猫の気持ち 其の八

吾輩はこの学園で講義を受けようと思う、名も無き主の運命を見届けるためだ。


心優しい吾輩は、主の様子を伺いに本部棟へと戻ってきた。中央のロビーまでやって来ると、名も無き主は以前と同じ場所にまだ居るようだ。
しかしながらちょっと様子がおかしい、膝の上でノートパソコンを広げて何やら一生懸命作業をしているように見える。
あちゃー、ついに友達は捕まえられなんだか。まさか、今から課題のプログラムを作り直そうという魂胆であろうか。これは留年確定かもしれないのう、下手に近づくと八つ当たりされそうなので、ちょっと離れた所から見守ることにしよう。
しばらく名も無き主の様子を見守っていると、突然、吾輩の目の前に一人の女性の姿が現れた。
何となく見上げた瞬間バッチリ目が合ってしまった。そこには、ウェーブの掛かった茶褐色の長髪に少しあどけなさの残る端整な顔立ち、そして左の目尻にある泣き黒子がまたチャーミングで愛らしい美女が佇んでいる。エ・ロースの真髄を味わい尽くし、もはやアイドルのパンチラごときでは眉一つ動かさぬ吾輩を金縛りのように釘付けにしてしまうこの女人はいったい何者ぞ……。
しばらくジッと見詰め合っていると、ニッコリと女神のような笑みで語りかけて来た。
「あら、こんなところに可愛い猫ちゃんが」
「あ、はい。満毒斎でござるデスデスデス」
吾輩は何者かの意思に後押しされるように自然と彼女の足元へと導かれる。そして、尻尾をピンと立ち上げ、二本の足の間を八の字を描くように交互に移動する。これは猫又流の友愛を示す所作である。別にパンツを覗こうとしているわけではないぞ。
「あらあら、お腹でも空いているのかしら」
吾輩は足元からすくい上げられ、謎の美女と正面から向き合う。間近で見るとまたさらに美しい。古今東西において真に美しいものは自然体であるときが最も輝いて見えるもので無用な飾り付けなど一切必要ない、何でもかんでも眼鏡を掛ければ良いというわけではにゃいのだ。
さらに吾輩の眼前には史上最大級とも言うべき巨大な島宇宙が二つ渦巻いている。ブラウスの隙間から覗き見えるこの神秘的な谷間を黙って見ておるだけで良いのであろうか。
否、真理探究者としてやるべきことは一つしかないであろう。
「いざ行かん、神秘なる谷間の深淵へ! とうっ」
吾輩は女神の両腕を離れ、ブラウスの中へと潜り込んでゆく。
「あらあら、おませさんな猫ですねぇ(笑)」
「ヤダー、何この猫キンモー。ヤバイって如月さん、変なバイ菌移されちゃうわよ、さっさと引きずり出して窓から投げ捨てちゃいなさいよ」
何やら同級生らしき連れの学生が罵詈を浴びせて来ておる。まったくもって不敬な輩であるな、吾輩を何と心得ているのであろうか。教育機関の最高学府に属する知性とは到底思えぬ、どうせ裏口入学であろう。
吾輩は、肉球を聴診器のように彼女の体へと押し当てて、各部位の健康診断を開始する。うむ、実に見事な健康体であるな、病気や疾患の類は一切見当たらない。そして、この膨よかながら張りのある筋肉。これはきっと何かしらの武道を嗜んでいるに相違ない、しかもかなりの腕前とみた。さらに微かに漂う石鹸のかほり――ウン、たまらんにゃあ。
「コーラマイケル! 何やってるんだ」
うむむ、さっそく気付かれてしまったようだ。名も無き主が駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
仕方が無いので、一旦ぐるりと反転し、ブラウスの隙間から顔だけを覗かせてみると、ちょっと羨ましそうな目で睨み付ける主の姿があった。
「あら、あなたの猫ちゃんだったの」
「あ、はい……スンマセン。まったくウチのドラ猫がとんだご迷惑を……」
「ちょっとぉ、その薄汚いドラ猫さっさと退けなさいよぉ。如月さんが穢れちゃうじゃない!」
「あ、ハイ。ホラッ、こっち来いバイ菌猫めっ」
吾輩は無慈悲にも首根っこをグイッと摘まれるとそのままズルリと引きずり出されてしまった――無念。
「元気いっぱいの猫ちゃんですねw」
「元気があり過ぎなんですよコイツは。今朝も僕の課題プログラムをオジャンにしやがって」
「課題プログラム?」
「ええ。今日の講義が始まるまでに提出しないといけないんですがね、覚醒したオイラにとっちゃあ朝飯前のプログラムだったんで朝一でサクっと終わらせる予定だったんですよ。そしたらあと少しってところでこのバカ猫が全部パーにしやがって、まったく今日は人生最大の厄日でさぁ」
「あらあらダメよぉ、自分で覚醒したなんて言っちゃあ。まるで層化脳オバチャンみたいじゃない。ウフフ」
ふむ、流石に武道を嗜んでいるだけのことはあるのう。どこぞの法螺吹き主と違ってまともな精神が育成されているようだ。
「オイラを層化脳のヒステリーオバチャンと一緒にしちゃああきまへんぞなもし。オイラは真に覚醒した変態なんでヤンスよ」
おんやぁ。ひょっとしてアイツらが悪戯でもしておるのかのう(笑)。
「あらそう、それなら良いんですけど。なかなか面白い方ね、幻の三枚でもお探しなのかしら(笑)」
「まー見てて下さいな。これから日本人もどんどんオイラみたいに覚醒を始めて凶都みたいな美しい国に生まれ変わるでしょう」
美しい国どころか、災害だらけでどんどん汚物のような国に落ちぶれている気がするのは気のせいかしらん……。
「それは是非とも楽しみにしておきますわ。自称平和宗教なみの胡散臭さですけど、フフ」
「まぁ、まだ覚醒してない人に言ってもしょうがないかな。それよりも、あの……その、あのあの」
「? 何かしら」
「あ、あの。良ければFakeBookのフォロワーになってもらえませんか」
「ええ、かまいませんわよ」
二つ返事で了承を得ると吾輩を床へと放り出し、スマホを取り出してなにやらやり取りを始めている。ふーむ、課題プログラムのことはすっかり忘れているようであるな。
「へへ、やったあ」
「宜しくお願いしますわね」
「こちらこそ♪」
おーい、名も無き主よ。何か忘れてはおらんかな。
吾輩は今朝と同じように肉球でかろく主の脹脛あたりをツンツン押してみる。
すると、吾輩の顔を見てやっと思い出したのであろうか、涎を垂らしそうなまでに緩んでいた顔が、一気に血の気を引いて青ざめてきた。
「いけない、急がないとプログラムが……」
あわててノートパソコンのある場所へ戻ろうとする名も無き主を如月と呼ばれる美女が呼び止めてきた。
「ねぇ、さっき言ってた課題プログラムって在善教授のカルト爆散プログラムのことかしら」
「え、ええ。そうですけど」
「それだったら私が提出したプログラムを送って差し上げましょうか」
「えっ、本当ですか。でも、如月さんって三回生だから一昨年の課題ですよね」
「ええ、でも大丈夫ですわよ。カビの生えたノートで講義するって有名な方ですもの。課題もずっと昔からまったく同じ内容だから皆先輩達からもらったコピーを関数名だけ変えて提出していますわ」
「そ、そうだったんですか……。なんか盗大で教授をやっていたとか聞いたのにずいぶんと怠け者でござんすな」
ふむ、まさに救いの女神といった感じであるな。よかったのう、名も無き主よ。
「講義は何限目なのかしら」
「次の四限目です」
「そう、それじゃあ急がないといけませんわね。部室に帰ったらすぐにFakeメールで送りますから猫ちゃんと一緒に待っててくださいな」
「「はぁい♪」」
言い終わると、連れの女学生と一緒に玄関の方えと消えていった。
名も無き主はしばらく呆然と二人の後姿を眺めていたのであるが、完全に彼女達の姿が見えなくなると、再び吾輩を首根っこから摘み上げて少々興奮気味に語りかけてきた。
「お、オイ。見たかよマイケル。今のはなぁ、この学園でもトップクラスのモデル級美女として名高い如月姉妹(姉)だぞ。えぇ、どうしてくれるんだ」
見たも何も、慈悲深き谷間をじっくりと堪能させてもらったぞい。ついでに何をどうしてほしいのか理路整然と話すがよろし。
「まさかこんな所でお知り合いになれるなんて夢にも思わなかったぜ。いよいよ俺にも運が向いて来たってことだな、ひょっとしたら今日は運命の出会いの日ってヤツなのかもしれないなぁ。○△×~」
やれやれ、先ほどまで人生最大の厄日と罵った意識は一体どこへ飛んで行ってしまったのであろうか。
ほどなくして、約束していたとおりFakeメールで課題プログラムが送られてきた。名も無き主はさっそくパソコンへと取り込み編集を開始する。どうやら留年の危機は回避できそうだ、よかったのう主よ。
「オラッ、マイケル。僕は今取り込み中なんだ、大急ぎでプログラムを完成させなきゃならないんだからな。お前にかまっている暇はないんだ、アッチに行って女の子達と戯れてろ」
へいへい、お望みどおり、主の課題プログラムが完成するまでしばらく散歩でもして時間を潰すことにいたそう。おや、向こうにアニメ声の可愛い子が――。



吾輩は高原峰学園で講義を受けている。かなり際どいところで時間ギリギリではあったが、名も無き主は無事課題プログラムを完成させて提出することができた。今は主と一緒に在善教授のプログラム解説を拝聴しているところだ。
『で、あるからして。諸君らにとっては少々難易度の高い課題を与えてみることにした次第なのであ~る』
大きな擂鉢状の大講堂に、在善教授の声がスピーカーを通して響きわたる。ざっと見積もっても二百人は下らないであろう、かなりの大所帯である。しかしながら、これは別に在善教授の講義が特別に人気があるわけではなく、あとで分かったことなのであるが、この講義はどうやら必須科目になっておるらしい。つまり学部を問わずに全員が履修しなければならないようだ。
おかげさまでオタクっぽい理系学生だけでなく、オサレな女学生もたくさん受講している。いやぁ、ありがたいことよのう。
それにしても、この在善教授が講義をおこなうときのしゃべり方と言うのが浪花節の入った奇妙な話し方で、お昼を済ませて血糖値が上がった学生さんにはちと辛いかもしれない。お経のように聞こえて来てついつい眠たくなってしまう。
吾輩は先ほどと同じように、リュックに詰め込まれ頭だけを出した状態で名も無き主のとなりの席に捨て置かれておるのだが、講義机の幕板があるおかげで、このままジッとしておれば周囲の学生に見つかる心配はほとんど無いであろう。そして吾輩は、周囲に障害物があろうとも意識を集中させることにより大講堂を自由自在に見渡すことができる。
在善教授の背後に設けられた巨大スクリーンと各講義机に備え付けられているモニター画面には、在善教授お手製の模範プログラムと、それによって紡ぎ出される小宇宙が色めき立って映し出されている――美しい。吾輩はプログラミングも一種の芸術であることをここに認めるものである。
いつまでもこうして眺めておりたいと感じるものであるが、名も無き主の方はどうしておるかと言うと、講義が始まるなりまたもやスマホをいじり続けておられる。
はて、もはや課題プログラムも片が付いて用は済んだはずであろうが、一体全体なにをしておるのだろうか。今度は主のスマホに意識を集中させてちょっと覗いてみることにしようか。
ふーむ、どうやら先ほど知り合いになった如月と言う女学生のFakeBookを観覧しているようだ。
「へへっ。ツンデレ系の妹も捨てがたいけど、やっぱ癒し系の姉だよなぁ……」
などと意味不明な供述をしながら彼女のページに片っ端から“ええな”牡丹を押しまくっている。
やれやれ、フォロワーになってもらった程度であるのにすっかり熱を上げてしまわれたようであるな。
『こうして日蓮商人は、辻説法をおこなう傍らで、幸運を呼ぶ壷や情報教材などを巧みに売り捌くことに成功し、信者の数を爆発的に増加させてゆくことになったのであ~る。そして八百年前の中世日本において、元祖マルチ商法とも言うべき金字塔を打ち立てる偉業を成しとげたのであ~る。それでは、この日蓮大笑人の狂言廻しがどのような経路をたどり発散していったのであろうか? この疑問を解決するべく、趣味レーションプログラムを用いて再現してみようと言うのが本講義の趣旨なのであ~る』     ニヤリ
吾輩もしばらくは在善教授の講義に耳を傾けていたのであるが、これだけ広い講堂で、これだけ沢山の学生が集まっているとなれば、いろいろと探索してみたい衝動がむくむくと頭をもたげて来た。
では再び自己解放運動を始めることにいたそうか。
「開放! 開放! ステージを上げるぞ♪
リュックを揺らしながら雄叫びを上げて見る。
「うるさいぞーマイケル。講義が終わるまで静かにしていろ」
今度はなかなか取り合ってくれそうにないな。この大講堂は防音加工が施されている上に、ライバルの在善教授は文明の利器を用いて声を増幅させているのだ。したがって、ただの叫び声では事象の継起を呼び起こすことは出来ない。魂のシャウトと呼べる次元まで昇華させてやる必要がありそうだ。
吾輩は、肺胞にありったけの空気を送り込み、再び雄叫びを上げる。
○△×~♪

じゃなかった。

出毛するぞ♪ 出毛するぞ♪

「オラッ、マイケェル。静かにしてろと言っただろ。見つかったら大変なことになるんだぞ」
そうつぶやくと、吾輩の方へ片手を伸ばして頭を二、三度撫で付けるとそれぎり。再びスマホをいじり始めてしまった。
これはもう重症のようであるw。
さて、どうしたものかのうと次の作戦を考えていると、今度は名も無き主の反対の方から白くてか細い腕が伸びてきた。そして白魚のような細い指先がリュックのジッパーに触れると、名も無き主に気付かれないようにそっと開口部が広げられてゆく……。
今度は吾輩にも救いの女神が現れたようである。視線を移すと、そこにはショートボブにクリクリしたお目目の可愛い女学生の姿があった。
なかなか気の利いたお嬢ちゃんであるのう、自分の思い通りにならないとすぐにヒステーリを起こして暴れ出すどっかのババァとは大違いである。
吾輩はリュックの入口が十分に広げられ、名も無き主に気付かれないようそっと脱出できるようになるまで、慌てずにジッとしたまま待ち続ける。
よし、もうよかろう。吾輩は主に気付かれないようヒラリと身を返してそろりとリュックから抜け出し終えると、救いの女神が待つ方へと歩み寄る。
「やぁやぁ。かたじけないのうお嬢さんや」
肉球で太腿の辺りをかろくプッシュして謝意を表現してみせる。すると機嫌を良くしてくれたのであろうか、何やら机の上をあさり始めたかと思いきや、細長い棒状の物体を取り出し吾輩の口元へと押し当てて来た。
うむむ、これは吾輩も良く知っているチョコレート菓子の一種、ポッキーであるな。なんと、この女人は猫にポッキーを食べさせようとしている!
「ふん、吾輩がポッキーごときで怯むと思うておるのか。よろしい、食べてやろうではないか」
猫がお菓子を食べられるとは露ほどにも思っていないのであろう。ここは一つ、ワイルドに齧り取って猫又族の威厳を示してやりたいところであるのだが、名も無き主に見つかってしまっては元も子もない。したがって先っぽの方を静かにくわえ込んだあと、音を立てないよう控えめにポキリと折ってから、まずは外側のチョコレートコーティングをやっつける。中の本体はまだだ、唾液を染み込ませて十分に柔らかくなってから頂く。
吾輩がこのようにして、名も無き主に見つからないよう複雑な手順を取りつつ慎重に事を進めているのをよそに、女学生の方は折れ残った片割れを無造作に口へ放り込むと、見せ付けるように“バリバリ”と音を立てながらあっと言う間にたいらげてしまった。――ちょっとデリカシーに欠けるようである。
さらに、挑発的な笑みを浮かべると、今度は席の隣に置いてあった手提げ袋をまさぐり始める。
ふむ、新手のお菓子でも出て来るのであろうか。それにしても、女学生の荷物入れと言うものは実に愉快であるのう。まるでおもちゃ箱のようである。
しっとりと湿って軟らかくなったポッキーを食べ終え、一息ついたところで、また、新手のお菓子が吾輩の口元へと運ばれてきた。
一つまみ大の小さな物体が鼻先へと押し付けられる。この至高の感触は――苺マシュマロであるな!
一見たやすそうに思えるが、意外とこれは難物であるぞ。と言うのも、このふんわりやわらかな物体は吾輩の歯では噛み切るのが難しいのである。
さて、どうやって始末してやろうかのう。いくつかの方法を心象化して検証を行ってみる。まず、普通に噛み砕きながら食べる方法であるが、これは悪手と言わざるを得ない。吾輩の歯は、人間のそれと違って物をすり潰すのにはあまり向いておらぬ。したがっていくら噛み込んでも、この弾力性に富んだ物体はその努力を嘲笑うように跳ね返してしまうであろう。さらに、運悪く牙の方に刺さってしまったらさぁ大変だ。上顎に張り付いたまま無様な姿をさらして踊り回ることになる。とある文献によると正月早々家族の笑い者になってしまったと言う話もあるくらいなので、この選択肢はとりあえず消去である。
次の方法としては、先ほどのポッキーのように、唾液を染み込ませて状態変化を起こさせる方法であるが、これもあまり上手い方法ではなさそうだ。と言うのも、このマシュマロと言うお菓子は、スポンジのように水分を吸収するだけで、綿菓子のようにすぐさま溶けて無くなったりはしないのであまり意味が無さそうである。モタモタしているうちに名も無き主に見つかってしまう可能性もあるので大変微妙だ。
となれば、残る選択肢は限られてくる。噛まずに一気に飲み込む江戸っ子食いだ。
しかし、この方法にも一つ問題がある。上手く飲み込めたら何も問題は無いのであるが、万が一途中で喉に支えてしまったが最後。たちまち毛玉を吐き出すときに繰り出す喘息のような発作を引き起こし、苦しみながらのた打ち回ったあげく名も無き主に見つかってしまうであろう。見つかるだけならまだ良い方で、本当に嘔吐してしまったらそこいらじゅうで騒ぎになり在善教授にまで気付かれてしまうだろう。万事休すだ。
さて、どうしたものか。あと一歩のところで決めかねて逡巡していると、しびれを切らしてしまったのであろうか。女学生が小悪魔のような笑みを浮かべ、指先で苺マシュマロを鼻先から口先へとコロコロ転がし、いじらしくこねくり回しながら挑発してくるではないか。
「はんっ、よかろう。やってやろうではないかぁ。はむっ!」
吾輩は苺マシュマロをくわえ込むと同時に、一気に喉の奥のほうへと吸い込む。さて、ここからが勝負である。喉の筋力のみを使って胃袋の中へと押し込まねばならない、途中で支えてしまったらそこで終了だ。
吾輩が涙目になりながら決死の覚悟で苺マシュマロを飲み込んでいると、女学生はクリクリした瞳を大きく見開きながら驚いた様子で見守っている。あともう少しだ、見ておるが良いぞ。
やっとの思いで何とか苺マシュマロを飲み下し、一息ついてから女学生の方を振り仰ぐと、大いに感心してくれたようで、頭を丁寧に撫で回してくれた。
「どうだ、恐れ入ったかな。吾輩が本気を出せばこのザマでござる」
名も無き主にも見せてやれなかったのが心残りであったが、振り返って見ると案の定、スマホと睨めっこを続けておられる。やれやれ、そろそろ講義に参加してはどうであるかのう、そろそろ期末試験に出る赤丸チェックポイントだぞい。
『ここで、バカルトニアンを時間に依存しない系として与えれば、狂信者の数が指数関数的に増加することになり、抵抗勢力は誤差の範囲に埋もれ消滅することになる。したがって鶴の一声における現実的な解として対応していると解釈して良いだろう。犬作が「地球は平らや!」と言えば、信者も必ず「地球は平らや!」と答えるのであ~る』
ふむ、在善教授も調子が出てきたようであるな。吾輩も主に見つかる前にちょいと移動することにいたそう。
女学生の膝の上を跨いで通り抜けてから階段状の通路へと躍り出る。
階段を下った先には、在善教授が講義用のノートに視線を落としながら講義を続けている。よし、移動するなら今のうちであるな。
吾輩は在善教授へ照準を合わせたまま、そろりそろりと通路を下り始める。前列へ近づけば近づくほど受講生の数は少なくなり、在善教授にも発見されやすくなるので危険である。しかし、吾輩にはさきほどからちょっと気になっている人物が居る。
前から二列目の所で一人ポツねんと講義を受けている女学生の姿が、――彼女は一体何者だ。
何かあればすぐさま隣の講義机の列へ飛び込めるよう、端の方へと寄りながらゆっくりと進んで行く。ゴールはまだ大分先である。
在善教授はノートに視線を移したまま講義へ没頭しているようだ。この様子なら楽勝であるな、ちょいと歩を早めてスピードアップしようとした矢先であった。
在善教授がフイと顔を上げてコチラを鋭い眼光の宿る目で睨み付けて来たではないか。
索敵レーダーでも持っているのであろうか、こいつはちょっとマズイことになったぞミッシェル[要出典]