猫の気持ち 其の十一

 ――地下室で 骸骨たちが 泣いている

 深い藍色の空に稜線の影を残したまま、街は再び深い眠りに落ちようとしている。
「もう大丈夫かしらん」
「ヤレヤレ、毎度のことながら騒がしい連中だね」
 ジャンボー軍団は過ぎ去った。と言うより何かの合図でも受けたやうにピタリと拍子木や叫び声が止んでしまったのだ。猫耳であれば、まだ聞き取ることが出来る距離に居るはずなのであるが、何やら気味の悪い連中である。
「サルト教会への嫌がらせでやんすよ、アレは」
「ローザの人気に嫉妬してるんだろうね。ハッハッハッハ」
「サルト教会の看板美猫でやんすからね」
「あら、おだてても何も出ませんこよとよ。ホォ~ホッホッホ」
「看板美猫でござるか」
「君、YourPipeって聞いたことないかい?」
「あぁ、あの動画投稿サイトでござるか」
 そのネットサイトなら吾輩も良く知っている。どのようなサイトか簡単に説明すると、自分で作成した動画ファイルや写真をデータサーバーへアップロードし、インターネット空間で自由に観覧出来るようにするサイトである。
 そこでは自分の家やペット、家族などを晒し者にして客を集め、広告収入という形で銭をかせぐシステムになっているのだ。
「ローザは日に百万アクセスを稼ぐアイドル美猫ってヤツさ」
「あんなんただの見世物小屋やんけ」
「会ったこともない猿を知り合いにして利用することが出来る詐欺ツールでやんす」
「そいつはネズミ講にもってこいでござるな」
「あら失礼ですわね。あたいが動画に出るようになってから信者の数が半年で四倍まで増えましたことよ」
「脅威の新人デビューでやんす」
「なるほど、人気があるぶん敵対勢力も多いわけでござるか」
「ジャンボー軍団は姑息だからね。諸君らも存分に気を付けてくれたまえ」
 ふむ、どうやらこのジャンボー軍団とネコネコ団には少なからぬ因縁が存在するようであるな、近々その詳細を調べてみる必要がありそうだ。
「さてと、静かになったところでじっくりと腰を据えて会議を再開しようかね」
「やっと本題に入れるでござるか」
「うむ、実を言うとね。最近下界の様子がどうも騒がしいようでね」
「騒がしい?」
 みな異口同音にポルポト君の顔を見ながら困惑の表情を浮かべている。
「なんでも近いうちに第二の太陽が出現するとか言って人猿社会がパニックになっているらしい」
地底人のお祭りもあるらしいで」
 言い終わると同時に独仙君以外のメンバーへと目配せしながら承認を求め始める。その信撃に満ちた双眸は、お前なら信じてくれるよなと訴えているように思えた。
「恥帝人? そいつはまた怪しい勢力が出て来たでござるな」
「ハッハッハッハ、相変わらずそっち系のオカルトが好きだね君は。良い子のみんなが読んだら洗脳されてしまうじゃないかね、法螺を吹くのもほどほどにしておきたまえ」
「嘘やあらへん、ホンマにおるんやで」
 なおも食い下がるようである。
「YourPipeにも動画がいっぱい上がっているみたいでやんすよ」
「やれやれ。小生は失望の念を禁じえないね、渡る世間は迷亭君ばかりになってしまったようだ」
「そりゃ発狂したくなるのが人情ってもんでしょう。ホホホホ」
「発狂したらどうなるんでやんす?」
 アランは激昂のインスピレーションに興味深々のようである。
「妄想ポエムを書き散らしながら大気焔を吐くでござるよ」
「そいつは一大事でやんす」
「宇宙ジェットより凶悪やで」
「そりゃそうさ、普段はニヤニヤしながら『ニホンゴあいまいワ~かりにくいデ~ス』とか言ってる連中がだよ、突然、雷に打たれて気が狂ったやうにカミカゼ! サムライ! ヤマト騙しぃ! って雄叫びを上げながら掏摸寄って来るんだぜ? 気持ち悪いだろう」
「魂みたいにフラフラしていますのね」
「節操のない乞食でござるな」
「そこで諸君、我に提案あり!」
 皆が注目するなか、ポルポト君がヒョイと再び仁王立ちになった。
「おい独仙君、大麻でもキメてラリった猿のような顔をしてないでそろそろ起きたまえ、ポルポト君の名演説を謹聴しようではないか」
 吾輩が呼びかけると、ジエル状のヨダレを銀のお盆に垂らしながら眠りこけていた顔がぬぅっと起きあがる。しかしながら、横一文字に線を引いたような瞳は相変わらず開いているのか閉じているのか判然としない様子だ。
 全員の注目が集まったところで一気呵成、右の前足を天に向かって突き上げながら声高らかに宣言を開始する。
「ココに集いし猫又族諸君に告げる。我々は有史以来、この惑星で活動を繰り広げる知的種族を観測し続けてきたわけであるが、今だ我利欲の輪廻から解脱できぬ低級種族の身でありながら我々を害獣呼ばわりし、迫害を続ける野蛮猿の愚行を看過せぬ存在である。よって、今夜あたらしい同胞を迎えた機にネオ・ネコネコ団を結成し、愛と平和とエロースとカリカリをこよなく愛するネコネコ王国の復権を推し進めて行くことをココに宣言するものであーる」
「旭日昇天の勢いですわね、ホホホホ」
 ついにネコネコ王国復権の烽火が上がったようだ。とても酒が回った猫の演説とは思えぬが、あるいは酒が回っているからこのような妄言を吐いたのであろうか。
「長く険しい道程でやんす」
 ほとんど達成済みのような気がするのは気のせいかしらん。
「と言うわけで、一口どうだい満毒斎君。共にネコネコ王国の復権を成就させようではないか」
「はぁ、べつに手伝うのはかまわぬでござるが、アレせよコレせよと指図を受けるのは御免こうむりたいね。吾輩は吾輩のままでござるよ」
「もちろんさ、我ら自由気ままな猫又族だからね」
「決まりですわね」
「いよいよ野蛮猿を粛清する時が来たでやんす」
「さぁ諸君、今日は前祝いだ。思う存分食って飲んで踊ってくれたまえ!」
 誰が合図したわけでもないのであるが、全員二本足で立ち上がると、お盆を中心にして猫じゃ猫じゃを踊りながら円を描くように回り始める。
 お月様が見守り続ける限り、猫達は踊りを舞い続けるであろう。
 こうして吾輩は、ネオ・ネコネコ団の一員として活動を始めるに至ったのである。
 
     *
 
 宴の夜は終わりを告げた。
 夜はさらに深まり、辺りは空襲に怯える街のように静まり返っている。
 吾輩はとりあえず自宅へと帰ることにした。
 当面の間は自宅を活動拠点にするとして、来週の定例会までには何とかして下僕を見つけ出したいところである。
 だいぶ酔いが醒めてきたとはいえまだ足取りがおぼつかないにゃあ。綿毛のように軽い猫の身体はよりいっそう軽く感じられ、地に足の着いていない前進は、ぐるリぐるリ、天と地がひっくり返ったような視界の中をフワフワと魂のように彷徨っているようにさえ感じられる。
 猫だけに気の向くまま、普段は通らない経路を使って帰路を辿っているのであるが、まだ目的地の半分も進んでいない、何処かでちょっと休憩でもした方がよかろうと考えていた丁度そのとき。突き当たりに公園らしきものの入口が見えてきた。
「おあつらえ向きでござるな」
 自分が住んでいる街でさえ、このように知らない場所が満ち溢れている。
 今日は多くのことを発見できた一日であったが、これから猫の生活を続けていけばさらに多くの真理を見出すことになるであろう。
 そう考えると、濃い霧に覆われた森のなかで迷子になった子猫の如くモンモンと不安に揺れていたはずのこころに変化があらわれ始める。目の前に迫った問題だけに振り回されてジタバタせずとも良くなる。なに、急いで帰る必要などないのだ、ちょいとベンチの上でくつろぎながら肉球を休めることにしよう。
 コンクリブロックの簡素な門を通り抜けて公園の敷地へと侵入してみると、思いのほか緑の多い公園のようだ。
 植木に囲まれた遊歩道がぐるりと外周に沿って続いている、猫の背丈では巨大な迷路のようにも思えた。空を見上げるとすでに明かりが消えて真黒な影となってしまった雑居ビルの頭と、所々に銀杏の木が重なって見える。
 紅葉にはまだちょっと早いので遊歩道は落ち葉も少なく小奇麗としており、人影も見当たらないので、しっとりと潤いを保っている歩道を悠然とした足取りでのっしのっしと進んで行く、しばらくすると道が開けて少し広い場所へと躍り出た。
 3・4人くらいが腰掛けられるベンチと一人分用の公衆トイレが備え付けてある。
「ふむ、ここらで小休止するか」
 ベンチの方へ向かおうとしたとき、ふと気づいた。またしても何かが囁くような微かな音が聞こえてくる。吾輩はそのまま脳内の探偵回路を起動し思考を開始する。しばらくしてから一つのイメージが湧き上って来た。
 (噴水だ!)
 予定を急遽変更し、植木の下をくぐりながら真っ直ぐ音のする方へと進むことにする。
 イヌツゲの垣根を腹這いになりながら何とか抜けると、銀杏とベンチが無秩序に並び立つ雑然とした大広場へと出た。三〇メートルほど先にある公園の中心部には大きな二段構えの噴水が鎮座している。
 酔い覚ましには丁度良い、顔でも洗ってスッキリして行こうかしらん。
 小走りに駆け出した吾輩はそのままヒョイと一段目の縁に飛び乗ってみると、真円型に作られたその中心部には大きなラッパ状の噴水口があり、命の水が滔滔と流れ出ていた。
 縁から三〇センチほど下がった所に、かよわい外灯の光を反射しながら水面がキラキラと輝いて見える。
 ――ちょっと遠いかな。
 とりあえず、ウンとクビを伸ばし頭を下げていく。するとどうだ、何者かが吾輩を噴水の池へ呼び込もうとするではないか。巨人引力だ!
 巨人引力の呼び声に負けじと縁に踏ん張りながらさらに頭を下げていく、あと10センチ。
 吾輩が頭を下げれば下げるほど、巨人引力の呼び声も大きくなっていく。そこで吾輩は尻尾をプロペラのやうにグルグルと振り回し、ジャイロ効果で抵抗を試みる、あと5センチ。
 しがしながら巨人引力は強大だ。猫の身などで抗えるはずもない。
「あっ……」
 ――ボッチャン♪

     第一部 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です