猫の気持ち 其の九


「どうしたんだい満毒斎君。生きた猫と死んだ猫が重なったような顔をして」
「そいつはまた珍妙な比喩表現だねぇ、ウンコ味のカレーみたいな」
「おやめなさいな食事中に、お下品ですこと」
「まったくだよ。銀河公文書にウンコなんて書いたのは君が初めてだぜ? 恥を知りたまえ」
「わたくしの言ったこと聞いてらして?」
「それならそれで光栄だけどね。いやなに、ちょっと料理で気になることがあってね」
「何だい? 何でも聞いてくれたまえよ。水臭いなぁ。君と僕の中じゃないか、今宵は無礼講だよ、愚弄張るに語らおうじゃないか。ささ、こっちのフィッシュあんどチープスでも摘みながらどうだい。いっちょ噛みくらいしか残ってないけどね」
 殆どジャガイモだらけになってしまった塊を顎先で指しながら勧められる。
 吾輩は残飯処理係ではないのだが。
「塩辛いのは好みじゃないね、小皺が増えるよ。あと色毛がない」
「確かに、だいぶ喉が渇くねコレは。それで、聞きたいってのは何だい」
「この料理のことでござるが、コレだけのモノをただネコが好きだからって拵えるのはちょっと不自然に感じるね。」
「ほう、なかなか感がするどいね」
 当てて見よという意思表示であろう。ポルポト君の口元に笑みが表れる。もちろん、猫の場合は人間ほど顔の筋肉が発達してはおらぬので、猫同士でのみ感じとれる微かな変化である。
「猫用にしては味が濃すぎる。これは明らかに人猿用の味付けだね、とは言ってもお隣のレストランは定休日。となればお店で出した残りモノでもない」
「なるほど、良く気づいてくれたね」
 ポルポト君、大きく目を見開き、ファイナルアンサーを迫る勢いだ。
「となれば、この料理は一体何処から来たのかな?」
「あたいの家から持ってきたご馳走でしてよ」
 モデルのやうな笑みでローザちゃんファイナルアンサー。キャッビアが2・3粒口元にくっ付いたままなのがちょっと可愛い。
「おや、ずいぶんと豪勢だねぇ。お城にでも住んでるでござるか」
「ハッハッハッハ。お城なんてこの辺りには無いじゃないかね。レストランの隣に教会があるの気が付かなかったかい?」
「あー、サルト教会だっけ」
「そうそう、そこで今日はミサをやっているのさ。つまり――」
 そこまでくればもう謎は解けたも同然である。
「なるほど、そこで出される晩餐の残りと言うワケだね」
「そのとおり♪ レストランの店長が熱心な信者でね。勢い余って作り過ぎるもんだから、捨てるのももったいないってことで我々に献上するようになったんだよ」
 なるほど、どうりで週末なのに定休日になっているワケだ。
「アランちゃんはレストランに住み着いてるのよ」
「おぉ、そう言えばアラン君はどうしたんだい? 一向に戻って来る気配が無いようでござるが」
「ホホホホ、あの子は毎日たらふく食べてるんだからほっといてかまいませんことよ。どうせ今日も厨房で一人、コッソリとフォアグラに齧り付いてるに決まってますわ」
 やたら毛並みだけは良いと思ってはいたが、そう言うことであったか。
「フォアグラだよフォアグラ。君、食べたことあるかい? トチメンボーより上味だよ」
「ふむ。食べたことはござらんが、知識でなら有しておるよ。確か、鴨とかにトリュフなどをたらふく食べさせて肝硬変になったところを締め上げる珍味だったね」
「何だかメチャクチャだが大体あってるよ」
 吾輩の潤沢な知識に恐れおののいた様子で背を仰け反らせながら答える。
「やあやあ、今日の晩餐は楽しんでくれたかな?」
 噂をすれば何とやら、ギラギラと脂の乗った体毛を輝かせ、アランが疾風の如くこちらへ舞い戻ってきた。
「あら、おかえりアランちゃん。フォアグラは美味しかった?」
「な、何の話でゲスか? へへ……」
 舌をブーメランのやうに振り回し必死に口元を拭っている。コヤツもなかなかの舌技を持っているようで、このネコネコ団とやらは一癖ある者達の集まりらしい。そう言えば、とある文献で読んだことがあるのだが、西洋においては猫又化するさいに尻尾ではなく舌が裂ける種族がおるらしい。
 風に誘われるようにそっと空を見上げてみると、お月様の下で十字架を背負った教会の屋根が視界に入ってきた。何かに呼びかけられている気がして眺め続けていると、言霊のような鐘の音が鳴り始める。女神の福音を知らせながら時を刻み、淡い余韻を残しながら宇宙へと吸い込まれてゆく。マントルまでしみ入る良き音色だ。
「さて、全員そろったようだね」
「そろそろ始めるザマスわよ」
「ふんにゃ~」
浮世の勧工場に疲れはてた人猿達がその瞼を閉じ、静かな眠りについたあと、我々の活動が始まる。

猫の気持ち 其の八


 ――お月様は無慈悲だ。我々には決してニキビだらけの背中を晒し出すことは無く、お化粧を施した顔だけを幾重にも変化させながら、我々を嘲笑うかのやうに見下ろしている。
 モザイクのようにその素顔を薄っすらと蔽っていた雲達はいつの間にか消え失せ、今やその輪郭が一点の曇りもなく露になっている。
「ホ~ホッホッホ。今日も大量のご馳走ですわね」
 思い思いに料理をつまむ吾輩達の様子を眺めながら、それで満足であると言わんばかりに雄叫びを上げる。
「どうしたんだい? こっちの料理には手を付けてないみたいだが」
「あたいはコチラのキャッビアだけで十分ですわ。ホホホホ」
「なに、人が見ているからといって遠慮することはないじゃないか君」
「そうそう、どうせ猫の言葉なんて分かりはしないさ。a ハゲ、って話しかけても呆け顔を晒したままニヤニヤしているに決まってる」
「満毒斉君の言うとおり。猫の気持ちなんて向こうで勝手に解釈するんだから、ホラ、いつも通り頭ごと突っ込んでムシャぶり尽くそうじゃないか」
「あらあら、お下品ですこと。まるでケダモノみたいね、ホ~ホッホッホ」
「何をいまさら、我ら毛モノ族じゃないかね。ハ~ハッハッハ」
「独仙君も食べ物に手を付けてないみたいだが、どこか体の調子が悪いでござるか」
「・・・・・・俗世の食い物は血が穢れる。拙者はコレで十分だ」
 そう呟くように答えると、お猪口のような小さい器に注がれた葡萄酒をペロペロとしたためている。空きっ腹に発酵酒とは、猫医学的にもなかなかの暴挙をやってのけるではないか、悟りの道かどうかは分からぬがメクラにも程があるであろう。酔った勢いで水瓶に落ちなければよいのだが・・・・・・。
 それとして、この独仙君が酒を飲む姿と言うのがまた面白い。ドラ猫のやうにベチャクチャと舌を闇雲に液面へ撃ち付けるマネはせず、舌先を柄杓のごとく窄めてはそっと液面へ差し込み汲み上げてくる。そしてそのまま溢れ出さぬうちにペチョリと上顎へと押し付け、そのままズズリと喉奥まで運んで行く。実に見事な妙技である。
「酔い良い、気に入ってくれたようだな。今日も思う存分楽しんでくれよ」
 しばらく我々の様子を眺めていた大男は、満面の笑みで満足したかのように呟くと、くるりと踵を返し、大股でのっしのっしと勝手口からレストランの中へと戻って行った。

猫の気持ち 其の七

――吾輩の記憶が確かならば。


 ネコネコ平和連合特約スーパー301条により、同胞が閉じ込められてしまった場合には、協力して速やかに是を救出せよ。
 と言った内容の条例があったような気がしない訳でも無いような気がしなくも無いのであるが、吾輩はもとより、他に行動を起そうとする者はいなひ。皆思い思いに毛繕いをしてみたり、のほほんと欠伸をしならがら同胞の帰りを静かに待ち続けるのみである。
 となれば、これは予期せぬ喜劇や運命の悪戯などと言ったものではないのであろう。予定調和の世界である。したがって吾輩も、天秤棒を振り回して舞台の役者を囃し立てるようなマネはせず、静かに時が流れるのを見守ることにしようではないか。
 月はさらに高く登り、空地をより明るく照らし出す。輝膜がキラリと煌き、六つの丸い瞳が勝手口のドアに向けて視線を注ぎ続ける。
 さて、手持ち無沙汰になってしまったのう。ここらで一句作り上げてみようかしらんと思っていた矢先に動きがあった。勝手口の向こう側に何やら毛配を感じる、アランが戻ってきたのであろうか。いや、違う。微かにではあるが確かに足音が聞こえる、コレはきっとホモ・サピエンスとか言う獰悪な生き物に相違ない。
 空き地で待つ他のメンバーにも無言の緊張が伝わる。
 警戒せざるを得ないだろう。奴等はこの宇宙で飛び抜けて野蛮な生き物である。我らを一網打尽にして水責めにする算段かもしれなひ。――アランはヤられてしまったのであろうか。
 少しずつ大きくなって来た足音がふと止まった。どうやら勝手口の所まで来たらしい、状況によっては撤収せねばならなくなってしまうが、はてさて。どんな輩が飛び出してくるのであろうか、臨戦態勢に入りジッと待ち受ける。
 ガチャリとドアノブが回る音がして扉が勢い良く、こちらへ向かって開け放つように開かれる。やはり人猿か、そう確信すると同時にヌッと大男の姿が我々の目の前に現れた。
 月明かりに照らし出された大男の姿は、我ら猫又族にとってはスポットライトを当てられた泥棒のようなもので、目を凝らさずとも容易にその詳細を視認することが出来る。履き古した感じのエンジニアブーツに濃紺色のデニムパンツ、襟元が少しくたびれた感じのネルシャツは袖を肘のあたりまで捲り上げており、熊と見紛うほどに剛毛で覆われた腕が2本生えている。顔にも苔が生えたように濃い髭がビシリと生えそろっており大自然を生き抜く野獣のやうなオーラを感じる。ところが――、
 ところがである。何故かは知らぬが頭の天辺だけは特異点が剥き出しになっているではないか、猫又族ではまずお目に掛かることはない珍種である。
「よう、猫ちゃん達よ。待たせちまったな」
 突如現れた大男は、空き地にたむろする猫達の姿を確認すると同時に野太い声で話し掛けて来た。我々の返事を待つ様子はなく、のっしのっしと歩を進めながらこちらへと向かってくる。
「いやはや、今日は随分と豪華な晩餐になりそうだねぇ」
 むむ、敵対勢力ではないのか。判断を迷っているところでポルポト君が答えを出した。
 しばし脳内回路から弾き出されていた『晩餐』という言葉が聞こえてくると同時に、吾輩の鼻孔を甘美で濃厚な刺激臭が襲ってくる。
 直ちに臭いの発生源を探索してみたところ、大男が左手に抱える大きな銀色の盆へと辿り着いた。しかしながら、今の時点では丸い銀色の底と毛むくじゃらの手しか見ることが出来ない。大男が一歩、また一歩と近づいて来るたびに、艶やかな光沢を放つ盆の上で複雑に絡み合いながらも調和を保ちつつハーモニーを奏でる複数の逸品料理達の存在が、まだその姿を見たことのない吾輩の空虚なこころを埋め尽くすように広がってゆく。
 しかるに、今吾輩のこころの中で起こっている一連のプロセスは、未知なる発見からその原理を探究し、理論を構築していく流れと同じであると言って良い。
 ――つまり、料理とは真理探究の道なのである。
「おぅ、いつもは見ない顔が混じってるな。新人君かい?」
 気が付くと、大男はいつの間にか吾輩の目の前で大の字に脚を開いた姿でそびえ立ち、大きい灰色の瞳がこちらを見下ろしていた。眼から感じ取れる表情に敵意は含まれていないようだ。
 猫の言語を理解できるとは思えぬが、問われたからには猫なりに紳士な態度で答えねばならない。とりあえず、首の裏がちょっとムズ痒いので大男のデニムパンツに擦り付けてみる。
「なるほど、お前さんの歓迎パーティと言ったところか。それなら丁度良かった、今宵の御馳走は会心の出来栄えだ、皆で思う存分楽しんでおくれ」
 何やらよく分からんが通じたようである。言い終わると同時に銀色の丸い盆がゆっくりと我々へ向かって下降してきた。人間の身体であれば自然と腰を屈めることになる、そうなれば頭をこちら側へ向けることになるので、自然な流れとして、先程までお月様と対峙していたミステリーサークルはその全貌を我々に向けてさらけ出すことになる。
 真理を探究する者の性として、吾輩はこのチャンスを逃すことなくすぐさま観測を開始する。
 そこには、もはや芸術としか言いようのない数学的に計算され尽くしたかのような境界面が存在していた。自然界にこのようなモノが天然で存在しうるのであろうか、永らく真理探究の旅を続けていた吾輩の目から見ても申し分ない。完璧な曲率だ!
「コヤツ、只者ではないな」
 思わず声が出てしまった。
「さすがだねぇ君。なかなか御眼が高いよ」
「相変わらず鼻だけは良く利きますこと。ホホホホ」
 言われてふと我に返り、お盆の方へと視線を向けなおすと、こちらにもまた芸術品と呼ばれるべき料理達が並んでいる。小鉢に取り分けられた色とりどりのオードブル、そして一際目を引くのが真中に陣取った真っ赤な鯛の包み焼きだ。
 確かにすごい、圧倒的な迫力だ。しかし、それと同時に大きな疑問も沸き起こって来る。それを問いただそうとした瞬間、それを遮るようにポルポト君の演説が始まってしまった。
「さて諸君、腹が減っては議論が出来ぬ。料理が来た所で宴を始めようではないか」
「賛成。あたいもお腹ペコペコよ」
 うぅむ、どうやら多数決では勝ち目が無いようだ。何か大切な事を忘れているような気がしないワケでもないが、ここは皆の意見に従って三大欲求の一つを満たすことにしよう。
 こうして、何やら訳の解らぬウチに宴会のようなものが始まってしまったのであった。