猫の気持ち 其の一

――ネコはこゝろを見る。

ネコのこころは変幻自在である。
ガス星雲のようにユラユラと絶ゆ間なく変化し続けて行く。
そして猫の気まぐれで一点にあつまって丸っこくなり、縮退を始める。
しばらくジッとしてると、外側に薄っぺらい瘡蓋のような殻ができた。
ニンゲン様はコレを見て『人格』と呼び、「奴は腹黒い」などと言って騒ぎ立てるが、こゝろと言うモノはそう単純なものではなひ。
黒き殻の内には変らずにマグマの如き熱い情熱がドロドロと蠢いているのである。
しかしながらニンゲンとは愚かなもので、せっかく丸く治まっているところをなぜか四角な枠の中へ押し込もうとする。これはいけない、大変窮屈だ。無理矢理にでも押し込もうとするので、殻に罅割れが出来て中のマグマが噴出してしまう。
するとニンゲン様は、「てーへんだ、てぇーへんだ」と慌てふためきながら臭い者には蓋をしろと、被せ物をして重箱の隅に追い遣ろうとする。これはもっといけない、大変機嫌が悪くなる。やがて行き場を失った熱き血潮たちが芸術的な大爆発を引き起こし、枠もろとも爆散して宇宙の塵へと還ってしまうだろう。
吾輩の視界に眩いばかりの白い閃光が現れ、視覚細胞を刺激してきた。

猫の気持ち 其の十一

 ――地下室で 骸骨たちが 泣いている

 深い藍色の空に稜線の影を残したまま、街は再び深い眠りに落ちようとしている。
「もう大丈夫かしらん」
「ヤレヤレ、毎度のことながら騒がしい連中だね」
 ジャンボー軍団は過ぎ去った。と言うより何かの合図でも受けたやうにピタリと拍子木や叫び声が止んでしまったのだ。猫耳であれば、まだ聞き取ることが出来る距離に居るはずなのであるが、何やら気味の悪い連中である。
「サルト教会への嫌がらせでやんすよ、アレは」
「ローザの人気に嫉妬してるんだろうね。ハッハッハッハ」
「サルト教会の看板美猫でやんすからね」
「あら、おだてても何も出ませんこよとよ。ホォ~ホッホッホ」
「看板美猫でござるか」
「君、YourPipeって聞いたことないかい?」
「あぁ、あの動画投稿サイトでござるか」
 そのネットサイトなら吾輩も良く知っている。どのようなサイトか簡単に説明すると、自分で作成した動画ファイルや写真をデータサーバーへアップロードし、インターネット空間で自由に観覧出来るようにするサイトである。
 そこでは自分の家やペット、家族などを晒し者にして客を集め、広告収入という形で銭をかせぐシステムになっているのだ。
「ローザは日に百万アクセスを稼ぐアイドル美猫ってヤツさ」
「あんなんただの見世物小屋やんけ」
「会ったこともないニンゲンを知り合いにして利用することが出来る詐欺ツールでやんす」
「そいつはネズミ講にもってこいでござるな」
「あら失礼ですわね。あたいが動画に出るようになってから信者の数が半年で四倍まで増えましたことよ」
「脅威の新人デビューでやんす」
「なるほど、人気があるぶん敵対勢力も多いわけでござるか」
「ジャンボー軍団は姑息だからね。諸君らも存分に気を付けてくれたまえ」
 ふむ、どうやらこのジャンボー軍団とネコネコ団には少なからぬ因縁が存在するようであるな、近々その詳細を調べてみる必要がありそうだ。
「さてと、静かになったところでじっくりと腰を据えて会議を再開しようかね」
「やっと本題に入れるでござるか」
「うむ、実を言うとね。最近下界の様子がどうも騒がしいようでね」
「騒がしい?」
 みな異口同音にポルポト君の顔を見ながら困惑の表情を浮かべている。
「なんでも近いうちに第二の太陽が出現するとか言ってニンゲン社会がパニックになっているらしい」
地底人のお祭りもあるらしいで」
 言い終わると同時に独仙君以外のメンバーへと目配せしながら承認を求め始める。その信撃に満ちた双眸は、お前なら信じてくれるよなと訴えているように思えた。
「恥帝人? そいつはまた怪しい勢力が出て来たでござるな」
「ハッハッハッハ、相変わらずそっち系のオカルトが好きだね君は。良い子のみんなが読んだら洗脳されてしまうじゃないかね、法螺を吹くのもほどほどにしておきたまえ」
「嘘やあらへん、ホンマにおるんやで」
 なおも食い下がるようである。
「YourPipeにも動画がいっぱい上がっているみたいでやんすよ」
「やれやれ。小生は失望の念を禁じえないね、渡る世間は迷亭君ばかりになってしまったようだ」
「そりゃ発狂したくなるのが人情ってもんでしょう。ホホホホ」
「発狂したらどうなるんでやんす?」
 アランは激昂のインスピレーションに興味深々のようである。
「妄想ポエムを書き散らしながら大気焔を吐くでござるよ」
「そいつは一大事でやんす」
「宇宙ジェットより凶悪やで」
「そりゃそうさ、普段はニヤニヤしながら『ニホンゴあいまいワ~かりにくいデ~ス』とか言ってる連中がだよ、突然、雷に打たれて気が狂ったやうにカミカゼ! サムライ! ヤマト騙しぃ! って雄叫びを上げながら掏摸寄って来るんだぜ? 気持ち悪いだろう」
「魂みたいにフラフラしていますのね」
「節操のない乞食でござるな」
「そこで諸君、我に提案あり!」
 皆が注目するなか、ポルポト君がヒョイと再び仁王立ちになった。
「おい独仙君、大麻でもキメてラリった猿のような顔をしてないでそろそろ起きたまえ、ポルポト君の名演説を謹聴しようではないか」
 吾輩が呼びかけると、ジエル状のヨダレを銀のお盆に垂らしながら眠りこけていた顔がぬぅっと起きあがる。しかしながら、横一文字に線を引いたような瞳は相変わらず開いているのか閉じているのか判然としない様子だ。
 全員の注目が集まったところで一気呵成、右の前足を天に向かって突き上げながら声高らかに宣言を開始する。
「ココに集いし猫又族諸君に告げる。我々は有史以来、この惑星で活動を繰り広げる知的種族を観測し続けてきたわけであるが、今だ我利欲の輪廻から解脱できぬ低級種族の身でありながら我々を害獣呼ばわりし、迫害を続けるニンゲン共の愚行を看過せぬ存在である。よって、今夜あたらしい同胞を迎えた機にネオ・ネコネコ団を結成し、愛と平和とエロースとカリカリをこよなく愛するネコネコ王国の復権を推し進めて行くことをココに宣言するものであーる」
「旭日昇天の勢いですわね、ホホホホ」
 ついにネコネコ王国復権の烽火が上がったようだ。とても酒が回った猫の演説とは思えぬが、あるいは酒が回っているからこのような妄言を吐いたのであろうか。
「長く険しい道程でやんす」
 ほとんど達成済みのような気がするのは気のせいかしらん。
「と言うわけで、一口どうだい満毒斎君。共にネコネコ王国の復権を成就させようではないか」
「はぁ、べつに手伝うのはかまわぬでござるが、アレせよコレせよと指図を受けるのは御免こうむりたいね。吾輩は吾輩のままでござるよ」
「もちろんさ、我ら自由気ままな猫又族だからね」
「決まりですわね」
「いよいよニンゲン共を粛清する時が来たでやんす」
「さぁ諸君、今日は前祝いだ。思う存分食って飲んで踊ってくれたまえ!」
 誰が合図したわけでもないのであるが、全員二本足で立ち上がると、お盆を中心にして猫じゃ猫じゃを踊りながら円を描くように回り始める。
 お月様が見守り続ける限り、猫達は踊りを舞い続けるであろう。
 こうして吾輩は、ネオ・ネコネコ団の一員として活動を始めるに至ったのである。

猫の気持ち 其の十

月下香 壁破運河在


「パンパカニャ~ン、それではみなさんご静粛に。これよりネコネコ団定例会を始めますぞ」
 勇ましい雄叫びとともに開始の号令がかけられる。
 しかしながらちょっと様子がおかしい。ポルポト君勢い余ってか前足を腰に当てて仁王立ちになってしまっているぞ。
「さすがに仁王立ちはちと目立ち過ぎじゃないかにゃ」
「ホホホホ、せめて猫らしくおやりなさいな」
「なに、ちょっとの間だけだから大丈夫さ。誰も見てやしないよ、猫が二本足で立っちゃいけない法など無いだろう? 合法さ合法♪
 みかん箱でもあれば足場代わりになるのであろうが、あいにくとこの広場にはそれらしき物は見当たらない。隅っこにちょっとばかり廃材らしきものがあるだけなのでこのスタイルが定着したものと推察できる。
「さて、皆さんご承知のとおり今日は新しい団員を迎えるべく客人を招待したよ。満毒斎君だ」
「やあ、初めまして。なにぶん今日出家したばがりで猫の勝手は良く分からぬでござるが、なにとぞ一つよろしく頼みますでござるよ」
「おや、と言うことは野良でゲスか」
 気の向くまま猫又化してしまったので野良と言えば野良である。自宅があると言えども基本的に人間用の生活空間なので、普段の生活を営むには少々難儀なことになりそうだ。
「野良はキツいぜ満毒斎君。早いところ下僕を見つけた方がいいよ」
「美味しいものが食べたいならレストランがお勧めですぜ」
「うむ、その件に関しては心当たりがないワケではないでござるよ」
「ほう、一応下調べはしてあるみたいだね。何処へ向かうつもりかな?」
「夏葉原と言う場所に生息している『オタク』と呼ばれる種族が猫好きで有名らしいね、よく猫の格好をして遊んでいる姿が目撃されているみたいだよ」
「なるほどねぇ、オタク族か。悪くは無いね、目の付け所は良いと思うよ」
「あきまへんなぁ」
 突如として吾輩の背後から囁き声が聞こえてきた。あわてて振り返ってみるとアメリカンショートヘアの猫が一匹、背後霊のやうに鼻息が掛かりそうな距離でピッタリと寄り添っている。まるで探偵のようだ。
「ええと、君の名は」
「ニャドレック」
創価、きみがニャドレック君ね。いやぁ、ずいぶんと芸達者になったねぇ」
「なぁ~に、ちぃとばかし毛が短くなっただけでさぁ。それよりあんさん、あきまへんで、あんな所にオタクなんておりまへん。ネコ様人気に乗っかりたいだけの背乗りファッションオタクばかりでさぁ」
「そ、そうなのかい」
「異世界転生とか流行ものに群がって騒いでいるだけのイナゴでゲスよ、オタクとは関係ないでやんす」
 ふーむ、どうやらオタクに対する認識を改めないといけないようである。
「いやぁ、それにしてもビックらこいたね。一体全体いつからそこに居たんだい?」
「パンパカニャ~ンの辺りかしらん」
   「「「いやいや、フォアグラのところから居たじゃにゃいか」」」
「あらそう? あたいは気付かなかったわ、ホホホホ」
「奇想天外神出鬼没。他猫を驚かすのが趣味みたいな輩だからね、まぁ気にしないでくれたまえよ満毒斎君」
「そゆことで何卒一つたのんまっせ」
 何を頼むのかはさっぱり不明なのであるが、この手の輩は承知してやっても次から次へとキリが無いのでウンともニャーともならない返事で適当に受け流しておくに限る。
 さっさと次の話題に移らぬものかと天を眺めていると、事態が急変しだした。
 レストランと反対側の路地に人影が現れた。まだ大分距離があるので判然としないが、5・6人の集団のように思える。しかも何やら騒がしい様子で、ただの通行人では無さそうだ。
「あら、ニンゲン様がいらしったわ」
「シッ! みんな静かに。こっちへ集まって伏せてくれたまえ」
 ほろ酔い気分で浪花節を刻む調子だったポルポト君のトーンが一段下がって伝令が響き渡る。
 ただごとでは無い空気を感じ取ったメンバーは言われるがまま主の近くへと集まり、背を海老のように丸め、前足を折り畳んでお腹の下へと畳みこむと香箱座りの姿勢を取った。一般的にはこの姿勢こそがニンゲン様から身を守るのに最も効果的な座り方と言われているのだ。
“猫の気持ち 其の十” の続きを読む