですかね?」
「いやいや、そうでしょう。そんな取引手法聞いたことありませんよ、どうやるのか是非とも教えてほしいでござんす。先生みたいに毎日お題目を唱えていれば、オイラにも天の声とやらが聞こえるようになるでござんすか」     アハーン
「貴方には聞こえて来ませんか?」
「いえ、全然。オイラも友達に誘われて公明学会とか言う所に入ったんですが、財務ばっかりタカって来るわりには功徳なんてこれっぽっちもありやせんですよ」
「そりゃアレでしょう。インキンお笑い芸人なんぞをとか言って煽て上げたり、ただのカラーコピーなんぞを有難がってナムナムTEENとかやってたからじゃないですかw」
「SGI48のCDじゃダメなんですか!? そんな馬鹿な……」
 さすがに阿呆すぎて解説する気も失せる。――立鼻先生は慈悲的な対応でそれとなく教えてあげたつもりなのであるが、名も無き主はこの期に及んでまだ気付いていないようである。そもそも、この男は宗教に対してとんでもない勘違いをしているのであるが、その事を指摘してあげても聞く耳を持つことはないであろう。
「そんなに聞いてみたいですか?」
「ええ、そんなもんが本当にあるならぜひとも聞いてみたいでござんす。ヘヘッwww」
 さて、馬の耳に念仏を唱えるほど暇ではない立鼻先生。困窮した面持ちで窓の外を眺めていたのであるが、しばらくして、ふと独り言のように何かを呟いた。
宇宙の地獄穴――ですか」
「え、何の穴ですか?」
「いえ、何でもない。ただの独り言ですよ、似ているなと思ってね」
「何が似ているんでござんしょ」
「真理探究ですよ。ホラ、あそこに見えるのが何か知っていますか?」
 名も無き主も、立鼻先生につられて窓の外の景色へと視線を投げ移す。
「園原炭坑跡ですね、今はもう使われていませんが」
「君は鉱山に潜ってみた経験はありませんかね」
「ありませんけど。それが真理探究とやらと何か関係があるんですか?」
「あるも何も、ソックリですよ。まるで迷路のように張り巡らされた坑道、常に纏わり付く孤独と挫折感。一歩道を踏み外して迷子になったが最後、もう二度と日の当たる場所には戻れないかもしれないと言う不安と恐怖に苛まれながら、薄暗い闇の中を延々と彷徨うはめになる。運が良ければ原石を掘り当てられるかもしれないが、一生掘り続けたって何も掘り当てられない人もゴマンと居る。そんな場所ですよ」
「世知辛い世界ですね……」
「別に君を脅かそうってワケじゃありません、経験者として率直な感想を述べただけですよ。どうです、君も潜ってみては」
「ぼ、僕がですか」
 あくまで例え話なのであるが、すっかり怖気づいてしまった様子の名も無き主。先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は何処かに吹き飛んでしまったようである。
「僕はそんなリスクを犯す気はサラサラ無いけど、掘り当てた原石だけ寄越せってのはちょっと虫の良すぎる話じゃありませんかね。そもそも、この錬豆は私が掘り当てたものですから、君に渡したところで何の価値も無いただの石コロにしかならないんですよ。待てないんだったら自分で掘りに行けば良いじゃないですか、誰も邪魔したり咎めたりはしませんよ」
「む、無茶苦茶ですね先生。僕は物理学専攻じゃありませんよ」
「さっそく言い訳ですか。えぇ? 穴を掘るだけならランプとツルハシがあれば出来るでしょう。小難しい方程式を解く必要なんてコレっぽっちもありませんよ、用は道具の使い方が理解できていれば良いんです。鍛冶屋にならなければ刀を扱うことは出来ないんですか?」
「じゃあ、僕にもチャンスがあるんですね」
「当然でしょう。でも、易しくはありませんよ。錬豆を掘り当てるか、宇宙じらみになるかは貴方次第と言う事です」
 この名も無き主が潜ってみたところで、猫鷲に襲われ精神を蝕まれたあげく発狂して宇宙じらみへと落ちぶれるであろうことは分かりきっておるであろうに。なかなか性悪な男であるな。
「なぁに、大丈夫ですよ。訓練が十分でない初心者や精神の未熟な者は表層部の思索迷宮ですら辟易として逃げ出しますから。そして自分を慰めるように『アインシュタインはインチキだったんや!』って騒ぎ始めるでしょう。猫鷲がウロついている深淵部に迷い込むことなんて滅多にありゃしませんよ」
 名も無き主は、焦点の合わぬ虚ろな目で下を向きながら黙りこんでしまった。すでに彼の意識は電車の中には存在しない、命綱なしで清水の舞台から飛び降りるような心境になっておる。
「さぁ、ものはためしでしょう。さっそく今日から潜ってみてはどうですか」
「ぼ、僕は・・・・・・」
 さあ、名も泣き主よ! 英断を下す時であるぞ。
「僕は、覚醒ゴッコに失敗してエロサイトを彷徨うHentaiにはなりたくないでござんす」
「君はエ・ロースの素晴らしさを何も分かっていませんね。とんでもない勘違いをしているようです」
「そ、そそ。そうなんでしょうかぁ? 僕には人生最大の過ちだったようにしか見えません」
「アインシュタインとて人の子、過ちを犯す事もあるんでしょう。フフ」
「どうせ先生は、今でも『二次元ホログラム最高(笑)』とか思ってるんでしょ」
 妙な所だけ勘の鋭い主ではある。
 しばしお見合い状態になっていた二人であるが、立鼻先生、ふと天井を見上げるとそのまま立ち上がり網棚に置き捨ててあった新聞を引きずり降ろした。そして再び腰を下ろすと、名も無き主の前で大開きにして記事を読み始める。一面には「ウソツキ! 安陪内閣」と書いた見出しが踊っている。
「先生、それケンタイ新聞ですよ。息を吐くように嘘をつく在○の連中が書いてるんでしょ、膿が膿を出し切るとか言ってるようなもんです。泥棒が警察をやっているようなもんじゃないですか」
 立鼻先生、ケンタイ新聞を盾のように広げたまま頑として応じない。しかし無駄なことよ、吾輩の知覚力をもってすれば立鼻先生が何処を読んでいるのか容易に確認できる。新しい裸体画のモデルでも探しているのだろうか、風俗情報の欄を熱心に読み込んでいるようだ。ちなみにケンタイ編集部お勧めの新人は松本ヒトミらしい。
 そして二呼吸ほど間を置いてから、こう呟いた。
「この国は警察が泥棒をやっているようなもんですがね」
 新聞を下ろし、顔を半分覗かせる様にして名も無き主を見つめると、さらにこう続けた。
「君は忙しいヒトですねぇ。新しい敵に警察も加えたらどうでしょう、ついでにトランプちゃ~んと金正恩とエルドアンも追加しておきましょうか。まだまだ増えそうですね♪」
「な、何言ってるんですか、トランプや金正恩なんて独裁政権の売国奴ですよ!」
 名も無き主は少々気が立ってきたのであろうか、鼻息があらく興奮気味に語気を強め始めた。穏やかだった心の表面も大嵐で荒れ狂う海面のように大きなうねりを生じ、押し寄せる大波が殻を打ち付けるたびに左の瞼をピクピクと小刻みに痙攣させている。
「君は本とかはあまり読まないんですかね」
「また先生お得意のエロ目漱石ですか、あんなもんもう古いでしょう。今のトレンドは村中春樹ッスよ」
「大体そう言う輩に限って古典から何も学んでないもんですがね。彼の本にも書いてあったでしょう、『こんな国にしたのは鬼でもなければ天狗でもない、やはり同じ向こう三軒両隣りにチラチラする層化の人だ』ってね」
「先生。いくら妄想ポエムだからって、ちと毒を吐き過ぎじゃございやせんかね」
「そうですかね。嫌ならオウム信者でもかまいませんが。知りたいんでしょ? 教えてあげますよ、橋の下で怯えて暮らすハメになろうが知ったことではありません」
「創価やオウムにだっていい人は居るでしょう。集団ストーカーなんてやっているのはまだ覚醒出来ていない一部の連中だけです。他の人は真面目に犬作先生を信じて財務に励んでいますよ」
「そうですかね。『俺が日蓮大笑人の生まれ変わりや』なんて法螺を吹く詐欺師なんぞより、近所をパトロールしている牧師さんにでも感謝するようになれば、この国もちっとはまともになって、まともな人が首相をやるようになるんじゃないですかね。フフ」
「犬作先生は詐欺師なんぞじゃございやせん。自民塔と一緒に売国奴と戦ってくれているじゃありませんか。先生こそ、投資なんかしてないで清貧に努めなければダメでしょう、エロ目漱石さんとやらを見習ったらどうなんですか?」
「イヤですよ。私は宇宙人が成りすましているわけではありませんからね。泡でも食って生きていけるまで進化したワケでもあるまいに、ちっとくらいモノが書けて人気が出たくらいでむやみやたらと投資家や資本家を叩いていたもんだから、いっつもお金に困って『食えればええんや・・・・・・』って言い訳していたじゃないですかw」
 ヤレヤレ、どっちが法螺吹きなのか良く分からなくなって来た。――吾輩はつくづく猫に変装しておいて良かったと思ふ。
「尤も、この国は投資家と商人を混同するクセがいまだに治らないようですが(笑)」
 押し問答を続ける二人であるが、だんだんと名も無き主の表層にも変化が表れ始めてきた。鼻の穴が大きく開き、獣のような荒い息を小刻みに吐き出している。大しけで荒れ狂う心の表面はグツグツと煮えたぎるマグマのように沸騰して、立ち昇る湯気が口元から漏れ出てきそうだ。
 あと一押しで今にも発狂して大気焔を吐きそうな毛配である。
「と、とと、投資家も商人もお金を稼ぐのは同じじゃないですか。先生みたいに屁理屈ばかり言う人がこの国の足を引っ張ってるんですよ(笑)、天の声(笑)とか言って。せっかくアホノミクスで日本が経済回復しているのに邪魔をして来るんですよ(笑)
 名も無き主はまるで機関銃のように溜め込んだものを次々と吐き出していく、一通り出し切るまでは止みそうにない。
「どうせ先生みたいなのが仮想通貨もインチキだーって法螺を吹いているんでしょ(笑)。しいたけ投資家の人も言ってましたよ、今はただの調整局面、ここが底だって(笑)。まぁ見ていなさい、日本人が覚醒すれば、ここからまた一気に回復しますから(笑)。そしてオリンピックの頃には売国奴どもを一掃して大日本帝国復活のような奇跡が――」
 と名も無き主が擁護していたところ。
滅びるね
 と立鼻先生が言い放った。
 立鼻先生から思いもよらない言葉が出た瞬間、名も無き主はパタリと糸の切れた操り人形のように動かなくなってしまった。
 名も泣き主の知り合いでこんな事を言う人は見たことが無い。SNSでこんな事を呟いたら大変なことになる、たちまちネット右翼に在日認定されて袋叩きにされてしまうだろう。どうにも日本人じゃないように思われる、河の増水に気付かずに中州へと取り残された流浪商人みたひだ。
 名も無き主は呆け顔でかたまったまま一向に反応する気配はない。
 彼の心は毛言の滝から転げ落ちるくらいの激しい衝撃を受けて粉々に砕け散ってしまっている。言うなれば、高圧回路に水をぶちまけてしまったようなもので、回路はところどころ焼き切れて断線し個々のモジュールは著しい機能不全に陥ってしまっている。
 吾輩が主の心を調査してみた結果、今朝とまったく同じ状態であると診断できる。言語機能にも障害が発生しているようで、言葉を発するにも「あぅあ~」といった犬猫並みの低級言語しか話すことは叶わぬであろう。復旧にはだいぶ時間が掛かると思われる。
 しかし、これではまた対話が滞ってしまうことになるので、ここは一つ吾輩が骨を折って名も無き主の心を修復してやることにしようではないか。少しの間辛抱しておるが良いぞ。
 吾輩は名も無き主の心へと潜入し、直ちに修復へと取り掛かる。
 うむむ、それにしてもヒドイ損壊状態である。これは少々手間取りそうな感じがするのであるが無理もないであろう。今まで何も考えずにせっせとお金を積み込んで来た教祖がただの詐欺師であるとバレてしまったのであるから、滝から身を投げたくなるのも無理はない。
 ハゲしい衝撃を受け、ボロボロになった心の回路は見るも無残な姿に変わり果てている。本来であれば、じっくりと腰を据えて欠陥回路ごと修理してあげたいところなのであるが、立鼻先生が「早くしてくれろ」と無言の圧力でせかして来るので仕方がない。応急処置であるが、バイパス回路を設けて手早く復旧させることにしよう。
 多少時系列がおかしくなったり、頓珍漢な妄言を吐く副作用が出てくるかもしれないが、この妄想ポエムを読んでいる聡明な諸君であるなら惑わされることは無いであろうと信じておるぞ(笑)。
 さて、そうこうしている間に修復完了だ。
「せ、せせ、先生に何でそんなことが分かるんですか。アホノミクスと意地元金融緩和政策を知らないんですか、日本経済も絶好調じゃないですか」
サルの惑星の未来は確定していますからね。わざわざエラそうに予言するまでもないでしょうよ」
 またしても、名も無き主の口元がワナワナと震えだして来た。あまり無理をするでないぞ主よ、あくまで応急処置であるからな。
「まーたそれですかwww。先生こそSF映画の観すぎでしょうよ(笑)。僕もYourPipeで動画を見たことがあるんで知っていますよ、イルモナティ予言ってヤツでしょ(笑)。馬鹿馬鹿しい、大地震が起きて火山でも噴火するって言うんスか(笑笑)」     シズメルゾコラ
 言わんこっちゃない。またもや名も無き主は呆け顔を晒して糸の切れた操り人形になってしまった、本日三度目の回路ショートである。
「おや、今のは聞こえたみたいですね」
 まったくもって、しょうがにゃい主だなぁ。
 吾輩は再び名も無き主の心へと進入し修復を試みる。あぁ・・・・・・酷いありさまであるな。自称覚醒者を名乗るオウムブログや何も解決したことが無い問題解決の授業などを読み漁り、今では維新の騎士を自負するまでに増長した主なのではあるが、風船のように膨れ上がった空虚な心は立鼻先生との対話で一突き、針で穴を空けられた途端に破裂し砕け散ってしまった。
 残った欠片をどうにかかき集めて、何とか形だけでも直してやらねばならぬ。
「ほら、あそこにお富士の山が見えるじゃないですか、ここからではだいぶ小さく見えますが――」
 吾輩が必死に名も無き主の心を修繕している先から、待ちきれなくなった立鼻先生が再び対話を再開してしまう。猫の苦労などお構いなしである。
 よし、出来たぞい。今度こそショートしてくれるなよ。
「――いくら自慢したところで、アレは天然自然もとからそこに在ったものであって日本人が自ら土を盛って拵えたものじゃありませんでしょう」
「はぁ、でもぉ、噺を盛るのは得意みたいでござんすぅよぉ」
「なかなか上手いことを言いますねw」
 立鼻先生大いに感心したようであるが、何やら主の様子がちょっとおかしいな。ひょっとして修復作業をしくじっちゃったかしらん、完璧に復元したつもりであったのだが。
 そして立鼻先生が先を話そうとすると、それを制止するように手の平を先生の眼前へと押し出し割り込んできた。
「えぇ、その先は言わなくても知ってますよぉ。富士の頂に登ったつもりでぇ俯瞰するんですよねぇ。分かりまぁすぅ~」
「なに、そのうち噴火でもすれば偽善者薄っぺらいメッキなんてすぐに剥がれますよ。悟りでも開いた坊さんになったつもりでジッとしていなさいな」
「またまたぁ、そんなこと言って脅かしても無駄ですよぉ、ウッフン♪ (笑)Me~♪ (笑)Me~♪」
 これは見るに耐えられんな、何とかして修正してやりたいところであるが、立鼻先生には大いにウケているようで、肩を尺取虫のように震わせながらニヤニヤと笑っておられる・・・・・・。
 さて、どうしたものかと思案していると、突如として窓の外の景色が暗転して騒音が鳴り響く。
 どうやらトンネルに入ってしまったようであるな。車内はたよりなく揺らぎながら点灯している蛍光灯の灯りだけが頼みの綱となってだいぶ薄暗くなってしまった。
 新聞を読むのもツライ明るさであるが、中途半端に開けた窓の隙間から風切り音が鳴り、舞い込んできた乱気流に煽られて荒れ狂うケンタイ新聞が立鼻先生の額をペチペチと打ち付けている。
 これはたまらないと言った具合に、立鼻先生が新聞を畳み始めた。
 よし、今がチャンスである。立鼻先生が見ていない隙にコッソリと修正を済ませてしまうことにする。これではあまりにも名も無き主が不憫であるからな。
 それほど長くはないトンネルを抜けると同時に修正作業も無事完了した。車内にはまた長閑な景色と静寂が戻って来る。立鼻先生も新聞をたたみ終わり、小さく丸めたあと自らの鞄の中へと仕舞い込む。どうやらお持ち帰りするようだ、お気に入りでも見つかったのかしらん。
 そして再び二人が向き合い対話を再開すると思いきや、またまた名も無き主の様子がちょっとおかしい。初恋に胸を躍らせる少年のように瞳を潤ませながら薄い笑みを浮かべているではないか。いやいや、吾輩は今度こそ主の心を修復完了したぞい、なにか他に原因があるだろうと立鼻先生の方を振り向いたとき全てを理解できた。
 さきほどトンネルを通過したときの暴風のせいであろう、生え際のM字ラインが奇妙な角度で傾き後方へとズレてしまっているではないか。
 これが意味するものは・・・・・・。
 名も無き主は神秘の秘宝を発見したような面持ちで立鼻先生を眺めている。そして同時に、二つの未来への分岐が出現している。どちらの未来を選ぶかは主に選択権が委ねられているのであるが、立鼻先生が自発的に気が付くまで見て見ぬフリをしておくのが人情と言うものだ。
「せ、先生! ズラだったんですか(笑)」
「こ、声が大きいですよ。。」
 あわてて鬘の位置を修正する立鼻先生。通路を挟んで三つほど奥の席に座っていた女学生が一瞬こちらを振り向いたように見えるが、かろうじて立鼻先生は見つからずに済んだ。危機一髪であったのう。
『次はー終点、高原峯学園です。お降りの際には忘れ物のないよう――』
 車掌の案内が流れて、目的地への到着を告げ始める。久しぶりの学園潜入であるな、思わず胸がトキめいてきた。

 いざ行かん。秘密の花園へ――。

猫の気持ち 其の五

吾輩は食後の散歩をしておる。新しく出会った町を探索中である。

 十分ほど主人の背中から町の様子を観察しておるところであるが、異国の地まで移動したワケではなさそうだ。見覚えのある建物はまだ見当たらないが、人々の様子や話し言葉からしてそう遠くまでは来ておらぬであろう。まずは一安心だ。
 町の景色が後ろから前へと流れてゆく。住宅街を抜けたのであろう、飲食店やスーパーが増えて人の数が多くなってきた。
 またしばらく観察を続けていると踏み切りの音が聞こえてきた。駅が近いようであるな、電車か駅名が見えれば現在地を探るヒントになるのであろうが、主人のリュックに潜り込んで背中合わせに向いているので今のところ音しか聞こえない。
 電車が通り過ぎて踏切が開く。踏切を渡るついでに駅のホームが見えたので駅名を確認しようかと思ったがまだ遠い、しかしながらちょっと見覚えのあるような気がするホームだ。意外と近いぞこれは。
 主人が進行方向を変えた。駅の改札へと向かっているのであろう、ここで何処から沸いて来たのかは分からぬが一気の人の数が増えてきだした。学生が多い町のようであるな、それっぽい服装の若人に甘い香りが流れるお菓子屋さんと喫茶店だらけになった。
 いよいよ改札へ向かうかと思いきや。主よ何をおもったのか駅前を通り過ぎてしまう。
 しかし、ここで駅の看板を確認することが出来た。『園原駅』とある。なるほど、吾輩の自宅の最寄り駅から二駅の近所であった、まあそんなものであろうな。
 さてさて、主よ一体全体何処へ向かうつもりであろうか。しばらくジッとしていると、とある喫茶店の前で立ち止まった。
「お前はカリカリを食べてご満悦だろうけど僕は朝からまだ何も食べていないんだ。今度は僕がご飯を食べさせてもらうよ」
 そう呟くと、リュックを下げてから吾輩を抱き上げ、地面へと降ろしてくれた。
「猫のお前には分からないだろうけど、この店でブリテンサンドを食い散らかしながらスマホをイジるのが最近のトレンドなのさ」
 ふむ、新興宗教の儀式か何かかのう、犬や猿でも分からぬと思うが。ついでに言えばズボンのチャックが全開になっておるようじゃがコレも儀式の一環であろうか。
「さ、ココはペット入店禁止なんだ。アッチの公園で散歩でもしておいで、あとで迎えに行ってやるから」
 チャックが開いているのを教える暇もなく追い払われてしまった。主は再びリュックを抱えると踵を返し、店の中へと入ってゆく。
 うむ仕方がない。言われたとおりちょっと散歩でもすることにいたそう。
 吾輩もくるりと身を返し、歩道を渡って公園へと向かう。
 駅前広場といった感じの公園はそれほど広くはないものの、ここも外縁に沿って遊歩道がある。ご飯を食べるとなると二・三〇分は掛かるであろうから、ゆっくりと散歩することにしよう。
 まだ少し強めの日光を浴びながらのっしのっしと歩いていると、何やら猫影らしきものが二つ見えてきた。これだけ天気が良いと散歩したくなるのが猫の性と言うものなのであろうな。
 少しずつ間が詰まってゆく、五・六間ほど近づいたところでふと気が付いた。どうも、見覚えがある。あのデップリした体格とギラギラした体毛は・・・・・・間違いない、アランとポルポト君のようだ。
 さて、どうしたものかのう。とりあえず今は用事もないので、ちょっと足を止め景色を眺めるフリをしてやり過ごすことにした。
 しばらく時間を潰してからもうよかろうと前に向き直ると、おやどうしたことか。アラン君とポルポト君、先程と同じ五・六間先で座り込んだまま何やら話し込んでいる。どうやら吾輩が来るのを待っているようだ。ヤレヤレだぜ。
 仕方が無いのでそのままズンズン進むことにして、たったいま気付いた風を装って話しかけてみる。
「おや、そこにおられるのはひょっとしてポルポト君ではありますまいかな」
「おやや、これは満毒斉君じゃありませんか。いやはや、こんな所でバッタリ出くわすとは奇遇ですな。ひょっとしたら天の導きなんてのもあるのかもしれないね。ヘアッハッハッハ」
 (ホントかよ胡散臭ぇなw)
「ヌコヌコ団の活動状況はどうでヤンスか。一週間ほど姿が見えなかったんで心配したでヤンスよ」
「ヌコヌコ団? 一週間?」
「おや、先週の集会で入団を承諾したじゃないかね。ハッハッハッハ」
 ああ、そう言うことか。どうやら異世界転生した衝撃で時空連続体に歪みが生じておるようじゃな。なに大したことは無い、お月様がデススターに変わっていたくらいの誤差だ、じきに収束するだろう。
「ボチボチと言ったところですな。完璧なまでには具現化出来なかったでござるが」
「それなら良かった。満毒斉君の活躍には期待しているからね、是非とも精進してくれたまえよ。ハッハッハッハ」
「おや、薄汚い野良猫どもがおるのぅ」
 仕方が無いので世間話でもして時間を潰そうかと考えていたところ今度は見知らぬ猫が一匹現れた。何処でも見かけるような茶トラ柄であるが、一風変わった出で立ちで、首には百円ショップで見かける程度の数珠がぶら下がっている。
「はて、どちら様でヤンスかね」
「ほぅ、世界に名だたる公明学会を知らぬと見えるな無知どもよぉ」
「「「なんだ、創価おじさんか」」」
「はて、コイツは珍しい拵えですな。ひょっとして独仙君のお知り会いかね。ハッハッハッハ」
「ドクセン? 知らぬなそのような者は。崇高な高僧たる学会員は薄汚い野良などとはつるまぬものだ」
「でも貧乏人は利用したいでヤンスかw」
「さもしい仏でござるな」
「なにが創価はタブーやねん。アホちゃうんかホンマに」
 うむむ、この背後から忍び寄るような声は。
「やあ、にゃんドレック君。今日もお得意の成り済ましかい、ところで今日は何時から居たでござるか」
「いやぁ、ちょっと食後の運動がてら通りがかっただけでさあ。ホントでヤンスよ、フヒヒヒ」
「オ、おフランスは関係ないでヤンスよ。何言ってるでヤンスか」
「珍モツの艦隊ねぇ」
「え、冤罪でヤンスよ、失敬な。無礼だ! 無礼だ!」
「ほぅ、今度は口の汚い子鼠が沸いてきおったようだなぁ」
「誰が鼠やねん、メクラ坊主」
「維新志士顔負けの気迫でござるな」
「今の維新なんぞクソや。金で勲章買いあさっとるだけの犬作卿と変わらへん」
「ほぅ、庶民の王者たる犬作の神に唾を成すとは何を意味するか分かっておるのか餓鬼どもよぉ」
「オイオイ、おまエラ仏じゃなかったのかよw」
「おやおや、随分と不穏な平和宗教(笑)さんだね。ハッハッハッハ」
「身潰し戦争カルト珍一協会とベッタリやんけ」
「パンツにこびり付いたウンコスジみたいなもんでござるか」
「戦争を美化するなって何度言えば分かるのかねぇ。サル
「また焼かれたいのか?」
「サ~ルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサル猿とサ~ル」
「さ、サルサル千発でヤンス!」
「千発でも一万発でも殴り続けたまえ。ハッハッハッハ」
「戦争を美化するような輩に正義などない。いかなる理由であってもな」
「こんなカルト宗教王国が核武装してアジアの盟主になるとな? 正気の沙汰かねw」
「アメリカの監視が無くなったらまた暴走してやらかすだろうね。ハッハッハッハ」
「ふん、下らん妄想探偵ゴッコだな。せいぜいネットの隅で吠えておれば良いぞ負け犬どもよぉ」
「だから猫や言うとるやろがコピペ本尊
 もはや禅問答など無意味と判断したのであろうか。踵を返し歩き始める。
「おや、もうお帰りでヤンスか」
「サイゴーどんネタで茶番劇でも始めるのかね、ハッハッハッハ」
「また政府に都合が良いよう捏造するだろう」
「髭でも生えるんでヤンスかねw」
「もう全員金髪碧眼キャラでやればええんちゃうんか。分かりやすいように」
「ヘンリー・タカモリ・サイゴーなんかどうかね。ハッハッハッハ」
「なんかイケメンオーラが出てるでヤンスw」
 名前も言わぬ宗教猫さんはそのまま風のようにスルスルと歩き去っていった。
「およよ、お気に召さなかったのかな。ハッハッハッハ」
「シャッターがガラガラチーンって降りたんやろ」
「それにしてもけったいな輩だねぇ、ひょっとして満毒斎君のお知り合いかな?」
「知らんね。恩着せがましい同和チンピラなんぞ」
「おぅ、マイケェェ~ル。こんな所でガマ油売ってたのかw」
 今度は宗教猫が去って行った反対方向から野獣のような蛮声が飛んで来た。
「「「マイケェェ~ル?」」」
 皆一斉に首を回して振り返るものの吾輩以外は初対面であるからして、しばらくするとその視線は自然とコチラに集まって来る。香具師は何者であろうか。
「今ならハクション本尊とセットで八割引でござるよ」
「それって原価割れしとるんじゃないのかね。ハッハッハッハ」
「シャア獲得のためさ♪」
 名も無き主はガニ股ぎみに大股でのっすのっすと此方へ向かって歩いて来る。予測した通りであるが、ズボンのチャックはまだ全開のままだ。
「ひょっとして・・・・・・アレが君の御主人様かいw」
「さすがでヤンスなwww」
「猫は飼い主の方が似る言うしなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「草生え過ぎでござる」
 我々の眼前まで来ると、そのまま腰に両手を当てて仁王立ちの体でコチラを見下ろす。しかしまだチャックが全開になっているのに気付く気配はなさそうである。脳の何処かに障害でもあるのかしらん。
「おぅ、さっそくお仲間作って座談会(笑)か、なかなかやるじゃねーか。俺にも猫の言葉が理解出来れば参加してやっても良かったんだけどな。ガーハッハッハ」
「「「お前と話すことなんか何もねーよwサル」」」
 この名も無き主と言うのは、このように猫前や人前にでた途端、急に尊大な態度を取り始めることが多々あるのだが、おそらくは何とかして主としての風格を出したい! と言った具合の幼稚な願望がこのやうな態度へと表れておるのだろう。
「いやはや、何とも愉快な御主人様じゃないかね。ハッハッハッハ」
「今度の集会が楽しみでヤンスなw」
「愉快な旅はまだまだ続きそうやw」
「うむ、期待に答えられるよう善処するでござるw」
「おぅ、マイケル。そろそろ行くぞ、今日は急いでるからな、特別に俺様のリュックで運んでやるぜ」
 言い終わると同時に吾輩の目の前にリュックが下りて来た。吾輩が家を出た時と同じように中へ潜り込み定位置へ付いたことを確認すると、名も無き主は再びゆっくりと背負い始める。
「これから何処かへお出掛けでヤンスか?」
「うむ、主と一緒に学園に行って来るでござる。女学生のレベルをチェックしておきたいのでな」
「相変わらず研究熱心だね(笑)」
「ミイラ取りがミイラにならねーようにな♪」
「うむ、諸君らも精進してな。創価学会Mk-IIにならないことを祈っておるよ」
 眼下にある三匹の風景がズンズン遠ざかってゆく。電車の発車時刻が近いのであろうか、大分早歩きである。

 こうして吾輩は秘密の花園へと旅立つのであった。

猫の気持ち 其の四

吾輩は御飯を食べている。丁度遅めの朝ごはんにありついたところだ。
 
 新しい世界で、ほど良い歯ごたえのある猫専用ドライフードを食べている。味付けも猫用なので胸焼けをせずに済みそうだ。
 餌の方は予想外に上物みたいで、新鮮な牛肉の風味が食欲をそそり立ててくる。猫となってしまった今では主人に話しかけてみたところで会話を成立させるのは難しいと思われるので、カリカリ音を立てて喜びの気持ちを表現してみたのであるが、名も無き主人は気にする様子もなく、ずっとパソコンと睨めっこをしておる。
 先ほどまで慌しく作業をしておったがどうやら一段落したらしい。それなら吾輩の蠱惑的な姿態を愛でるくらいの心遣いはあってもよいものであるが、エレキ仕掛けの電脳空間が気になって仕方がないようである。
 オタクと言う生物は皆このようにカーテンを閉め切った薄暗い部屋でモジモジしているのが好きなのであろうか。実に不健康であるな、よろしい。吾輩が食後の運動がてらちょっと遊んであげることに致そう。
 一息に残りのカリカリを始末してから、名も無き主に気付かれぬようそっと忍び寄る。
 フフフ、カリカリの音が途絶えたことにも気付かぬ我が主はじっとモニター画面を見つめたままである。よほど作業に集中しているようであるな。
 さてさて、何をしておるのかな。先ほど吾輩が探索したのとは別の方のモニターを盗み見てみると、どうやらプログラム言語をいじっているようである。
 吾輩は再びヒョイと音を立てぬよう静かに机へと飛び上がる。
 名も無き主は、吾輩が近づいて来たことにまだ気が付いておらぬようで、液晶モニターの一点を食い入るように見つめたままである。
 やはり思った通りであるな。オタクと言う種族は何か物事に集中し始めると周りが見えなくなるようで、もはや吾輩が視界の隅に入っておるであろうに一向気付く気配がない。よし、これならイケるぞ。
 吾輩は堂々と視界の隅から一緒にモニターを眺め、プログラムの内容を確認してゆく。
 フムフム、内容としてはHello worldに毛が生えたようなモノであるが、しかしまぁ継ぎ接ぎコピペだらけの醜いスパゲッティコードでエレガントさの欠片もにゃい。しかも、初歩的なミスまで犯しているようで、『メイン関数が見つからない!』と怒られておる。
 よろしい。これも何かの縁だ、吾輩が一つ手解きをしてやることにしよう。聡明な諸君なら言わずとも分かってもらえると思うが、この手のガラクタコードは下手にイジり回すより一旦全部ぶち壊してゼロから作り直した方が結果的に早いのだ。
 えーと、確かF4キーであったな。
 吾輩は気付かれぬよう、前足をそっととある釦の上へと持って行き、肉球が軽く触れた状態でスタンバイする。
 あとは重力の導きに従いかろく圧力を加えるだけで、名も無き主人のコピペの結晶を無に帰すことができるのだ。
 いや、解っておる。モジャケバブ神の大きなエラにかけて誓おう、この主人には何の罪も無い。しかし、吾輩の前足は無慈悲にも何かに導かれるよう圧力を強めてゆく。
「おそらくはこれこそが、天の采配と言うものなのであろうな。アーメン」


Oh! マイガッ」
 全神経を集中させているスクリーンが光の速さで消滅すると、ただでさえ壁の薄い安アパートに近所迷惑な蛮声が鳴り響く。
「なーにがマイガッだ。吾輩は猫である」      エヘン
 吾輩の存在に気付くや否や親の敵みたいな形相で吾輩の両脇を掴み、再び宙へと吊り上げられてしまった。
「ちょ。おま・・・・・・」
 ふむ、どうやら思考回路が混線しておるようじゃな。言語機能に障害が出ておるようだ。
「おい。マイケル。今日の講義が始まるまでに提出しないと単位落として留年決定なんだぞ。どうして・・・・・・くれるんだ」
「下僕の個人的な問題など知ったことではない。茶番は終わりだ、食後の運動にでも出掛けようぞ」
「なんて凶暴なヤツだ。恩を仇で返すトランプ猫め」
「そうカリカリするでない。慌てる乞食は貰いが少ないと言うじゃろう。急がば回れと言うことわざを知らんのか、未熟者め♪」
「くぬぅ。このふてぶてしい態度、いっそのこと北朝鮮にでも捨てて来ようか」
「ほぅ、お前のような毛の少ない猿が北朝鮮と忍耐力で勝負しようと言うのか。面白い、やってみよ」
「この。くそ・・・・・・。猫鍋」
「また思考が混乱しておるようじゃな。学生用の宿題なぞ友達から丸コピして関数名だけ適当に変えればバレはせんじゃろう。武士の情けだ、吾輩が適当な人物を手配してやるからそう心配するでない」
「くっ、今から作り直してももう間に合わなか。とりあえず早めに大学に行って誰か見つけないと」
「そうそう、それで良い。ササッと仕度するがよろしい」
 吾輩は天高く主の様子を見下ろしながら観察を続ける。まだ混乱の余波が残っておるようで、こんどは黙り込んだまま両目を右へ左へとキョロキョロさせておる。
 意思表示と行動が一致するまでもうしばらく時間がかかりそうであるな。
 しばらく無言で観察を続けていると、今度はヒョロヒョロと痩せ細ったような呼び鈴が玄関の方で鳴り出した。
「チワッス、Konozama商店です」
 玄関の方からかろうじて聞き取れるくらいの声が聞こえるや否や、名も無き主は吾輩をキーボードの上へとほっぽり出して玄関へと一目散に走り出す。
 今しがたまで呆け顔を晒しておったと思ったら、今度は尻に火が付いたように走り出す。せわしない主であることよのう。
 しばらく待っておると、ドタドタ慌しい足音を立てながら戻って来た。脇には何やら小さめのダンボールを抱えておる。先ほどまでの困惑した表情とは打って変わって今度は満面の笑みが現れており、待ち焦がれた女神に出会った信徒のようだ。
 よっぽど待ち遠しかったのであろう、席に戻るとすぐさまダンボールの包みを分解し始める。中から出てきたのはパソコン用のゲームソフトのやうだ、ゲームのタイトルは『希望の塔』と書いてある。パッケージの絵柄からしてオタクの大好きな二次元アイドルものであろうな。
「よっしゃ、さっそく始めるぜ」
 もはやゲームのことしか頭に無いようだ。ビリビリとラッピングを剥いで中から円盤を取り出し始めた。
 おいおい主よ、何か忘れておりはせんかな。
 吾輩が前足で主の腕を小突いてやると、吾輩の存在に気付くと同時に、またまた表情が手の平を返したように変り始める。面白い主じゃのう、まさに青天の霹靂といった感じだ。
「クソッ、お前が余計なことをしなければ一章くらいは消化できたのに」
「覆水盆に返らずじゃ、早くお出掛けの準備をしようぞ」
 主はしぶしぶ円盤を箱に仕舞ってから身支度を開始する。

猫の気持ち 其の二


 吾輩は異世界転生した。ここが何処であるのかとんと見当がつかぬ。
 とあるアパートの一室を徘徊しながら捜査を続けているところだ。
 お世辞にも広いとは言い難いリビングはじつに殺風景なもので特に吾輩の気を引くような物は無いように思われる、ベランダと反対の方角は真っ直ぐに廊下が続いており、玄関が丸見えだ。まずはこちらから調べてみることにしよう。
 廊下へ入ると左手にキッチン、その先に左右1つずつ扉がある。片方は小さな光窓が付いているのでおそらくトイレであろう、中に人は入っていないようだ。もう片方はありがたいことに開け放しにしてある、開ける手間が省けて大変ありがたい、さっそく奥を覗いてみると洗濯機が置いてある。どうやら風呂場のようであるな、こちらも人影はないようだ。
 さてと、踵を返して一旦リビングの方へと戻ることにしよう。
 廊下から戻り左手を向くと東側の壁に大きな引き戸がひとつ、おそらくは寝室であろうが残る部屋はココだけだ。
 少々骨が折れる大きさであるがここまで来たからには秘密の花園を覗かぬわけにはいくまい、まずはきっかけ作りのために爪を引っ掛け揺さぶりをかける。
 しばらくジャブを続けていると、かろうじて脚が入るくらいの僅かな隙間が出来た。
 よしよし、良い感じだ。
 お次は出来上がった隙間に両前足を突っ込み、やさしく中をかき回す。
 するとどうだ、今度はゲンコツくらいの大きさまで拡がった、ここまで来ればもうこちらのものである。
「ちぇぇストォー」
 気合と共に頭を突っ込み、体全体を使って隙間の中へ中へと押し込んでいく。
 これが映画などであれば、さぞかし無様な格好を晒して物笑いの種になるのであろうが、幸いなことにココは妄想ポエムの世界であるから誰にも見られる心配はない。
 肩のあたりまでねじ込むと、あとはスルリと抜け出ることが出来た。
 引戸を抜けると右手にパイプ式の折りたたみベッドが見える。
 我輩はベッドの下に潜り込みながらあたりの様子を観察してみると、窓際の方に人影を発見した。
 キャスター付きの椅子とスリッパを履いた足が二本見える。しかしここからでは足元しか見えぬのう、もう少し近づいて見ることにしようか。
 ベッドの下から顔だけを覗かせて名も無き主を見上げて見ると、そこにはヒョロりと痩せ細った青年が椅子に腰掛けていた。髪は短く刈り上げており、頬には薄っすらと無精髭が生え揃っておる。生やしたいのか生やしたくないのか判然としない中途半端な伸ばしかたで、いかにも最近流行と言った感じの女々しいスタイルだ。
 何やら液晶画面と睨めっこをしているため正面を確認することができないのであるが、どこぞの美学者よろしく縁無しの長四角レンズに猫の足でも踏みつければポッキリと折れてしまいそうな細長いフレームの眼鏡を掛けており、夜な夜なCIAのデータセンターにハッキングを仕掛けていそうなオタク臭が立ち込めている。
 なんだ、合っているのはオタクと眼鏡だけかい。――やれやれ、吾輩は失望した。
 仕方にゃい、取りあえずはお腹が空いてきたところなので、二日酔いによく効くカリカリとミルクを恵んでもらうことにしようかのう。
「やぁ、おはよう。名も無き主よ」
 ベッドから這い出て声を掛けると、ようやく吾輩が部屋に入ってきたことに気が付いたようで、人間工学の粋を集めたらしい奇怪な曲線であふれる椅子をクルリと回し、正面を向き直りながら見下ろしてきた。
「やあ、マイケル。やっと起きたのかい、もうお昼前だよ」
 マイケル? ずいぶんと安っぽい名前をつけてくれたものじゃのう、せめてタイタンかエウロパくらいにはならんかったものであろうか。
 まあよい、とりあえずは御機嫌をとって遅めの朝ごはんにありつくことにしようか。食らうがよい、腹見せ攻撃じゃ。
 主の足元で仰向けに寝転がりながら口をウンと開けてみせる。
「さてはお腹が空いているな。待ってろ、いまカリカリを持ってきてやるからな」
 しめしめ、上手くいったぞ。
 名も無き主は立ち上がり台所の方へ向かおうとするのであるが、ふと、思い出したように部屋の入口で立ち止まり吾輩の方を振り返る。
「カリカリを取ってくるまでそこで大人しくしているんだぞ。決してパソコンで悪戯なんかしちゃダメだからな、約束だぞ」
 吾輩は聞こえないフリをして主が出て行くまでやり過ごす。聞き耳を立てながら足音が台所まで遠ざかっていったのを確認するとすぐさま起き上がり、部屋の角際にL字型で組んであるデスクへと飛び上がった。
 目の前には二〇インチほどの液晶パネルが二枚置いてある。さてさて、一体全体なにを見ていたのであろうか、じっくり観察させてもらおうではないか、まずは向かって左側のパネルを確認してみよう。
 うぇぶブラウザが立ち上がっており、表示されているのはどこかのSNSサイトのようだ。『すごく内向的な文系おじさんの哲学入門コミュニティ』とある。
 ほぅ、下僕風情がそのようなものに興味があるとはなかなか滑稽であるな、どのような内容かちょっと読んでみることにしよう。

 ようこそ我らのタレ込みシティへ。私は貴方を歓迎します。
 このサイトは、さまざまな思想を持つ人々が寄り添いあって活発に意見を交換するための議論の場を貴方に提供します。
 また、貴方はこのサイトを有効的に活用することによって、今まで気付くことの無かったまったく新しい知見を得ることが可能となるでしょう。
 私がこのようなサイトを立ち上げた動機は、とある哲人の言葉を引用することにより掲示されます。
 次の引用文を読んでみて下さい。


 私達はこの宇宙が何処から来て、なぜ存在するのかを考えるのと同じように、他者との関わり合いを考え続けることによってのみ、この深淵なる宇宙の片隅において一つの輝ける集団であり続けることを真に願い続けて行く存在となり得るであろう。また、それらはかつて、職業としての哲学者たちが忌避しながらも渇望してやまない、内発的に湧き起こるであろう根源的な欲求を奮い立たせ、これを振るうことにより垣間見ることができた究極の到達点と言うべきものであり、あるいは、個でありながら全体として一つの地球を構成するために与えられるべき人格となって、多様性と言うダークマターのように蠢く民衆からの圧力を開放する意志として存在し続けるとき、それこそが唯一の真理であることを認識するのである。


 ふむ、何やらスゴイことを言っているように見えて何を言いたいのかサッパリ解らない完璧な悪文だ。それから次の句は。


 いかがでしょうか。どうやら哲学と宇宙には深い関係があるらしいのです。
 僕には何のことやらまったく分かりません。
 誰かサルでも分かるように教えろ下さい、ついでに数式も添えてくれるとなお良しです。


 はぁ? ふざけておるのか、思考せよモンキー!
 答案用紙だけアカの他人に丸投げかい、真理探究者としてあるまじき行為であろう。全くもってけしからん。そう言えばクラウドサーバにウイルスのストックが残っておったな、一発ぶち込んでやることにしようか。
「こーらマイケル。悪戯したらダメだと言っただろう!」
 我輩がキーボードに触れようとした矢先に両脇から抱え上げられ、宙に浮かされてしまった。なかなか勘の鋭い奴じゃのう。
「ええい放すがよい。我輩がこの陳腐な悟った風ブログを粛清してやろうと言うのだ、なぜそれが分からん」
「そんな目で見つめても無駄だぞマイケル。酔っぱらって公園の噴水に落ちるくらいヤンチャな猫だからな、油断も隙もならないのは予測済みなのだ」
 どうやら吾輩を解放するつもりは無いようだ。勝ち誇った笑みを浮かべながら部屋の入口へと進んで行く。
 ふん、その程度で吾輩を知ったつもりでいるのか愚か者め、まあよい、今回のところは見逃してやろうではないか。腹が減っては戦が出来ぬからのう。
「いいかマイケル。僕は今ちょっと取り込んでいる最中なんだ、たのむから御飯でも食べて大人しくしておいてくれ」
 その時である。事件が起きた。
 突然、パソコンからJアラートのような不協和音が鳴り響き、何やら主人へと警告を知らせ始める。
「ほれ、名も無き主よ。何やらパソコンが呼んでいるみたいだぞ」
 警告音を聞くや否や吾輩を宙空へ放り出すようにして開放すると、すぐさま踵を返し、パソコンのモニターへ噛り付くように顔を押し付けながら慌しくマウスを操作し始めた。
「ちくしょう! ハメられたか」
 状況を確認すると同時に罵詈の言葉が部屋中に響く。
 ふむ、ただ事ではないようであるな。
「オち着け、冷静になるんだ。ココはいったん損切りして仕切り直しだ」
 何やら独り言を呟いたと思ったら、今度は黙り込んでマウスを振り回しながらカリカリとやっている。
 ちょっと気になってきたので、吾輩はその場から振り返り、主人の背中越しに様子を観察する。頭と背中が邪魔になってほとんど内容は確認できないのであるが、ときおり体を動かした拍子にカクカクした折れ線グラフと赤い数字が並んでいるのが覗き見えた。
 ふむ、どうやら株式か何かを嗜めておるようじゃな。こんな簡単な相場で往復ビンタを食らうなどよっぽどマヌケな輩だと判断した方が良さそうだ。
 火中の栗を拾いに行く主の姿を眺めていると、何だかこちらまで辛酸な気持ちになって来たので入口の方へと向き直る。
 引き戸を越えてすぐのところに人猿用のお椀が置いてあり、中には半分ほどカリカリが入っていた。
 見ていると何だか吾輩の未来を暗示しているようで不安になって来る。さっさと食べてしまうことにしよう。
 こうして吾輩は、ようやくのこと新しい世界で食事にありつくことが出来たのであった。

猫の気持ち 其の一

 ――ネコはこゝろを見る。

 ネコのこころは変幻自在である。
 ガス星雲のようにユラユラと絶ゆ間なく変化し続けて行く。
 そして猫の気まぐれで一点にあつまって丸っこくなり、縮退を始める。
 しばらくジッとしてると、外側に薄っぺらい瘡蓋のような殻ができた。
 人猿はコレを見て『人格』と呼び、「奴は腹黒い」などと言って騒ぎ立てるが、こゝろと言うモノはそう単純なものではなひ。
 黒き殻の内には変らずにマグマの如き熱い情熱がドロドロと蠢いているのである。
 しかしながら人猿は愚かなもので、せっかく丸く治まっているところをなぜか四角な枠の中へ押し込もうとする。これはいけない、大変窮屈だ。無理矢理にでも押し込もうとするので、殻に罅割れが出来て中のマグマが噴出してしまう。
 すると人猿は、「てーへんだ、てぇーへんだ」と慌てふためきながら臭い者には蓋をしろと、被せ物をして重箱の隅に追い遣ろうとする。これはもっといけない、大変機嫌が悪くなる。やがて行き場を失った熱き血潮たちが芸術的な大爆発を引き起こし、枠もろとも爆散して宇宙の塵へと還ってしまうだろう。
 吾輩の視界に眩いばかりの白い閃光が現れ、視覚細胞を刺激してきた。
 

 ゆっくりと瞼を開く。
 長いトンネルから出たときのように、キュッと瞳孔が窄まって、白くボンヤリとした視界がしだいにクッキリと鮮明になっていく。
 長い棒状の照明が二本、鳥の子色の天井に埋め込まれて輝いている。
 吾輩はしばらくぼーっとしてそれを眺めていた。というのも、目が覚めると同時に吾輩の思考回路の中では複数の意識が湧き出て来て一体全体どれからタスク処理を実行すれば良いのか判断出来ずにいる。したがってなすすべも無くただジッとしているのみなのだ。
 とりあえず、気持ちを落ち着けるために顔でも洗ってこようか。
 そう思い立って、眼を擦ろうと手を上げて見ると、毛むくじゃらの細い棒のようなものが視界に入ってきた。
「ああ、そうであった。吾輩は猫になったのである」
 そう呟くと同時に、吾輩の心の中から爆発的な衝動が沸き起こってくる。
 吾輩は悪夢から目が醒めた信徒のように上体を一機に呼び起こすと、すぐさま辺りをグルりと見回す。
「はて、ココは何処であろう」
 目が覚めた瞬間からの違和感。吾輩は自宅のベッドではなく、見慣れないソファーの上で大の字になって寝ていたようだ。
 床には自称インドで修行したと言う高僧が愛用していそうな安っぽい柄の絨毯が敷いてある。壁際には七〇インチくらいであろうか、平型テレビが無造作に置いてある。
 これくらいの大きさなら壁掛けにした方が良いのであろうが、おそらく賃貸しなのであろう。
 部屋は全体的に薄暗い、ベランダへと通じる大きな窓があるものの遮光カーテンを閉め切っているせいで、日はとっくに昇っているようすであるのに部屋の中は照明が必要なほど暗いのである。
「ヤレヤレ、また朝から探偵ゴッコでござるか」
 吾輩は再び瞼を閉じ、瞑想に耽りながら思考を張りめぐらせる。
 昨晩の出来事を一つずつ咀嚼しながら足取りを追っていく、確か、公園で水を飲もうとして噴水に堕ちてから――そこでイメージが途切れ、暗転してしまっている。さて、ココから現在までの事象をどうやって紡ぎだすかである。
 しばしのあいだ、無の境地に沈みながら考え続けるよりほかにない。
「ははーん、解ったぞ」
 言葉を発すると同時に、特異点の解が見えてきた。
 これはきっと、昨今はやりの異世界転生に相違ない。噴水に落ちた衝撃で平行世界へとスリップしてしまったのだろう、まさかあのような場所に時空断層が存在していたとはうっかり八兵衛である。ハゲの呪いかしらん。
 異世界転生と来れば、残りはハーレムとチート能力だ。
 チート能力は既に持っているので、残りはハーレムであるな。
 吾輩はソファーから飛び降りてリビングの中を周遊しはじめる。まだ見ぬ愛しの御主人様を探し出そうではないか、きっとメガネを掛けた巨乳美女に相違ない、探偵ゴッコ続行である。

 

猫の気持ち 其の十一

 ――地下室で 骸骨たちが 泣いている

 深い藍色の空に稜線の影を残したまま、街は再び深い眠りに落ちようとしている。
「もう大丈夫かしらん」
「ヤレヤレ、毎度のことながら騒がしい連中だね」
 ジャンボー軍団は過ぎ去った。と言うより何かの合図でも受けたやうにピタリと拍子木や叫び声が止んでしまったのだ。猫耳であれば、まだ聞き取ることが出来る距離に居るはずなのであるが、何やら気味の悪い連中である。
「サルト教会への嫌がらせでやんすよ、アレは」
「ローザの人気に嫉妬してるんだろうね。ハッハッハッハ」
「サルト教会の看板美猫でやんすからね」
「あら、おだてても何も出ませんこよとよ。ホォ~ホッホッホ」
「看板美猫でござるか」
「君、YourPipeって聞いたことないかい?」
「あぁ、あの動画投稿サイトでござるか」
 そのネットサイトなら吾輩も良く知っている。どのようなサイトか簡単に説明すると、自分で作成した動画ファイルや写真をデータサーバーへアップロードし、インターネット空間で自由に観覧出来るようにするサイトである。
 そこでは自分の家やペット、家族などを晒し者にして客を集め、広告収入という形で銭をかせぐシステムになっているのだ。
「ローザは日に百万アクセスを稼ぐアイドル美猫ってヤツさ」
「あんなんただの見世物小屋やんけ」
「会ったこともない猿を知り合いにして利用することが出来る詐欺ツールでやんす」
「そいつはネズミ講にもってこいでござるな」
「あら失礼ですわね。あたいが動画に出るようになってから信者の数が半年で四倍まで増えましたことよ」
「脅威の新人デビューでやんす」
「なるほど、人気があるぶん敵対勢力も多いわけでござるか」
「ジャンボー軍団は姑息だからね。諸君らも存分に気を付けてくれたまえ」
 ふむ、どうやらこのジャンボー軍団とネコネコ団には少なからぬ因縁が存在するようであるな、近々その詳細を調べてみる必要がありそうだ。
「さてと、静かになったところでじっくりと腰を据えて会議を再開しようかね」
「やっと本題に入れるでござるか」
「うむ、実を言うとね。最近下界の様子がどうも騒がしいようでね」
「騒がしい?」
 みな異口同音にポルポト君の顔を見ながら困惑の表情を浮かべている。
「なんでも近いうちに第二の太陽が出現するとか言って人猿社会がパニックになっているらしい」
地底人のお祭りもあるらしいで」
 言い終わると同時に独仙君以外のメンバーへと目配せしながら承認を求め始める。その信撃に満ちた双眸は、お前なら信じてくれるよなと訴えているように思えた。
「恥帝人? そいつはまた怪しい勢力が出て来たでござるな」
「ハッハッハッハ、相変わらずそっち系のオカルトが好きだね君は。良い子のみんなが読んだら洗脳されてしまうじゃないかね、法螺を吹くのもほどほどにしておきたまえ」
「嘘やあらへん、ホンマにおるんやで」
 なおも食い下がるようである。
「YourPipeにも動画がいっぱい上がっているみたいでやんすよ」
「やれやれ。小生は失望の念を禁じえないね、渡る世間は迷亭君ばかりになってしまったようだ」
「そりゃ発狂したくなるのが人情ってもんでしょう。ホホホホ」
「発狂したらどうなるんでやんす?」
 アランは激昂のインスピレーションに興味深々のようである。
「妄想ポエムを書き散らしながら大気焔を吐くでござるよ」
「そいつは一大事でやんす」
「宇宙ジェットより凶悪やで」
「そりゃそうさ、普段はニヤニヤしながら『ニホンゴあいまいワ~かりにくいデ~ス』とか言ってる連中がだよ、突然、雷に打たれて気が狂ったやうにカミカゼ! サムライ! ヤマト騙しぃ! って雄叫びを上げながら掏摸寄って来るんだぜ? 気持ち悪いだろう」
「魂みたいにフラフラしていますのね」
「節操のない乞食でござるな」
「そこで諸君、我に提案あり!」
 皆が注目するなか、ポルポト君がヒョイと再び仁王立ちになった。
「おい独仙君、大麻でもキメてラリった猿のような顔をしてないでそろそろ起きたまえ、ポルポト君の名演説を謹聴しようではないか」
 吾輩が呼びかけると、ジエル状のヨダレを銀のお盆に垂らしながら眠りこけていた顔がぬぅっと起きあがる。しかしながら、横一文字に線を引いたような瞳は相変わらず開いているのか閉じているのか判然としない様子だ。
 全員の注目が集まったところで一気呵成、右の前足を天に向かって突き上げながら声高らかに宣言を開始する。
「ココに集いし猫又族諸君に告げる。我々は有史以来、この惑星で活動を繰り広げる知的種族を観測し続けてきたわけであるが、今だ我利欲の輪廻から解脱できぬ低級種族の身でありながら我々を害獣呼ばわりし、迫害を続ける野蛮猿の愚行を看過せぬ存在である。よって、今夜あたらしい同胞を迎えた機にネオ・ネコネコ団を結成し、愛と平和とエロースとカリカリをこよなく愛するネコネコ王国の復権を推し進めて行くことをココに宣言するものであーる」
「旭日昇天の勢いですわね、ホホホホ」
 ついにネコネコ王国復権の烽火が上がったようだ。とても酒が回った猫の演説とは思えぬが、あるいは酒が回っているからこのような妄言を吐いたのであろうか。
「長く険しい道程でやんす」
 ほとんど達成済みのような気がするのは気のせいかしらん。
「と言うわけで、一口どうだい満毒斎君。共にネコネコ王国の復権を成就させようではないか」
「はぁ、べつに手伝うのはかまわぬでござるが、アレせよコレせよと指図を受けるのは御免こうむりたいね。吾輩は吾輩のままでござるよ」
「もちろんさ、我ら自由気ままな猫又族だからね」
「決まりですわね」
「いよいよ野蛮猿を粛清する時が来たでやんす」
「さぁ諸君、今日は前祝いだ。思う存分食って飲んで踊ってくれたまえ!」
 誰が合図したわけでもないのであるが、全員二本足で立ち上がると、お盆を中心にして猫じゃ猫じゃを踊りながら円を描くように回り始める。
 お月様が見守り続ける限り、猫達は踊りを舞い続けるであろう。
 こうして吾輩は、ネオ・ネコネコ団の一員として活動を始めるに至ったのである。
 
     *
 
 宴の夜は終わりを告げた。
 夜はさらに深まり、辺りは空襲に怯える街のように静まり返っている。
 吾輩はとりあえず自宅へと帰ることにした。
 当面の間は自宅を活動拠点にするとして、来週の定例会までには何とかして下僕を見つけ出したいところである。
 だいぶ酔いが醒めてきたとはいえまだ足取りがおぼつかないにゃあ。綿毛のように軽い猫の身体はよりいっそう軽く感じられ、地に足の着いていない前進は、ぐるリぐるリ、天と地がひっくり返ったような視界の中をフワフワと魂のように彷徨っているようにさえ感じられる。
 猫だけに気の向くまま、普段は通らない経路を使って帰路を辿っているのであるが、まだ目的地の半分も進んでいない、何処かでちょっと休憩でもした方がよかろうと考えていた丁度そのとき。突き当たりに公園らしきものの入口が見えてきた。
「おあつらえ向きでござるな」
 自分が住んでいる街でさえ、このように知らない場所が満ち溢れている。
 今日は多くのことを発見できた一日であったが、これから猫の生活を続けていけばさらに多くの真理を見出すことになるであろう。
 そう考えると、濃い霧に覆われた森のなかで迷子になった子猫の如くモンモンと不安に揺れていたはずのこころに変化があらわれ始める。目の前に迫った問題だけに振り回されてジタバタせずとも良くなる。なに、急いで帰る必要などないのだ、ちょいとベンチの上でくつろぎながら肉球を休めることにしよう。
 コンクリブロックの簡素な門を通り抜けて公園の敷地へと侵入してみると、思いのほか緑の多い公園のようだ。
 植木に囲まれた遊歩道がぐるりと外周に沿って続いている、猫の背丈では巨大な迷路のようにも思えた。空を見上げるとすでに明かりが消えて真黒な影となってしまった雑居ビルの頭と、所々に銀杏の木が重なって見える。
 紅葉にはまだちょっと早いので遊歩道は落ち葉も少なく小奇麗としており、人影も見当たらないので、しっとりと潤いを保っている歩道を悠然とした足取りでのっしのっしと進んで行く、しばらくすると道が開けて少し広い場所へと躍り出た。
 3・4人くらいが腰掛けられるベンチと一人分用の公衆トイレが備え付けてある。
「ふむ、ここらで小休止するか」
 ベンチの方へ向かおうとしたとき、ふと気づいた。またしても何かが囁くような微かな音が聞こえてくる。吾輩はそのまま脳内の探偵回路を起動し思考を開始する。しばらくしてから一つのイメージが湧き上って来た。
 (噴水だ!)
 予定を急遽変更し、植木の下をくぐりながら真っ直ぐ音のする方へと進むことにする。
 イヌツゲの垣根を腹這いになりながら何とか抜けると、銀杏とベンチが無秩序に並び立つ雑然とした大広場へと出た。三〇メートルほど先にある公園の中心部には大きな二段構えの噴水が鎮座している。
 酔い覚ましには丁度良い、顔でも洗ってスッキリして行こうかしらん。
 小走りに駆け出した吾輩はそのままヒョイと一段目の縁に飛び乗ってみると、真円型に作られたその中心部には大きなラッパ状の噴水口があり、命の水が滔滔と流れ出ていた。
 縁から三〇センチほど下がった所に、かよわい外灯の光を反射しながら水面がキラキラと輝いて見える。
 ――ちょっと遠いかな。
 とりあえず、ウンとクビを伸ばし頭を下げていく。するとどうだ、何者かが吾輩を噴水の池へ呼び込もうとするではないか。巨人引力だ!
 巨人引力の呼び声に負けじと縁に踏ん張りながらさらに頭を下げていく、あと10センチ。
 吾輩が頭を下げれば下げるほど、巨人引力の呼び声も大きくなっていく。そこで吾輩は尻尾をプロペラのやうにグルグルと振り回し、ジャイロ効果で抵抗を試みる、あと5センチ。
 しがしながら巨人引力は強大だ。猫の身などで抗えるはずもない。
「あっ……」
 ――ボッチャン♪

     第一部 

猫の気持ち 其の十

月下香 壁破運河在


「パンパカニャ~ン、それではみなさんご静粛に。これよりネコネコ団定例会を始めますぞ」
 勇ましい雄叫びとともに開始の号令がかけられる。
 しかしながらちょっと様子がおかしい。ポルポト君勢い余ってか前足を腰に当てて仁王立ちになってしまっているぞ。
「さすがに仁王立ちはちと目立ち過ぎじゃないかにゃ」
「ホホホホ、せめて猫らしくおやりなさいな」
「なに、ちょっとの間だけだから大丈夫さ。誰も見てやしないよ、猫が二本足で立っちゃいけない法など無いだろう? 合法さ合法♪
 みかん箱でもあれば足場代わりになるのであろうが、あいにくとこの広場にはそれらしき物は見当たらない。隅っこにちょっとばかり廃材らしきものがあるだけなのでこのスタイルが定着したものと推察できる。
「さて、皆さんご承知のとおり今日は新しい団員を迎えるべく客人を招待したよ。満毒斎君だ」
「やあ、初めまして。なにぶん今日出家したばがりで猫の勝手は良く分からぬでござるが、なにとぞ一つよろしく頼みますでござるよ」
「おや、と言うことは野良でゲスか」
 気の向くまま猫又化してしまったので野良と言えば野良である。自宅があると言えども基本的に人間用の生活空間なので、普段の生活を営むには少々難儀なことになりそうだ。
「野良はキツいぜ満毒斎君。早いところ下僕を見つけた方がいいよ」
「美味しいものが食べたいならレストランがお勧めですぜ」
「うむ、その件に関しては心当たりがないワケではないでござるよ」
「ほう、一応下調べはしてあるみたいだね。何処へ向かうつもりかな?」
「夏葉原と言う場所に生息している『オタク』と呼ばれる種族が猫好きで有名らしいね、よく猫の格好をして遊んでいる姿が目撃されているみたいだよ」
「なるほどねぇ、オタク族か。悪くは無いね、目の付け所は良いと思うよ」
「あきまへんなぁ」
 突如として吾輩の背後から囁き声が聞こえてきた。あわてて振り返ってみるとアメリカンショートヘアの猫が一匹、背後霊のやうに鼻息が掛かりそうな距離でピッタリと寄り添っている。まるで探偵のようだ。
「ええと、君の名は」
「ニャドレック」
創価、きみがニャドレック君ね。いやぁ、ずいぶんと芸達者になったねぇ」
「なぁ~に、ちぃとばかし毛が短くなっただけでさぁ。それよりあんさん、あきまへんで、あんな所にオタクなんておりまへん。ネコ様人気に乗っかりたいだけの背乗りファッションオタクばかりでさぁ」
「そ、そうなのかい」
「異世界転生とか流行ものに群がって騒いでいるだけのイナゴでゲスよ、オタクとは関係ないでやんす」
 ふーむ、どうやらオタクに対する認識を改めないといけないようである。
「いやぁ、それにしてもビックらこいたね。一体全体いつからそこに居たんだい?」
「パンパカニャ~ンの辺りかしらん」
   「「「いやいや、フォアグラのところから居たじゃにゃいか」」」
「あらそう? あたいは気付かなかったわ、ホホホホ」
「奇想天外神出鬼没。他猫を驚かすのが趣味みたいな輩だからね、まぁ気にしないでくれたまえよ満毒斎君」
「そゆことで何卒一つたのんまっせ」
 何を頼むのかはさっぱり不明なのであるが、この手の輩は承知してやっても次から次へとキリが無いのでウンともニャーともならない返事で適当に受け流しておくに限る。
 さっさと次の話題に移らぬものかと天を眺めていると、事態が急変しだした。
 レストランと反対側の路地に人影が現れた。まだ大分距離があるので判然としないが、5・6人の集団のように思える。しかも何やら騒がしい様子で、ただの通行人では無さそうだ。
「あら、人猿がいらしったわ」
「シッ! みんな静かに。こっちへ集まって伏せてくれたまえ」
 ほろ酔い気分で浪花節を刻む調子だったポルポト君のトーンが一段下がって伝令が響き渡る。
 ただごとでは無い空気を感じ取ったメンバーは言われるがまま主の近くへと集まり、背を海老のように丸め、前足を折り畳んでお腹の下へと畳みこむと香箱座りの姿勢を取った。一般的にはこの姿勢こそが人猿から身を守るのに最も効果的な座り方と言われているのだ。
「――用心」
「……一本火事のもと~」
 御経のような定型句を繰り返し叫びながらコチラへ向かって練り歩いて来る。句の間には静まり還った闇夜を切り裂くような鋭い音が鳴り響く、――拍子木だ。
「火のようじーん」 カン!
「世界統一和平教会デース」 カン!カン!
「マッチいっっぽん~」 カン!
「統一和平の為に清き一票を~」 カカン!
 この拍子木の音というのは鋭敏な猫の聴覚にはかなり耳障りなもので、皆猫耳をペタリと折り畳んで防御しているのであるが、それでも頭の芯までグワングワンと鳴り響いて来る。除夜の鐘に頭ごと突っ込んでいるやうな気分だ。
「何なんだい? ありゃ」
「ジャンボーさ♪」
「ジャンボー?」
「普段は信仰なんぞしとらんクセに御利益だけは掠め取っていく野蛮猿さ」
「信仰が無いとジャンボーになるん?」
「自尊心“だけ”は発達して肥大化しているからね。気を付けたほうが良い、見つかったら猫鍋にされてしまうよ」
「神の名を語る不届き者でござるな」
猿の分際で生意気ですわね」
「ちゃちゃっと料理しちまうでヤンス」
 ジャンボー軍団は進む。
 ネコなど意に介さぬと言った具合に我々の居る広場の前を通り過ぎると、突き当たりの角を曲がってさらに練り歩いてゆく。束の間の休息を貪るために眠りに着いた人猿達へ向け、起きよ! 我の声を聞けと囃し立てる。
「火のようじーん」 カン!
「世界和平のために清き一票を!」 カン!カン!
「マッチいっっぽん~」 カン!
「世界和平統一教会デース」 カカン!
「火事のもと~」 カン!
 お月様が生暖かく見守る下で、拍子木と御経を打ち鳴らし、ゆっくりと進みながら深い闇の中へと消えて行った。

猫の気持ち 其の九


「どうしたんだい満毒斎君。生きた猫と死んだ猫が重なったような顔をして」
「そいつはまた珍妙な比喩表現だねぇ、ウンコ味のカレーみたいな」
「おやめなさいな食事中に、お下品ですこと」
「まったくだよ。銀河公文書にウンコなんて書いたのは君が初めてだぜ? 恥を知りたまえ」
「わたくしの言ったこと聞いてらして?」
「それならそれで光栄だけどね。いやなに、ちょっと料理で気になることがあってね」
「何だい? 何でも聞いてくれたまえよ。水臭いなぁ。君と僕の中じゃないか、今宵は無礼講だよ、愚弄張るに語らおうじゃないか。ささ、こっちのフィッシュあんどチープスでも摘みながらどうだい。いっちょ噛みくらいしか残ってないけどね」
 殆どジャガイモだらけになってしまった塊を顎先で指しながら勧められる。
 吾輩は残飯処理係ではないのだが。
「塩辛いのは好みじゃないね、小皺が増えるよ。あと色毛がない」
「確かに、だいぶ喉が渇くねコレは。それで、聞きたいってのは何だい」
「この料理のことでござるが、コレだけのモノをただネコが好きだからって拵えるのはちょっと不自然に感じるね。」
「ほう、なかなか感がするどいね」
 当てて見よという意思表示であろう。ポルポト君の口元に笑みが表れる。もちろん、猫の場合は人間ほど顔の筋肉が発達してはおらぬので、猫同士でのみ感じとれる微かな変化である。
「猫用にしては味が濃すぎる。これは明らかに人猿用の味付けだね、とは言ってもお隣のレストランは定休日。となればお店で出した残りモノでもない」
「なるほど、良く気づいてくれたね」
 ポルポト君、大きく目を見開き、ファイナルアンサーを迫る勢いだ。
「となれば、この料理は一体何処から来たのかな?」
「あたいの家から持ってきたご馳走でしてよ」
 モデルのやうな笑みでローザちゃんファイナルアンサー。キャッビアが2・3粒口元にくっ付いたままなのがちょっと可愛い。
「おや、ずいぶんと豪勢だねぇ。お城にでも住んでるでござるか」
「ハッハッハッハ。お城なんてこの辺りには無いじゃないかね。レストランの隣に教会があるの気が付かなかったかい?」
「あー、サルト教会だっけ」
「そうそう、そこで今日はミサをやっているのさ。つまり――」
 そこまでくればもう謎は解けたも同然である。
「なるほど、そこで出される晩餐の残りと言うワケだね」
「そのとおり♪ レストランの店長が熱心な信者でね。勢い余って作り過ぎるもんだから、捨てるのももったいないってことで我々に献上するようになったんだよ」
 なるほど、どうりで週末なのに定休日になっているワケだ。
「アランちゃんはレストランに住み着いてるのよ」
「おぉ、そう言えばアラン君はどうしたんだい? 一向に戻って来る気配が無いようでござるが」
「ホホホホ、あの子は毎日たらふく食べてるんだからほっといてかまいませんことよ。どうせ今日も厨房で一人、コッソリとフォアグラに齧り付いてるに決まってますわ」
 やたら毛並みだけは良いと思ってはいたが、そう言うことであったか。
「フォアグラだよフォアグラ。君、食べたことあるかい? トチメンボーより上味だよ」
「ふむ。食べたことはござらんが、知識でなら有しておるよ。確か、鴨とかにトリュフなどをたらふく食べさせて肝硬変になったところを締め上げる珍味だったね」
「何だかメチャクチャだが大体あってるよ」
 吾輩の潤沢な知識に恐れおののいた様子で背を仰け反らせながら答える。
「やあやあ、今日の晩餐は楽しんでくれたかな?」
 噂をすれば何とやら、ギラギラと脂の乗った体毛を輝かせ、アランが疾風の如くこちらへ舞い戻ってきた。
「あら、おかえりアランちゃん。フォアグラは美味しかった?」
「な、何の話でゲスか? へへ……」
 舌をブーメランのやうに振り回し必死に口元を拭っている。コヤツもなかなかの舌技を持っているようで、このネコネコ団とやらは一癖ある者達の集まりらしい。そう言えば、とある文献で読んだことがあるのだが、西洋においては猫又化するさいに尻尾ではなく舌が裂ける種族がおるらしい。
 風に誘われるようにそっと空を見上げてみると、お月様の下で十字架を背負った教会の屋根が視界に入ってきた。何かに呼びかけられている気がして眺め続けていると、言霊のような鐘の音が鳴り始める。女神の福音を知らせながら時を刻み、淡い余韻を残しながら宇宙へと吸い込まれてゆく。マントルまでしみ入る良き音色だ。
「さて、全員そろったようだね」
「そろそろ始めるザマスわよ」
「ふんにゃ~」
浮世の勧工場に疲れはてた人猿達がその瞼を閉じ、静かな眠りについたあと、我々の活動が始まる。