猫の気持ち 其の四


 それは蒸し暑い夏の日の午後であった。
 たまには精力を付けてやろうと思い立ち、奮発して近くのレストランにてロールキャベツと壷焼きを堪能したあと部屋に戻ってきた時のことである。
 はて、いつの間にやら机の上に一通の封書が置いてある。しかも、色が真っ黒なため、資料が散らばっている机の上においても嫌でも目に付く。
 吾輩は直ちに頭をフル回転させて探偵作業に入った。まず、誰がどうやって? 最近残暑が続いていたせいもあり、エアコンを点けっ放しにしているので窓を空けた記憶はないし、吾輩の住んでいる空間はアパートの6階である。ドアの鍵はと言うと、実は瞑想に耽りながら惰性で帰って来たために、部屋に入ってくる際に玄関の鍵を開けて入ったかどうかよく覚えていない。たぶん鍵の掛け忘れはないと思うのであるが、辺りをざっと見回してみたところ、金目のモノを物色された痕跡は残されていないようだ。一応オートロック式のアパートであるし、わざわざこんなイタズラをするためだけにダブルロックを解除してまで進入してくるとは思えない、はてさて、いきなり迷宮入りの様相である。
「ふぅんむ……」
 うん、とも、にゃーともならぬ声でしばしの間悩んでみたものの結論が出る訳もなく、とりあえず、目の前に鎮座しているこの気味悪い封書の解析に取り掛かってみることにする。
 デスクチェアに腰掛けて鼻先三寸の位置で観察を開始してみると、どうやら便箋封筒のやうだ。フラップを上に向けて置かれており、端の部分はエンボス加工でレース模様の飾付けがしてある。そして中央には真黒な本体とは対照的にハート型の真っ赤なシールで封印がしてあると言った具合だ。
 お次は重量測定。右手を伸ばし指先で角を摘み、そのまま眼前まで吊るし上げてみる。ほむ、定形郵便で送れる範囲内の重量だ、別段怪しいモノが入っている訳ではなさそうである。ついでにクルリと裏返して表を見て見るとコチラも真黒、宛名はおろか、住所も郵便番号も記入されていなひ。微かにラベンダーのかほりがするが、一体全体どうやって送り付けてきたのかとんと見当がつかぬ。
 最後はX線検査を試みる。カーテンを開け、部屋中を白く焼き尽くそうと飛び込んで来る太陽光にかざす。もう夏も終わろうとしているのにジリジリと身体を焼き付けられる感覚が蘇ってきた、そのまま眼力を奮い立たせて眼前へぶら下がった黒体へと収束させる。
 ふーむ、ポストカードらしきものが一枚入ってるのが認識できる、字までは読めない。暑さで集中力が鈍るやうだ。
 ものの数十秒の作業であったが、毛穴から汗が噴出してきたのでカーテンを閉めて封筒を元の通り机の上に置きなおした。
 汗が引くまで、しばし黒い異物との対峙が続くことになる。エアコンの風が火照った身体に吹きつけ窓の隣にある通気口から蝉の鳴く声が漏れ聞こえてきた。両者ともに無言のまま微かに聞こえてくる蝉の声に聞き入っているようだ。
 吾輩の頭の中は検査結果の検証に入っている、中はいたって普通のポストカードで、劇薬や危険物が仕込まれている可能性は低そうだ。魔術式が組み込まれてる様子も無いので呪いの手紙といった類でもない、いよいよ中身を確認する必要があるだろう。
 蝉の声が止んだのを合図に黒い封筒を手元に取りあげ、一息にハート型のシールを剥がしフラップを捲ってみた。中には白地基調のポストカードが一通。外周に金色の花模様があしらってあるが、全体としては控え目でごくごく平凡なメッセージカードである。書かれている文字は日本語で、数行程度の簡潔な文章のようだ。封筒から取り出し読み上げてみる。
「拝啓、満毒斎様。貴殿の恥的探究心と無限の行動力は敬服の至りに尽きます。――つきましては今週末のサバト集会にて御相伴致したく候。お目にかかれることを一同心待ちにしております――。敬具、親愛なるネコネコ団より」
 はて、コレは一体。何かの暗号文かしらん。コネコネ団なら解らなくも無いがネコネコ団とは初耳である。ふと、裏面を確認してみたところ。
「おや」
 思わず声がでてしまったが、それは唯一の突破口になる手掛かりを発見したからに他ならない。裏面には日時と場所だけが記載されていたわけだが、その場所というのが先ほど昼飯を食べたレストランの住所なのである。(厳密にはレストランの隣の空き地になるが)
「なるほど、丁度良いな」
 研究の成果をためす絶好の機会と判断した吾輩は、完璧な猫に擬態化してこの集会に参加するのを決意したのであった。

猫の気持ち 其の三


 ――時は満たされた。


 吾輩は完璧な観測者になるべく世界各国の猫資料館へ赴き、さっそく探究を開始する。
 やはり、猫の神秘的な魅力は世界各国の知識人を虜にしてしまうようで、そこに待ち受けていたのは予想以上の膨大な情報源であった。歴史資料や文献はもちろんのこと、絵画や彫刻、文芸書などの芸術作品、はたまた宗教や哲学、科学の領域にいたるまで。
 もはやこの惑星は猫に占領されてしまったのではないかと錯覚すら覚える量であったが、これしきのことで立ち止まるわけにはいかにゃい。目を皿のようにして資料と格闘する日々が長く続いた。
 地球上では幾度も季節の花が咲き、枯れては次の季節の花へと移り変わってゆく。ぐるりと地球が一周してくればまたその繰り返しであるが、その模様は必ずしも同一な絵柄になるとは限らない。暑い夏もあれば涼しい夏もあるだろう。豊かな色彩と模様で無限に移り変わってゆく万華鏡のようなもので、似たような絵柄は一定の確率で出現するものの毛穴の数まで完全に一致するとは限らないのである。
 自称この惑星の支配者を吹聴している猿人類も似たようなもので、文化や科学技術の発達によって多少なりとも様式に変化が見られることがあるものの、カツラを取り替えただけの戦争屋が世界平和を叫びながら喝上げを繰り返す滑稽劇場が定番の見世物になっているようだ。
 このやうな野蛮猿に付き合わされるのも辟易としていたので生暖かい目で見守りながら放っておくことにして、猫と女体の神秘について研究を続けていたところ。我らの仲間を猫鍋にして食べようとしたり、偵察用のスパイに仕立て上げてみたりと、増長して迫害を加えて来るようになったので爆弾の作り方を教えて破滅寸前まで追い込んでやったこともある。――おかげで吾輩の貴重な研究資料まで焚書されてしまうところであった。
 それでも地球は回り続け、長い年月を旅したのち平和と言う名の倦怠期を迎えることになる。
 滑稽劇場は相変わらずで、猫眷属に危害を加える蛮族も未だにウロついているようであるが、象牙の塔に引き篭もっているのも飽きてきたところなので、そろそろ下界に降りて活動を開始しようかと思案していた矢先のことであった。
 とある団体から一通の連絡が入ったのである。

猫の気持ち 其の二


 さて、さっそくであるが前回の続きをちょっと書いてみようと思う。
 なぜ猫であるかと言う噺であった。
 この惑星では猫以外にも愛玩用の家畜というのは多種に存在する。数ある愛玩動物の中から、現代に適した形で人間社会に潜伏し、その生態を観察する上でもっとも合理的にその目的を遂行できる家畜とはどのようなものであろうか。
 この惑星に降り立った吾輩はまず一の問題を解決するべく、多岐にわたる愛玩種族について徹底的に研究を行ったのである。
 ちなみに、木を隠すなら森の中という考えで人間に変装してしまえば良かろうと言う考えもあるし、実際にそうしている勢力もあるようだが、これはちょっとナンセンスだ。なぜなら、この惑星に住んでいるホモ・サピエンスと言う獰悪な生き物は、自らの同朋を奴族として扱おうとする暴戻な種族であることが数々の文献や歴史調査から明らかになっている。
 これら野卑で凶暴な連中を客観的に、且つ、正確に観測するためには人として接触してはイカんのである。無用な干渉を許せば正確性に欠ける、かと言って見なかったフリをすると性格に問題ある非人として非難されてしまう。非常に困難で厄介な社会活動を形成することになるであろうが、これでは吾輩の活動する世界において看過することの出来ない忌忌しき問題を将来にわたって発生させてしまう原因にもなる。
 したがって、ホモ・サピエンスに変装するという選択肢は真先に除外した。その本質と特性を余すことなく炙り出し、正確に記述するためには別のモノでなければならない。
 そこで、猫の登場である。
 そこに在るだけで主人を魅了し、わざわざ愛嬌を振り撒かずとも自然体で人間に接触することが出来る。そして事が起こったとあらば、猫なで声で一言「にゃあ」と鳴くだけで、「なんだ猫か」「猫だからしょうがない」と言った具合に全てを許される完璧な存在――、それが猫なのである。
 観測者としてもっとも理想的な存在であり、その他の家畜でこれを超えるものはまず存在しないであろう。
 当初は長期的な研究が必要になると思っていたが、結論は意外とアッサリ出てしまった。
 個体数調査で言えば、やはり小動物系が主力であるし、隠密行動を行う上で小動物の身軽さはとても相性が良い。その中でも、やはり猫と言う存在は別格であると吾輩は確信を持つに至ったのである。
 これ以外に道はにゃい! 結論に至った吾輩はさっそく猫に擬態するべく訓練を開始することにしたのであるが、当然の如く、そこには長く険しい試練が待ち受けていた。
 そのあたりのお噺は、また次回ゆっくり話していくことにしよう。