猫の気持ち 其の一

 ――ネコはこゝろを見る。

 ネコのこころは変幻自在である。
 ガス星雲のようにユラユラと絶ゆ間なく変化し続けて行く。
 そして猫の気まぐれで一点にあつまって丸っこくなり、縮退を始める。
 しばらくジッとしてると、外側に薄っぺらい瘡蓋のような殻ができた。
 人猿はコレを見て『人格』と呼び、「奴は腹黒い」などと言って騒ぎ立てるが、こゝろと言うモノはそう単純なものではなひ。
 黒き殻の内には変らずにマグマの如き熱い情熱がドロドロと蠢いているのである。
 しかしながら人猿は愚かなもので、せっかく丸く治まっているところをなぜか四角な枠の中へ押し込もうとする。これはいけない、大変窮屈だ。無理矢理にでも押し込もうとするので、殻に罅割れが出来て中のマグマが噴出してしまう。
 すると人猿は、「てーへんだ、てぇーへんだ」と慌てふためきながら臭い者には蓋をしろと、被せ物をして重箱の隅に追い遣ろうとする。これはもっといけない、大変機嫌が悪くなる。やがて行き場を失った熱き血潮たちが芸術的な大爆発を引き起こし、枠もろとも爆散して宇宙の塵へと還ってしまうだろう。
 吾輩の視界に眩いばかりの白い閃光が現れ、視覚細胞を刺激してきた。
 

 ゆっくりと瞼を開く。
 長いトンネルから出たときのように、キュッと瞳孔が窄まって、白くボンヤリとした視界がしだいにクッキリと鮮明になっていく。
 長い棒状の照明が二本、鳥の子色の天井に埋め込まれて輝いている。
 吾輩はしばらくぼーっとしてそれを眺めていた。というのも、目が覚めると同時に吾輩の思考回路の中では複数の意識が湧き出て来て一体全体どれからタスク処理を実行すれば良いのか判断出来ずにいる。したがってなすすべも無くただジッとしているのみなのだ。
 とりあえず、気持ちを落ち着けるために顔でも洗ってこようか。
 そう思い立って、眼を擦ろうと手を上げて見ると、毛むくじゃらの細い棒のようなものが視界に入ってきた。
「ああ、そうであった。吾輩は猫になったのである」
 そう呟くと同時に、吾輩の心の中から爆発的な衝動が沸き起こってくる。
 吾輩は悪夢から目が醒めた信徒のように上体を一機に呼び起こすと、すぐさま辺りをグルりと見回す。
「はて、ココは何処であろう」
 目が覚めた瞬間からの違和感。吾輩は自宅のベッドではなく、見慣れないソファーの上で大の字になって寝ていたようだ。
 床には自称インドで修行したと言う高僧が愛用していそうな安っぽい柄の絨毯が敷いてある。壁際には七〇インチくらいであろうか、平型テレビが無造作に置いてある。
 これくらいの大きさなら壁掛けにした方が良いのであろうが、おそらく賃貸しなのであろう。
 部屋は全体的に薄暗い、ベランダへと通じる大きな窓があるものの遮光カーテンを閉め切っているせいで、日はとっくに昇っているようすであるのに部屋の中は照明が必要なほど暗いのである。
「ヤレヤレ、また朝から探偵ゴッコでござるか」
 吾輩は再び瞼を閉じ、瞑想に耽りながら思考を張りめぐらせる。
 昨晩の出来事を一つずつ咀嚼しながら足取りを追っていく、確か、公園で水を飲もうとして噴水に堕ちてから――そこでイメージが途切れ、暗転してしまっている。さて、ココから現在までの事象をどうやって紡ぎだすかである。
 しばしのあいだ、無の境地に沈みながら考え続けるよりほかにない。
「ははーん、解ったぞ」
 言葉を発すると同時に、特異点の解が見えてきた。
 これはきっと、昨今はやりの異世界転生に相違ない。噴水に落ちた衝撃で平行世界へとスリップしてしまったのだろう、まさかあのような場所に時空断層が存在していたとはうっかり八兵衛である。ハゲの呪いかしらん。
 異世界転生と来れば、残りはハーレムとチート能力だ。
 チート能力は既に持っているので、残りはハーレムであるな。
 吾輩はソファーから飛び降りてリビングの中を周遊しはじめる。まだ見ぬ愛しの御主人様を探し出そうではないか、きっとメガネを掛けた巨乳美女に相違ない、探偵ゴッコ続行である。

 

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