猫の気持ち 其の四

吾輩は御飯を食べている。丁度遅めの朝ごはんにありついたところだ。
 
 新しい世界で、ほど良い歯ごたえのある猫専用ドライフードを食べている。味付けも猫用なので胸焼けをせずに済みそうだ。
 餌の方は予想外に上物みたいで、新鮮な牛肉の風味が食欲をそそり立ててくる。猫となってしまった今では主人に話しかけてみたところで会話を成立させるのは難しいと思われるので、カリカリ音を立てて喜びの気持ちを表現してみたのであるが、名も無き主人は気にする様子もなく、ずっとパソコンと睨めっこをしておる。
 先ほどまで慌しく作業をしておったがどうやら一段落したらしい。それなら吾輩の蠱惑的な姿態を愛でるくらいの心遣いはあってもよいものであるが、エレキ仕掛けの電脳空間が気になって仕方がないようである。
 オタクと言う生物は皆このようにカーテンを閉め切った薄暗い部屋でモジモジしているのが好きなのであろうか。実に不健康であるな、よろしい。吾輩が食後の運動がてらちょっと遊んであげることに致そう。
 一息に残りのカリカリを始末してから、名も無き主に気付かれぬようそっと忍び寄る。
 フフフ、カリカリの音が途絶えたことにも気付かぬ我が主はじっとモニター画面を見つめたままである。よほど作業に集中しているようであるな。
 さてさて、何をしておるのかな。先ほど吾輩が探索したのとは別の方のモニターを盗み見てみると、どうやらプログラム言語をいじっているようである。
 吾輩は再びヒョイと音を立てぬよう静かに机へと飛び上がる。
 名も無き主は、吾輩が近づいて来たことにまだ気が付いておらぬようで、液晶モニターの一点を食い入るように見つめたままである。
 やはり思った通りであるな。オタクと言う種族は何か物事に集中し始めると周りが見えなくなるようで、もはや吾輩が視界の隅に入っておるであろうに一向気付く気配がない。よし、これならイケるぞ。
 吾輩は堂々と視界の隅から一緒にモニターを眺め、プログラムの内容を確認してゆく。
 フムフム、内容としてはHello worldに毛が生えたようなモノであるが、しかしまぁ継ぎ接ぎコピペだらけの醜いスパゲッティコードでエレガントさの欠片もにゃい。しかも、初歩的なミスまで犯しているようで、『メイン関数が見つからない!』と怒られておる。
 よろしい。これも何かの縁だ、吾輩が一つ手解きをしてやることにしよう。聡明な諸君なら言わずとも分かってもらえると思うが、この手のガラクタコードは下手にイジり回すより一旦全部ぶち壊してゼロから作り直した方が結果的に早いのだ。
 えーと、確かF4キーであったな。
 吾輩は気付かれぬよう、前足をそっととある釦の上へと持って行き、肉球が軽く触れた状態でスタンバイする。
 あとは重力の導きに従いかろく圧力を加えるだけで、名も無き主人のコピペの結晶を無に帰すことができるのだ。
 いや、解っておる。モジャケバブ神の大きなエラにかけて誓おう、この主人には何の罪も無い。しかし、吾輩の前足は無慈悲にも何かに導かれるよう圧力を強めてゆく。
「おそらくはこれこそが、天の采配と言うものなのであろうな。アーメン」


Oh! マイガッ」
 全神経を集中させているスクリーンが光の速さで消滅すると、ただでさえ壁の薄い安アパートに近所迷惑な蛮声が鳴り響く。
「なーにがマイガッだ。吾輩は猫である」      エヘン
 吾輩の存在に気付くや否や親の敵みたいな形相で吾輩の両脇を掴み、再び宙へと吊り上げられてしまった。
「ちょ。おま・・・・・・」
 ふむ、どうやら思考回路が混線しておるようじゃな。言語機能に障害が出ておるようだ。
「おい。マイケル。今日の講義が始まるまでに提出しないと単位落として留年決定なんだぞ。どうして・・・・・・くれるんだ」
「下僕の個人的な問題など知ったことではない。茶番は終わりだ、食後の運動にでも出掛けようぞ」
「なんて凶暴なヤツだ。恩を仇で返すトランプ猫め」
「そうカリカリするでない。慌てる乞食は貰いが少ないと言うじゃろう。急がば回れと言うことわざを知らんのか、未熟者め♪」
「くぬぅ。このふてぶてしい態度、いっそのこと北朝鮮にでも捨てて来ようか」
「ほぅ、お前のような毛の少ない猿が北朝鮮と忍耐力で勝負しようと言うのか。面白い、やってみよ」
「この。くそ・・・・・・。猫鍋」
「また思考が混乱しておるようじゃな。学生用の宿題なぞ友達から丸コピして関数名だけ適当に変えればバレはせんじゃろう。武士の情けだ、吾輩が適当な人物を手配してやるからそう心配するでない」
「くっ、今から作り直してももう間に合わなか。とりあえず早めに大学に行って誰か見つけないと」
「そうそう、それで良い。ササッと仕度するがよろしい」
 吾輩は天高く主の様子を見下ろしながら観察を続ける。まだ混乱の余波が残っておるようで、こんどは黙り込んだまま両目を右へ左へとキョロキョロさせておる。
 意思表示と行動が一致するまでもうしばらく時間がかかりそうであるな。
 しばらく無言で観察を続けていると、今度はヒョロヒョロと痩せ細ったような呼び鈴が玄関の方で鳴り出した。
「チワッス、Konozama商店です」
 玄関の方からかろうじて聞き取れるくらいの声が聞こえるや否や、名も無き主は吾輩をキーボードの上へとほっぽり出して玄関へと一目散に走り出す。
 今しがたまで呆け顔を晒しておったと思ったら、今度は尻に火が付いたように走り出す。せわしない主であることよのう。
 しばらく待っておると、ドタドタ慌しい足音を立てながら戻って来た。脇には何やら小さめのダンボールを抱えておる。先ほどまでの困惑した表情とは打って変わって今度は満面の笑みが現れており、待ち焦がれた女神に出会った信徒のようだ。
 よっぽど待ち遠しかったのであろう、席に戻るとすぐさまダンボールの包みを分解し始める。中から出てきたのはパソコン用のゲームソフトのやうだ、ゲームのタイトルは『希望の塔』と書いてある。パッケージの絵柄からしてオタクの大好きな二次元アイドルものであろうな。
「よっしゃ、さっそく始めるぜ」
 もはやゲームのことしか頭に無いようだ。ビリビリとラッピングを剥いで中から円盤を取り出し始めた。
 おいおい主よ、何か忘れておりはせんかな。
 吾輩が前足で主の腕を小突いてやると、吾輩の存在に気付くと同時に、またまた表情が手の平を返したように変り始める。面白い主じゃのう、まさに青天の霹靂といった感じだ。
「クソッ、お前が余計なことをしなければ一章くらいは消化できたのに」
「覆水盆に返らずじゃ、早くお出掛けの準備をしようぞ」
 主はしぶしぶ円盤を箱に仕舞ってから身支度を開始する。

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