猫の気持ち 其の十

月下香 壁破運河在


「パンパカニャ~ン、それではみなさんご静粛に。これよりネコネコ団定例会を始めますぞ」
 勇ましい雄叫びとともに開始の号令がかけられる。
 しかしながらちょっと様子がおかしい。ポルポト君勢い余ってか前足を腰に当てて仁王立ちになってしまっているぞ。
「さすがに仁王立ちはちと目立ち過ぎじゃないかにゃ」
「ホホホホ、せめて猫らしくおやりなさいな」
「なに、ちょっとの間だけだから大丈夫さ。誰も見てやしないよ、猫が二本足で立っちゃいけない法など無いだろう? 合法さ合法♪
 みかん箱でもあれば足場代わりになるのであろうが、あいにくとこの広場にはそれらしき物は見当たらない。隅っこにちょっとばかり廃材らしきものがあるだけなのでこのスタイルが定着したものと推察できる。
「さて、皆さんご承知のとおり今日は新しい団員を迎えるべく客人を招待したよ。満毒斎君だ」
「やあ、初めまして。なにぶん今日出家したばがりで猫の勝手は良く分からぬでござるが、なにとぞ一つよろしく頼みますでござるよ」
「おや、と言うことは野良でゲスか」
 気の向くまま猫又化してしまったので野良と言えば野良である。自宅があると言えども基本的に人間用の生活空間なので、普段の生活を営むには少々難儀なことになりそうだ。
「野良はキツいぜ満毒斎君。早いところ下僕を見つけた方がいいよ」
「美味しいものが食べたいならレストランがお勧めですぜ」
「うむ、その件に関しては心当たりがないワケではないでござるよ」
「ほう、一応下調べはしてあるみたいだね。何処へ向かうつもりかな?」
「夏葉原と言う場所に生息している『オタク』と呼ばれる種族が猫好きで有名らしいね、よく猫の格好をして遊んでいる姿が目撃されているみたいだよ」
「なるほどねぇ、オタク族か。悪くは無いね、目の付け所は良いと思うよ」
「あきまへんなぁ」
 突如として吾輩の背後から囁き声が聞こえてきた。あわてて振り返ってみるとアメリカンショートヘアの猫が一匹、背後霊のやうに鼻息が掛かりそうな距離でピッタリと寄り添っている。まるで探偵のようだ。
「ええと、君の名は」
「ニャドレック」
創価、きみがニャドレック君ね。いやぁ、ずいぶんと芸達者になったねぇ」
「なぁ~に、ちぃとばかし毛が短くなっただけでさぁ。それよりあんさん、あきまへんで、あんな所にオタクなんておりまへん。ネコ様人気に乗っかりたいだけの背乗りファッションオタクばかりでさぁ」
「そ、そうなのかい」
「異世界転生とか流行ものに群がって騒いでいるだけのイナゴでゲスよ、オタクとは関係ないでやんす」
 ふーむ、どうやらオタクに対する認識を改めないといけないようである。
「いやぁ、それにしてもビックらこいたね。一体全体いつからそこに居たんだい?」
「パンパカニャ~ンの辺りかしらん」
   「「「いやいや、フォアグラのところから居たじゃにゃいか」」」
「あらそう? あたいは気付かなかったわ、ホホホホ」
「奇想天外神出鬼没。他猫を驚かすのが趣味みたいな輩だからね、まぁ気にしないでくれたまえよ満毒斎君」
「そゆことで何卒一つたのんまっせ」
 何を頼むのかはさっぱり不明なのであるが、この手の輩は承知してやっても次から次へとキリが無いのでウンともニャーともならない返事で適当に受け流しておくに限る。
 さっさと次の話題に移らぬものかと天を眺めていると、事態が急変しだした。
 レストランと反対側の路地に人影が現れた。まだ大分距離があるので判然としないが、5・6人の集団のように思える。しかも何やら騒がしい様子で、ただの通行人では無さそうだ。
「あら、人猿がいらしったわ」
「シッ! みんな静かに。こっちへ集まって伏せてくれたまえ」
 ほろ酔い気分で浪花節を刻む調子だったポルポト君のトーンが一段下がって伝令が響き渡る。
 ただごとでは無い空気を感じ取ったメンバーは言われるがまま主の近くへと集まり、背を海老のように丸め、前足を折り畳んでお腹の下へと畳みこむと香箱座りの姿勢を取った。一般的にはこの姿勢こそが人猿から身を守るのに最も効果的な座り方と言われているのだ。
「――用心」
「……一本火事のもと~」
 御経のような定型句を繰り返し叫びながらコチラへ向かって練り歩いて来る。句の間には静まり還った闇夜を切り裂くような鋭い音が鳴り響く、――拍子木だ。
「火のようじーん」 カン!
「世界統一和平教会デース」 カン!カン!
「マッチいっっぽん~」 カン!
「統一和平の為に清き一票を~」 カカン!
 この拍子木の音というのは鋭敏な猫の聴覚にはかなり耳障りなもので、皆猫耳をペタリと折り畳んで防御しているのであるが、それでも頭の芯までグワングワンと鳴り響いて来る。除夜の鐘に頭ごと突っ込んでいるやうな気分だ。
「何なんだい? ありゃ」
「ジャンボーさ♪」
「ジャンボー?」
「普段は信仰なんぞしとらんクセに御利益だけは掠め取っていく野蛮猿さ」
「信仰が無いとジャンボーになるん?」
「自尊心“だけ”は発達して肥大化しているからね。気を付けたほうが良い、見つかったら猫鍋にされてしまうよ」
「神の名を語る不届き者でござるな」
猿の分際で生意気ですわね」
「ちゃちゃっと料理しちまうでヤンス」
 ジャンボー軍団は進む。
 ネコなど意に介さぬと言った具合に我々の居る広場の前を通り過ぎると、突き当たりの角を曲がってさらに練り歩いてゆく。束の間の休息を貪るために眠りに着いた人猿達へ向け、起きよ! 我の声を聞けと囃し立てる。
「火のようじーん」 カン!
「世界和平のために清き一票を!」 カン!カン!
「マッチいっっぽん~」 カン!
「世界和平統一教会デース」 カカン!
「火事のもと~」 カン!
 お月様が生暖かく見守る下で、拍子木と御経を打ち鳴らし、ゆっくりと進みながら深い闇の中へと消えて行った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です