猫の気持ち 其の二


 吾輩はとある街角を探索している。

 ヤス君の御導きにしたがって案内された場所へと訪れたつもりであったが、やっぱり迷子になってしまった。
「う~ん、確かに分かりにくいでござるなあ」
 おそらくこの辺りと言う所までは来ているはずなのであるが、雑居ビル群の中をグルグルと徘徊している。オフィス用のビルであることは一目で分かるのであるが、看板も名札も付いていないような小さい会社ばかりのようで、どれが探偵事務所かなどとんと見当が付かぬ。まるでペーパーカンパニー村のようであるな。タケダ商店に戻るのも手間であるし、またここいらで猫探しでも始めようかしらん。
 そうこうしているウチに、ついにポツリポツリと雫が鼻先や額に落ちてきた。
「あらら、ついに降り始めてしまったか」
 小雨と思っていたのであるが、どんどん雨足が強くなって来てしまう。この季節特有のゲリラ豪雨と言うヤツであるな。
 これはいけない。とりあえず探索ゴッコは中断することにして、どこか雨宿りできる場所を確保しなくては。
 モタモタしている間にどんどん雨の勢いは烈しさを増してくる。ポツポツとゆっくり降って来ていた雫が、やがてザーザーと連続した一繋ぎの音となり、視界がうっすらと白く濁り始める。人間であったときはさほど気にもしていなかったのであるが、猫目線においては一大事件である。アスファルト舗装と言えども、飛び跳ねた雨水が細かい埃と一緒に舞い上がり、吾輩の体をみすぼらしい姿へと変えていってしまう。
 これでは泥んこまみれになってしまうのも時間の問題であるな、早く何とかしなくては。急ぎ足で雑居ビル群の中を走り回っているのであるが、これほど烈しくなってしまった雨を凌げる場所となるとなかなか難しい。申し訳程度に張り出した雨戸いや庇などでは屁のつっぱりにもならない、落ちるナイフに昇竜拳を放つようなものである。もはやこれはアクムだ。もうあきらめて泥だらけになってしまおうか。
 そう考えた矢先のことである。前方に何やら巨大な小屋のような空間が見えてきた。まるでシャワーをかけられているような雨のせいで視界が霞み、見辛いのであるが、どうやら一階部分が駐車場になっている建物のようだ。
 運良く車は一台も停まっておらずガラガラである。
 よし、あそこでちょっくら雨宿りさせてもらうことにするかのう。
 すでにずぶ濡れになってしまったが、このまま雨に打たれ続けるのもシンドイのでとにかく駐車場の空間へと飛び込むことにする。
「ふう、やれやれでござったのう」
 駐車場の隅でようやくのこと落ち着ける所を見つけてから座り込む。
 通り雨であろうから、しばらくのあいだ時間を潰しておればまた小降りになって止んでゆくであろう。そう思って、駐車場の奥の方から外の様子を眺めていると、どうしたことであろう。今しがたまでこの世の終わりを告げるかのように激しく降っていたはずの雨が、あれよあれよと勢いを弱め始めてしまったではないか。
 ほどなくして傘も要らないほどになってしまった。ヤレヤレ、ついてない時はこんなものであるな、せっかく雨宿りできる場所を見つけたと言うのに骨折り損のくたびれ儲けである。
 さてと、とりあえず雨は止んだので、再び探偵事務所とやらを探すことにしようかな。
 駐車場からトボトボと再び路地へ出ようとしたときである。
「んもー。せっかく事務所まで来たのに止んじゃうなんて、今日はツイてないわね」
 ビルの二階へと上がる階段の手前にさし掛かったところで、ばったりと一人の女性と鉢合わせしてしまった。ゲリラ豪雨の中を傘一本で何とかやり繰りして来たのであろう。デニムパンツの膝から下はすっかりずぶ濡れになってしまっている。
 ふむぅ、少し丸顔ではあるが悪くはない。なかなかのべっぴんさんであるな。
「はにゃ。猫ちゃんがいるー」
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猫の気持ち 其の一


 吾輩は旅をしている。新しい主との出会いを求めて、美里町を探索しているところであ~る。

 それほど長く住んでいる町では無いので、こうしてあちこちを歩き回っているだけでも新しい発見が次から次へと現れてなかなか面白いものである。
 できるだけ早く新しい主を見つけてのんびりと猫又生活を満喫したいところではあるが、お目当ての美女とめぐり合うのはそう簡単でも無さそうだ。なに、見つからなかった時はそ知らぬ顔をしてアラン君のレストランにでもしばらくご厄介になれば良かろうと、存外呑気に希望的観測を抱きながら人探しをしているところである。
 ちょいと二日酔いでフラフラする足取りをなんとか踏ん張らせながら、とりあえず人だかりの多そうな商店街の方へと向かうことにしよう。
 猫を飼いたいと思っている人と出会うのはそう簡単なことではないであろうことは吾輩も十分に承知しているつもりだ。確かに、猫は人気のあるペットである。ニャアニャア猫なで声を上げながら近付いて行けば、たいていの人は可愛がってくれるであろう、子供から老人までお手のものだ。しかし、問題となるのはここから先の段取りである。
 多くの場合、一通りあやしてくれたあと、「またね、バイバイ」とそのまま置き去りにされてしまう。そのまま家へとお持ち帰りしてくれる輩は中々いない。吾輩自身が猫になる前は、そのような不人情な振る舞いをしておったのであるからして、猫になったからと言ってホモ・サピエンス族に対度を改めよと申し開きを立てるのはちょいと不義理であると言わざるを得ない。
 と言うわけで、手当たりしだいで通りすがりの人に愛嬌を振り撒くのはやめておくことにする。やはり猫らしく自然体であることが最も合理的であると言う結論に達するのだ。
 こうして、哲学的な思索に耽りながら当てもなく街の中をウロウロと徘徊しているわけであるが、改めて猫と言うものは決して万能な存在では無いことに気付かされてしまった。観測者としては確かに優秀な存在かもしれないが、一線を越えて懐の奥まで入り込むには大変な熟慮を必要とする。お目当ての女の子を口説き落す過程とよく似ていると言っても差し支えない、もうちょっと真面目にナンパの練習をやっておけば良かったかもしれないにゃあ。
 しかしながら、いまさら悔やんだところで仕方がないし、猫になったのなら猫なりのやり方と言うのもあるだろう。餅は餅屋にまかせろと言う考え方がある。この世界には沢山の猫好きが存在しているのであるから、それに答えるだけの猫も多数存在するのが宇宙のしくみである。したがってこの街にも沢山の猫が存在するはずだ、ならば猫に直接聞いて回るのが一番手っ取り早い。きっと猫を飼いたいと思っている人物を知っているはことであろう。
 以上の結論に達したならば、吾輩が次に取るべき行動は自動的に決定される。まずはこの町の住人を良く知っている猫を探し出すことから始めることにしたそう。
 当てもなくフラフラと右へ左へと折れ曲がり、しばらく進んで行くと、商店街らしき場所へとたどり着いた。初めて見る商店街でござるな、自宅とは反対方向へ歩いて行ったので無理もないか。とりあえず、野良でも飼い猫でも構わないのでこの辺りの事情に詳しい猫を探してみることにしよう。運が良ければ最適な飼い主を紹介してくれるはずだ。
 なぜ、そのような親切を働いてくれるはずだと決め付けて考えるのか。読者の中には不思議に思う人も居ることであろう。しかしながら、猫の世界ではちっとも不思議なことではないのだ。なぜなら、猫と言う生き物はこの宇宙の中において、最も真理をわきまえた生き物であるからだ。したがって猫の世界においては、意見の相違による衝突は起こりえるが、人間社会に今でも慣例として存在する原始人村のような階級や派閥闘争などは存在しえないのである。
 したがって何か困った場合は、そこらで見かけた猫であっても遠慮せずに気軽に相談することができる。
 猫の世界は真の意味で平等なのである。お寺に住んでおろうが、教会に住み着いていようが、はたまた野良猫であろうが、等しく宇宙の法則に従って施しを受けるのだ。
 そう言う訳であるから、吾輩は何も心配する必要はない、堂々と商店街の中を練り歩いてお仲間を探すのだ。
 通りの様子は閑散としていて人通りもまばらなようであるな、ざっと見回して見たところ開店率は良くて六割と言ったところであろうか。おせじにも繁盛しているとは言い難い状態だ、シャッター街一歩手前と言ったところでござろうか、現実とはなかなか厳しいものである。
 古ぼけたタイルが敷き詰められた通りをのそりのそりと歩いてゆく。そろそろお昼時のせいであろう、飲食店から漂って来る甘い香りがお店の前を通るたびに鼻腔を刺激して来るのであるが、昨日ちょいと飲みすぎて二日酔いになってしまったせいか、お腹の方は全くの無反応である。今日もお昼は抜きで過ごすことになりそうだ。
 飲食店の誘惑に惑わされることなく、吾輩は商店街の探索に集中する。どこかに猫を飼っているお店が無いか一軒ずつ丁寧に調べながら進んで行く。調べると言っても、わざわざお店に侵入する必要はない。猫又族の優れた能力をもってすれば、通りからお店の中を透視するだけで猫が居るかどうかはすぐに判別できてしまうのだ。
 う~ん、それにしても……。どこのお店を見てまわっても、猫はおろか若者の姿がまったく見当たらないな。どこもかしこも老人ばかりである。子供達はとっくの昔に自立して他所に旅立ってしまったのであろう、これでは駅前のショッピングモールやデパ地下に客を食われるばかりで益々先細りになるばかりであるな。同じ町に住んでいるはずなのにこの差はいったい何なのであろうか。
 この世界でもだいぶ二極化が進んでいるようである。美里町は決して老人ばかりの限界集落などではない、しかしながら、若者が集まっている場所とそうでない場所の格差が極端に開いてしまっていると判断できる。
 こうなってくると、作戦を変更しなければならないかもしれないなぁ。吾輩はあまり騒がしい場所が好きではないし、人が集まる場所と言うのは猫にとってもいろいろと激戦区になってしまうので気が進まないのであるが、一旦出直して駅周辺の方へ戻ることにしようかのう。
「ちょいと、そこのダンナ」
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