猫の気持ち 其の八


 ――お月様は無慈悲だ。我々には決してニキビだらけの背中を晒し出すことは無く、お化粧を施した顔だけを幾重にも変化させながら、我々を嘲笑うかのやうに見下ろしている。
 モザイクのようにその素顔を薄っすらと蔽っていた雲達はいつの間にか消え失せ、今やその輪郭が一点の曇りもなく露になっている。
「ホ~ホッホッホ。今日も大量のご馳走ですわね」
 思い思いに料理をつまむ吾輩達の様子を眺めながら、それで満足であると言わんばかりに雄叫びを上げる。
「どうしたんだい? こっちの料理には手を付けてないみたいだが」
「あたいはコチラのキャッビアだけで十分ですわ。ホホホホ」
「なに、人が見ているからといって遠慮することはないじゃないか君」
「そうそう、どうせ猫の言葉なんて分かりはしないさ。a ハゲ、って話しかけても呆け顔を晒したままニヤニヤしているに決まってる」
「満毒斉君の言うとおり。猫の気持ちなんて向こうで勝手に解釈するんだから、ホラ、いつも通り頭ごと突っ込んでムシャぶり尽くそうじゃないか」
「あらあら、お下品ですこと。まるでケダモノみたいね、ホ~ホッホッホ」
「何をいまさら、我ら毛モノ族じゃないかね。ハ~ハッハッハ」
「独仙君も食べ物に手を付けてないみたいだが、どこか体の調子が悪いでござるか」
「・・・・・・俗世の食い物は血が穢れる。拙者はコレで十分だ」
 そう呟くように答えると、お猪口のような小さい器に注がれた葡萄酒をペロペロとしたためている。空きっ腹に発酵酒とは、猫医学的にもなかなかの暴挙をやってのけるではないか、悟りの道かどうかは分からぬがメクラにも程があるであろう。酔った勢いで水瓶に落ちなければよいのだが・・・・・・。
 それとして、この独仙君が酒を飲む姿と言うのがまた面白い。ドラ猫のやうにベチャクチャと舌を闇雲に液面へ撃ち付けるマネはせず、舌先を柄杓のごとく窄めてはそっと液面へ差し込み汲み上げてくる。そしてそのまま溢れ出さぬうちにペチョリと上顎へと押し付け、そのままズズリと喉奥まで運んで行く。実に見事な妙技である。
「酔い良い、気に入ってくれたようだな。今日も思う存分楽しんでくれよ」
 しばらく我々の様子を眺めていた大男は、満面の笑みで満足したかのように呟くと、くるりと踵を返し、大股でのっしのっしと勝手口からレストランの中へと戻って行った。

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