猫の気持ち 其の六

 吾輩は電車に乗っている。円天舞う空の中を主と一緒にのんびりと旅をしているところだ。

「どうだぁマイケル。これが電車って乗物なんだぞ、スゴイだろ」
 ふむ、小学生ではあるまいし、何がスゴイのかもう少し具体的な説明がほしいものだのう、吾輩はエスパーではないのでな。ついでに言えば、お主が土を掘り起こして線路を引いたわけでもあるまいに、自分で拵えたかのごとく振舞う理由も教えて欲しいところだ。
 こんな呆け経に洗脳されてしまったような主でも主には違いないので、ちょいと尻尾をゆらゆら揺らして敬愛の意を表現してみることにした。
 すると満足してくれたのであろう、お多福のやうな満面の笑みを浮かべるとズボンのポケットからスマホを取り出していじり始めた。
 おそらくは課題のプログラムをコピーさせてもらうために同級生と連絡を取っているのであろう。学園へ到着するまでにはまだ時間がある、吾輩は主の横で丸っこくなりながら終点に着くまで一眠りしようかと思っていたときである。
「あぁ、ふざけんなよぉ」だとか「ちーがーうーだーろー」とか「○△×~」と裏声でヒトモドキのような笑い声を上げると、スマホの向こうに居るらしい見えない敵と戦い始めてしまったではないか。これはちょっと煽て過ぎてしまったかのう、変なスイッチを入れてしまったかもしれにゃい。
 しかしながら、観察しているぶんにはなかなか愉快なので、このまま生暖かい目で見守ることにしよう。


 電車は丘の上にある学園へと向けて螺旋状に旋毛を巻きながら進んで行く。
 ほとんど学生しか使わないので、四両編成のこじんまりとした列車となっている。電動化されてはいるものの、車内は全席向かい合わせのボックスシートで昔ながらの雰囲気がそのまま残っているせいか、一見すると何処かへ旅行にでも行くかのように思われそうだ。
 途中に三つほど停車駅があるのだが、二つ目の停車駅で一人の中年男性が乗り込んできた。肩掛け式の大きな荷物袋を抱えており、動き出した電車に煽られながらフラフラとこちらに向かって歩いて来る。
 午後の時間帯と言うこともあってほとんど空席だらけなのであるが、吾輩と主が座っている席の横でピタリと動きが止まった。
「おとなりよろしいですかね」
 名も無き主はスマホから目を放し、声のする方へと振りかえる。
「た、立鼻先生!」
 どうやらお知り合いのようであるが、返事を待たずして了解したかのごとく荷物袋をドサリと向かい座席に放り出すと、通路側の席にポスリと座り込んだ。
「大きな荷物ですね。今帰って来たんですか」
「ええ、今しがた那恋の温泉旅行から帰ってきたところです」
 ようやく肩の荷が降りたと言った感じで安堵の息を吐きながら答える。主より一回り小柄な男性であるが、中年の割にはそれほど腹は出ておらず端整な印象を受ける。そして、こちらもまた探偵じみた金縁の眼鏡をかけておる。
「ずいぶんと長い逗留でしたね」
「濃縮蜂蜜みたいな作品ですからねぇ。なかなかに骨が折れますよ」
「いっそのことそのまま住み着いてしまえばよかったんでは?」
冗談ではない」    マタコサーン
 この立鼻と言う男性は、主の通う学園において芸術の科目を担当しておるらしい。何やら絵を描くことを生業としているらしく、いわゆる美学者と呼ばれる人種なのであるが、この美学者と呼ばれる輩はどうも一癖ある者が多い。
 吾輩の先輩もさんざん手を焼かされたものであるが、この美学者と呼ばれる凶悪な人種は、自ら焼き上げた壷を「出来損ないだー!」と叫びながら床へ叩きつけて破壊してみたり。料亭でタダ飯を食べておきながら、アレやコレやと難癖を付けて批評してみたりと、およそ凡人には理解不能であろう奇行を繰り出すのが一大特徴である。もしも出会う機会があったなら存分に注意した方が良いであろう。尤も、芸術の道を極めるためにはこれくらいの狂気が必要と言うことなのかもしれないにゃ。
「しばらくご無沙汰でしたが、そちらの方はどんな感じですか」
 金ピカの眼鏡を輝かせながら、今度は立鼻先生が問い返す。何となく探偵に尋問されているような気分になるのは気のせいかしらん。
「え、ええ。絶好調ですよ。今日も円天と株で一稼ぎしてきたところです」     ププッ
「それはよかったですねw」
「あ、そうだ。先生にちょいとお願いがあるんですが」
「何です?」
 リュックの中をしばらくまさぐると、一尺ほどの金色の像を立鼻先生へと手渡す。
「そいつを鑑定してもらえませんか」
 立鼻先生。金色の像を眼前まで持ち上げると、眼鏡の奥で探偵じみた審美眼を輝かせ直ちに鑑定へと入る。
「いかがでござんしょ。近所の骨董屋で見つけた掘り出しモノなんですが」
「う~ん、ずいぶん安っぽいマリア像ですね。地金が透けて見えちゃってますよ」
「先生が変なスイッチを入れるからでしょ(笑)」
 しばらくの間クルクルと像を回して見たり、台座の裏を確認してみたりと、熱心に鑑定作業を続けていた立鼻先生であるが、三十秒ほどであっさり終了すると、再び像を主の方へ差し戻した。
「まぁ、家に飾っておく分には問題ないんじゃないでしょうかね」
「そうか、無念。カトリックの彼女にプレゼントしようと思ったんだけど」
「速攻でゴミ箱行きでしょうなw」
 目利きに自信があったのであろうか、名も無き主は思いのほかションボリと落ち込んでしまった様子である。


 電車はそんな二人のやり取りを意に介することなく、黙々と目的地へと向かって突き進んでゆく。主の家を出たときには遥か上空へ見上げるようにそびえ立っていた雑居ビル群も、今や眼下へと拡がるミニチュア模型のようだ。
「いやあ、やっぱり田舎の電車はのんびりとしていて落ち着きますね」
 窓の外を眺めていた立鼻先生が誰に言うでもなく、独り言のようにポツリと呟く。
「まったくですね、都会の電車なんて最悪ですよ。客なんて畜生と等しき扱いですからね、すぐに混雑して鮨詰め状態になるし窓すら開きませんから。いや、実際はちょっとばかし開くようになってるんですがね、むやみやたらと勝手に開けようものなら周りから白い目で見られて大変なことになります」
 口ではこう言うものの、名も無き主はまだ歳が若いせいか、週末になると満員電車に乗って夏葉原へと向かい、おびただしい数の人々が溢れる歩行者天国を一日中歩き回っても存外平気な顔をしているタイプだ。集団の中に埋もれているとなんとなく安心できるものである。
「都会の息苦しさを反映しているものと思われ」
「・・・・・・最近生え際がヤバくなってますね」
「髪に見放されたんでしょうw」
 この立鼻先生は、あまり都会の雑踏が好きではないようで、先ほどから興味無さげな感じで外を眺めたまま、かろく受け答えするばかりである。
「それにしても今日は暑いですね、窓開けてもよござんすか」
「どうぞ」
 立鼻先生に了承を得ると、窓際に座る主が席を立ち窓を空けにとりかかる。上下二分割のスライド式なのであるが、この車両に採用されている窓はちょっと面白い。主が両脇に付いている摘みを持って下側の窓枠を持ち上げると、それに連動して上側の窓枠もスルスル降りてくるではないか、こうして上下に三寸ほどのスリットが出来上がった。なかなか良く出来たカラクリ窓である。
 まだ強めの日差しと今一つ効きが弱い空調機のおかげであろうか、草木の臭いが染み込んだ心地よい風が車内へと流れ込んできた。
「う~ん、心地よい風ですね、一曲歌いたい気分になってきます」
「お題目は?」
隠し子と恋に堕ちるプリンス
「際どいネタですなw」
 そしてお風呂場で上機嫌になったおっさんの如く、立鼻先生が鼻歌を披露しはじめた。
「天に~唾する~愚か者~♪」
「落ちる~ナイフに~昇竜拳♪」
 替え歌かどうかは知らないが随分とのんびりとした唄であるな、吾輩もついつい尻尾を振って音頭を取ってしまう。
 しばらくの間、御経のような替え歌に興じていたのであるが、三つ目の駅に到着する頃になり、車掌案内が流れ出すのを合図にピタリと止んでしまった。そして、思い出したように立鼻先生が新しい話題を振り出す。
「そろそろお腹が空いて来ましたね。お昼にしましょうか」
 今度は立鼻先生が大きな荷物の中をまさぐり始める。しばらくするとお目当てのモノが見つかったようで、両手に何か掴みながら主の方へと身を乗り出してきた。
「お一ついかがでしょう」
 主の眼前に差し出された両手には、砲丸投げの玉みたいな黒い塊が一つずつ乗っている。まるで爆弾のようだ。
「これは、幻の爆弾おにぎりじゃないですか」
「ええ、運良く最後の二個を買うことが出来ました。遠慮せずに一つどうぞ、何かの暗示が与えられた疑いを防ぐために、中の具については秘密にしておきます」
「ではお言葉に甘えて一つ頂戴します」
 ここまで言われたら断る理由もないであろう。名も泣き主はどちらのおにぎりを取るであろうか、しばし悩んでいるようにも見えたが、意を決したように左のおむすびを手に取った。一瞬、立鼻先生が口の端をゆるませ含み笑いを見せたような気がしないでもない。
 こうして、主にとっては二度目の昼食会がはじまる。
 名も無き主は、先ほど昼飯を済ませたばかりであるからだろう。窓枠に肘を付いて、外側の海苔巻きをチビチビとやっつけておる。
 対して立鼻先生の方はと言うと、パワーショベルで山を切り崩すがごとく、モリモリと無言でおにぎりの中心部へと食い進んでゆく。まさに痩せの大食いといった感じだ。
 しかしながら妙な男である。美学者を名乗るわりには、海苔の風味や塩加減のバラツキ、お米の食感を楽しむと言った趣きは感じられない。
 見た目こそ初老の男性であるが、おそらく中身は齢八〇〇歳くらいの宇宙人が成りすましているのであろう。食の楽しみはとうの昔に失われてしまったようで、ただただ、エネルギー補給と言う目的を達成するために、無表情のままおにぎりを噛み潰し、胃袋へと流し込んで行くだけの作業である。
 しばらく立鼻先生の作業を無心のまま眺めていると、突然と動きが止まった。いよいよお宝を掘り当てたのであろうか、口先を窄めて何やらモゴモゴしているなと思いきや、次の瞬間にわかに信じがたい行動に出る。
 立鼻先生、思い出したように名も無き主の方へと振り向くと、プッっと毒矢でも吹き出すようにして丸っこい物体を吐き出したではないか。
 吐き出した小指の先ほどの物体は、名も無き主の口先三寸をかすめて、窓枠との間にわずかに空いている狭いスリットを抜けて外の世界へと飛び出してしまった。
 一部始終を見ていた吾輩はまだしも、名も無き主にとっては完全に不意打ちだったようで。一体全体何が起こったのか分からぬ様子で、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして呆然と窓の外の方を向いておる。
 やはり美学者と言う輩は一筋縄では行かぬようであるな。
 吾輩は用心して注視しておったので、吐き出した物体の正体を辛うじて視認することが出来た、どうやら梅干の種のようである。よほど腕に自信があるのであろうか、一歩間違えば名も泣き主を直撃して大変なことになったであろうに。当の本人はと言うと、何故かは分からぬが、吾輩の方を見ながらしてやったりと言った様子でニヤニヤとしておる。
 そして、ようやくイタズラの犯人が立鼻先生であることを認識したのであろう、名も無き主がゆっくりと立鼻先生の方へと向き直る。毒饅頭でも食らったような顔をして立鼻先生を見詰めるのであるが、相も変わらず立鼻先生。挑発するようにニヤニヤしながら名も無き主を見詰め返すだけである。しばし無言の対立が続く。
 しかしながら、このままでは物語が進みようがないので、吾輩が一肌脱いで二人の心の中を読み取って見ることにしよう。
 立鼻先生は、もとより何を考えているのかよく分からないのでひとまず置いておいて、名も無き主の方からだ。しばらく呆け顔をさらしておった主ではあるが、心の中では闘争心に似た烈しい感情に火が付いたようで、窓枠から肘を放し姿勢を正すと、立鼻先生が先ほどやっていたように爆弾おにぎりにかぶり付き、中心部へと向かって食い進み始めた。
 爆弾おにぎりの中心部には同じ秘宝が眠っている、そう確信しているのであろう、目を三角にして親の敵のような形相で無我夢中に食い進める。もはや食事と言う概念は吹き飛んでいる、この名も無き主はおにぎりを掘っているのだ。
 そしてガチリと手ごたえを得た。
 口をモゴモゴさせながら立鼻先生を見つめる。対する先生は、薄い笑みを浮かべながら無言のまま、一部始終を見守るつもりらしい。
 種以外を胃袋へと押し込み、準備が出来たのであろう。窓の方へ顔を向けると先ほどの立鼻先生と同じように、吹き矢のごとく種を弾き出した。
 全神経を集中して種の軌跡をおう。弾き出された種はスリットを抜けるかと思いきや、窓の縁に当たり跳ね返ってしまった。さらに、勢いの余った跳弾は窓硝子にブチ当たり、弧を描くようにして隣座席の方へと飛んで消えてしまった。
 あいや残念。ポテンシャルの差を埋めることは出来なかったようである。
 幸いなことに、隣の座席には誰も居なかったので何事も無く済ますことが出来たが、危ういことをする主だのう。
 立鼻先生の方は、危うく梅干の種がぶつかるかもしれなかったのを気に留める様子もなく、「それ見たことか」と言わんばかりにニヤニヤしながら名も無き主の方を見つめている。
「おや、投資のようには上手く行きませんでしたね」
 立鼻先生が一言放つや、名も無き主もこのままスゴスゴと引っ込むワケには行かないようで、負けじとすぐさま反駁を開始する。
「いやぁ、さすが先生。お見事なもんでございやすね。どうです先生も一口、投資でもやってみては。先生ならあっと言う間に億トレーダーになれますよ」
 ここで一旦、立鼻先生がどう出るのか待ちたいところであるが、この名も無き主と言うのは、どうも頭に血が昇ってしまうと思い付いたことをそのまま吐き出してしまわないと気が済まない性分のようで、返事を待つことなく噺を続ける。
「実は僕だけの秘密にしておきたかったんですが、今人気急上昇中のネット投資家が居るんですよ」
 立鼻先生が食い付いて来るかどうかはどうでも良いようで、名も無き主は、詐欺師のような語り口で自身の演説へと没頭して行く。
「それでですね。面白いのはそのネット投資家の投資手法なんですが、その人が買い注文を入れると暴落、売り注文を入れると爆上げしてしまうんですよ、何故かは知りませんが。そのクセ投資系ナンバーワンを名乗っているんだから笑えるじゃありませんか」
「なかなか面白い人ですね。投資ですか、実を言うと私もそれなりにやってますがファンダメンタルとかテクニカルだのと、いろいろ複雑な要素が絡んで来るのでなかなか上手くは行きませんね」
「ファンダやテクニカルなんて何の役にも立ちませんよ、ただの後付ですから。そんなのばかり気にしているから初心者はいつまで経っても勝てないんでござんす。そんなのをアテにするくらいなら“しいたけ占い”で上か下か判断した方がよっぽど勝率が上がりますよ」
「し、しいたけ占いですか。なかなか斬新な投資手法ですね」
 吾輩もそのような投資手法があるとは初耳である。
「実は、そのネット投資家こそ“しいたけ占い”の第一人者なんですよ。本当はオイラだけの秘密にしておきたかったんですが特別に教えてあげますよと。どうです、そのしいたけ投資家の逆張りをしてごらんなさい。面白いように勝てますから」
「ハッハッハ。有難い申し出ですが遠慮しておきますよ。私は天の声にしたがって取引するだけです」
「て、天の声ですか! 先生、それってしいたけ占いよりよっぽど斬新ですよ」
「そうですかね?」
「いやいや、そうでしょう。そんな取引手法聞いたことありませんよ、どうやるのか是非とも教えてほしいでござんす。先生みたいに毎日お題目を唱えていれば、オイラにも天の声とやらが聞こえるようになるでござんすか」     アハーン
「貴方には聞こえて来ませんか?」
「いえ、全然。オイラも友達に誘われて公明学会とか言う所に入ったことがあるんですが、財務ばっかりタカって来て功徳なんてこれっぽっちもありやせんでしたよ」
「そりゃアレでしょう。インキンお笑い芸人なんぞをとか言って煽て上げたり、ただのカラーコピーなんぞを有難がってナムナムTEENとかやってたからじゃないですかw」
「SGI48のCDじゃダメなんですか!? そんな馬鹿な……」
 さすがに阿呆すぎて解説する気も失せる。――立鼻先生は慈悲的な対応でそれとなく教えてあげたつもりなのであるが、名も無き主はこの期に及んでまだ気付いていないようである。そもそも、この男は宗教に対してとんでもない勘違いをしているのであるが、その事を指摘してあげても聞く耳を持つことはないであろう。
「そんなに聞いてみたいですか?」
「ええ、そんなもんが本当にあるならぜひとも聞いてみたいでござんすw」
 さて、馬の耳に念仏を唱えるほど暇ではない立鼻先生。困窮した面持ちで窓の外を眺めていたのであるが、しばらくして、ふと独り言のように何かを呟いた。
宇宙の地獄穴――ですか」
「え、何の穴ですか?」
「いえ、何でもない。ただの独り言ですよ、似ているなと思ってね」
「何が似ているんでござんしょ」
「真理探究ですよ。ホラ、あそこに見えるのが何か知っていますか?」
 名も無き主も、立鼻先生につられて窓の外の景色へと視線を投げ移す。
「園原炭坑跡ですね、今はもう使われていませんが」
「君は鉱山に潜ってみた経験はありませんかね」
「ありませんけど。それが真理探究とやらと何か関係があるんですか?」
「あるも何も、ソックリですよ。まるで迷路のように張り巡らされた坑道、常に纏わり付く孤独と挫折感。一歩道を踏み外して迷子になったが最後、もう二度と日の当たる場所には戻れないかもしれないと言う不安と恐怖に苛まれながら、薄暗い闇の中を延々と彷徨うはめになる。運が良ければ原石を掘り当てられるかもしれないが、一生掘り続けたって何も掘り当てられない人もゴマンと居る。そんな場所ですよ」
「世知辛い世界ですね……」
「別に君を脅かそうってワケじゃありません、経験者として率直な感想を述べただけですよ。どうです、君も潜ってみては」
「ぼ、僕がですか」
 あくまで例え話なのであるが、すっかり怖気づいてしまった様子の名も無き主。先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は何処かに吹き飛んでしまったようである。
「僕はそんなリスクを犯す気はサラサラ無いけど、掘り当てた原石だけ寄越せってのはちょっと虫の良すぎる話じゃありませんかね。そもそも、この錬豆は私が掘り当てたものですから、君に渡したところで何の価値も無いただの石コロにしかならないんですよ。待てないんだったら自分で掘りに行けば良いじゃないですか、誰も邪魔したり咎めたりはしませんよ」
「む、無茶苦茶ですね先生。僕は物理学専攻じゃありませんよ」
「さっそく言い訳ですか。えぇ? 穴を掘るだけならランプとツルハシがあれば出来るでしょう。小難しい方程式を解く必要なんてコレっぽっちもありませんよ、用は道具の使い方が理解できていれば良いんです。鍛冶屋にならなければ刀を扱うことは出来ないんですか?」
「じゃあ、僕にもチャンスがあるんですね」
「当然でしょう。でも、易しくはありませんよ。錬豆を掘り当てるか、宇宙じらみになるかは貴方次第と言う事です」
 この名も無き主が潜ってみたところで、猫鷲に襲われ精神を蝕まれたあげく発狂して宇宙じらみへと落ちぶれるであろうことは分かりきっておるであろうに。なかなか性悪な男であるな。
「なぁに、大丈夫ですよ。訓練が十分でない初心者や精神の未熟な者は、表層部の思考迷宮ですら辟易として逃げ出しますから。そして自分を慰めるように『アインシュタインはインチキだったんや!』って騒ぎ始めるでしょう。猫鷲がウロついている深淵部に迷い込むことなんて滅多にありゃしませんよ」
 名も無き主は、焦点の合わぬ虚ろな目で下を向きながら黙りこんでしまった。すでに彼の意識は電車の中には存在しない、命綱なしで清水の舞台から飛び降りるような心境になっておる。
「さぁ、どうです。さっそく今日から潜ってみてはどうですか」
「ぼ、僕は・・・・・・」
 さあ、名も泣き主よ! 英断を下す時であるぞ。
「僕は、覚醒ゴッコに失敗してエロサイトを彷徨うHentaiにはなりたくないでござんす」
「君はエ・ロースの素晴らしさを何も分かっていませんね。とんでもない勘違いをしているようです」
「そ、そそ。そうなんでしょうかぁ??」

猫の気持ち 其の五

吾輩は食後の散歩をしておる。新しく出会った町を探索中である。

 十分ほど主人の背中から町の様子を観察しておるところであるが、異国の地まで移動したワケではなさそうだ。見覚えのある建物はまだ見当たらないが、人々の様子や話し言葉からしてそう遠くまでは来ておらぬであろう。まずは一安心だ。
 町の景色が後ろから前へと流れてゆく。住宅街を抜けたのであろう、飲食店やスーパーが増えて人の数が多くなってきた。
 またしばらく観察を続けていると踏み切りの音が聞こえてきた。駅が近いようであるな、電車か駅名が見えれば現在地を探るヒントになるのであろうが、主人のリュックに潜り込んで背中合わせに向いているので今のところ音しか聞こえない。
 電車が通り過ぎて踏切が開く。踏切を渡るついでに駅のホームが見えたので駅名を確認しようかと思ったがまだ遠い、しかしながらちょっと見覚えのあるような気がするホームだ。意外と近いぞこれは。
 主人が進行方向を変えた。駅の改札へと向かっているのであろう、ここで何処から沸いて来たのかは分からぬが一気の人の数が増えてきだした。学生が多い町のようであるな、それっぽい服装の若人に甘い香りが流れるお菓子屋さんと喫茶店だらけになった。
 いよいよ改札へ向かうかと思いきや。主よ何をおもったのか駅前を通り過ぎてしまう。
 しかし、ここで駅の看板を確認することが出来た。『園原駅』とある。なるほど、吾輩の自宅の最寄り駅から二駅の近所であった、まあそんなものであろうな。
 さてさて、主よ一体全体何処へ向かうつもりであろうか。しばらくジッとしていると、とある喫茶店の前で立ち止まった。
「お前はカリカリを食べてご満悦だろうけど僕は朝からまだ何も食べていないんだ。今度は僕がご飯を食べさせてもらうよ」
 そう呟くと、リュックを下げてから吾輩を抱き上げ、地面へと降ろしてくれた。
「猫のお前には分からないだろうけど、この店でブリテンサンドを食い散らかしながらスマホをイジるのが最近のトレンドなのさ」
 ふむ、新興宗教の儀式か何かかのう、犬や猿でも分からぬと思うが。ついでに言えばズボンのチャックが全開になっておるようじゃがコレも儀式の一環であろうか。
「さ、ココはペット入店禁止なんだ。アッチの公園で散歩でもしておいで、あとで迎えに行ってやるから」
 チャックが開いているのを教える暇もなく追い払われてしまった。主は再びリュックを抱えると踵を返し、店の中へと入ってゆく。
 うむ仕方がない。言われたとおりちょっと散歩でもすることにいたそう。
 吾輩もくるりと身を返し、歩道を渡って公園へと向かう。
 駅前広場といった感じの公園はそれほど広くはないものの、ここも外縁に沿って遊歩道がある。ご飯を食べるとなると二・三〇分は掛かるであろうから、ゆっくりと散歩することにしよう。
 まだ少し強めの日光を浴びながらのっしのっしと歩いていると、何やら猫影らしきものが二つ見えてきた。これだけ天気が良いと散歩したくなるのが猫の性と言うものなのであろうな。
 少しずつ間が詰まってゆく、五・六間ほど近づいたところでふと気が付いた。どうも、見覚えがある。あのデップリした体格とギラギラした体毛は・・・・・・間違いない、アランとポルポト君のようだ。
 さて、どうしたものかのう。とりあえず今は用事もないので、ちょっと足を止め景色を眺めるフリをしてやり過ごすことにした。
 しばらく時間を潰してからもうよかろうと前に向き直ると、おやどうしたことか。アラン君とポルポト君、先程と同じ五・六間先で座り込んだまま何やら話し込んでいる。どうやら吾輩が来るのを待っているようだ。ヤレヤレだぜ。
 仕方が無いのでそのままズンズン進むことにして、たったいま気付いた風を装って話しかけてみる。
「おや、そこにおられるのはひょっとしてポルポト君ではありますまいかな」
「おやや、これは満毒斉君じゃありませんか。いやはや、こんな所でバッタリ出くわすとは奇遇ですな。ひょっとしたら天の導きなんてのもあるのかもしれないね。ヘアッハッハッハ」
 (ホントかよ胡散臭ぇなw)
「ヌコヌコ団の活動状況はどうでヤンスか。一週間ほど姿が見えなかったんで心配したでヤンスよ」
「ヌコヌコ団? 一週間?」
「おや、先週の集会で入団を承諾したじゃないかね。ハッハッハッハ」
 ああ、そう言うことか。どうやら異世界転生した衝撃で時空連続体に歪みが生じておるようじゃな。なに大したことは無い、お月様がデススターに変わっていたくらいの誤差だ、じきに収束するだろう。
「ボチボチと言ったところですな。完璧なまでには具現化出来なかったでござるが」
「それなら良かった。満毒斉君の活躍には期待しているからね、是非とも精進してくれたまえよ。ハッハッハッハ」
「おや、薄汚い野良猫どもがおるのぅ」
 仕方が無いので世間話でもして時間を潰そうかと考えていたところ今度は見知らぬ猫が一匹現れた。何処でも見かけるような茶トラ柄であるが、一風変わった出で立ちで、首には百円ショップで見かける程度の数珠がぶら下がっている。
「はて、どちら様でヤンスかね」
「ほぅ、世界に名だたる公明学会を知らぬと見えるな無知どもよぉ」
「「「なんだ、創価おじさんか」」」
「はて、コイツは珍しい拵えですな。ひょっとして独仙君のお知り会いかね。ハッハッハッハ」
「ドクセン? 知らぬなそのような者は。崇高な高僧たる学会員は薄汚い野良などとはつるまぬものだ」
「でも貧乏人は利用したいでヤンスかw」
「さもしい仏でござるな」
「なにが創価はタブーやねん。アホちゃうんかホンマに」
 うむむ、この背後から忍び寄るような声は。
「やあ、にゃんドレック君。今日もお得意の成り済ましかい、ところで今日は何時から居たでござるか」
「いやぁ、ちょっと食後の運動がてら通りがかっただけでさあ。ホントでヤンスよ、フヒヒヒ」
「オ、おフランスは関係ないでヤンスよ。何言ってるでヤンスか」
「珍モツの艦隊ねぇ」
「え、冤罪でヤンスよ、失敬な。無礼だ! 無礼だ!」
「ほぅ、今度は口の汚い子鼠が沸いてきおったようだなぁ」
「誰が鼠やねん、メクラ坊主」
「維新志士顔負けの気迫でござるな」
「今の維新なんぞクソや。金で勲章買いあさっとるだけの犬作卿と変わらへん」
「ほぅ、庶民の王者たる犬作の神に唾を成すとは何を意味するか分かっておるのか餓鬼どもよぉ」
「オイオイ、おまエラ仏じゃなかったのかよw」
「おやおや、随分と不穏な平和宗教(笑)さんだね。ハッハッハッハ」
「身潰し戦争カルト珍一協会とベッタリやんけ」
「パンツにこびり付いたウンコスジみたいなもんでござるか」
「戦争を美化するなって何度言えば分かるのかねぇ。サル
「また焼かれたいのか?」
「サ~ルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサル猿とサ~ル」
「さ、サルサル千発でヤンス!」
「千発でも一万発でも殴り続けたまえ。ハッハッハッハ」
「戦争を美化するような輩に正義などない。いかなる理由であってもな」
「こんなカルト宗教王国が核武装してアジアの盟主になるとな? 正気の沙汰かねw」
「アメリカの監視が無くなったらまた暴走してやらかすだろうね。ハッハッハッハ」
「ふん、下らん妄想探偵ゴッコだな。せいぜいネットの隅で吠えておれば良いぞ負け犬どもよぉ」
「だから猫や言うとるやろがコピペ本尊
 もはや禅問答など無意味と判断したのであろうか。踵を返し歩き始める。
「おや、もうお帰りでヤンスか」
「サイゴーどんネタで茶番劇でも始めるのかね、ハッハッハッハ」
「また政府に都合が良いよう捏造するだろう」
「髭でも生えるんでヤンスかねw」
「もう全員金髪碧眼キャラでやればええんちゃうんか。分かりやすいように」
「ヘンリー・タカモリ・サイゴーなんかどうかね。ハッハッハッハ」
「なんかイケメンオーラが出てるでヤンスw」
 名前も言わぬ宗教猫さんはそのまま風のようにスルスルと歩き去っていった。
「およよ、お気に召さなかったのかな。ハッハッハッハ」
「シャッターがガラガラチーンって降りたんやろ」
「それにしてもけったいな輩だねぇ、ひょっとして満毒斎君のお知り合いかな?」
「知らんね。恩着せがましい同和チンピラなんぞ」
「おぅ、マイケェェ~ル。こんな所でガマ油売ってたのかw」
 今度は宗教猫が去って行った反対方向から野獣のような蛮声が飛んで来た。
「「「マイケェェ~ル?」」」
 皆一斉に首を回して振り返るものの吾輩以外は初対面であるからして、しばらくするとその視線は自然とコチラに集まって来る。香具師は何者であろうか。
「今ならハクション本尊とセットで八割引でござるよ」
「それって原価割れしとるんじゃないのかね。ハッハッハッハ」
「シャア獲得のためさ♪」
 名も無き主はガニ股ぎみに大股でのっすのっすと此方へ向かって歩いて来る。予測した通りであるが、ズボンのチャックはまだ全開のままだ。
「ひょっとして・・・・・・アレが君の御主人様かいw」
「さすがでヤンスなwww」
「猫は飼い主の方が似る言うしなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「草生え過ぎでござる」
 我々の眼前まで来ると、そのまま腰に両手を当てて仁王立ちの体でコチラを見下ろす。しかしまだチャックが全開になっているのに気付く気配はなさそうである。脳の何処かに障害でもあるのかしらん。
「おぅ、さっそくお仲間作って座談会(笑)か、なかなかやるじゃねーか。俺にも猫の言葉が理解出来れば参加してやっても良かったんだけどな。ガーハッハッハ」
「「「お前と話すことなんか何もねーよwサル」」」
 この名も無き主と言うのは、このように猫前や人前にでた途端、急に尊大な態度を取り始めることが多々あるのだが、おそらくは何とかして主としての風格を出したい! と言った具合の幼稚な願望がこのやうな態度へと表れておるのだろう。
「いやはや、何とも愉快な御主人様じゃないかね。ハッハッハッハ」
「今度の集会が楽しみでヤンスなw」
「愉快な旅はまだまだ続きそうやw」
「うむ、期待に答えられるよう善処するでござるw」
「おぅ、マイケル。そろそろ行くぞ、今日は急いでるからな、特別に俺様のリュックで運んでやるぜ」
 言い終わると同時に吾輩の目の前にリュックが下りて来た。吾輩が家を出た時と同じように中へ潜り込み定位置へ付いたことを確認すると、名も無き主は再びゆっくりと背負い始める。
「これから何処かへお出掛けでヤンスか?」
「うむ、主と一緒に学園に行って来るでござる。女学生のレベルをチェックしておきたいのでな」
「相変わらず研究熱心だね(笑)」
「ミイラ取りがミイラにならねーようにな♪」
「うむ、諸君らも精進してな。創価学会Mk-IIにならないことを祈っておるよ」
 眼下にある三匹の風景がズンズン遠ざかってゆく。電車の発車時刻が近いのであろうか、大分早歩きである。

 こうして吾輩は秘密の花園へと旅立つのであった。

猫の気持ち 其の四

吾輩は御飯を食べている。丁度遅めの朝ごはんにありついたところだ。
 
 新しい世界で、ほど良い歯ごたえのある猫専用ドライフードを食べている。味付けも猫用なので胸焼けをせずに済みそうだ。
 餌の方は予想外に上物みたいで、新鮮な牛肉の風味が食欲をそそり立ててくる。猫となってしまった今では主人に話しかけてみたところで会話を成立させるのは難しいと思われるので、カリカリ音を立てて喜びの気持ちを表現してみたのであるが、名も無き主人は気にする様子もなく、ずっとパソコンと睨めっこをしておる。
 先ほどまで慌しく作業をしておったがどうやら一段落したらしい。それなら吾輩の蠱惑的な姿態を愛でるくらいの心遣いはあってもよいものであるが、エレキ仕掛けの電脳空間が気になって仕方がないようである。
 オタクと言う生物は皆このようにカーテンを閉め切った薄暗い部屋でモジモジしているのが好きなのであろうか。実に不健康であるな、よろしい。吾輩が食後の運動がてらちょっと遊んであげることに致そう。
 一息に残りのカリカリを始末してから、名も無き主に気付かれぬようそっと忍び寄る。
 フフフ、カリカリの音が途絶えたことにも気付かぬ我が主はじっとモニター画面を見つめたままである。よほど作業に集中しているようであるな。
 さてさて、何をしておるのかな。先ほど吾輩が探索したのとは別の方のモニターを盗み見てみると、どうやらプログラム言語をいじっているようである。
 吾輩は再びヒョイと音を立てぬよう静かに机へと飛び上がる。
 名も無き主は、吾輩が近づいて来たことにまだ気が付いておらぬようで、液晶モニターの一点を食い入るように見つめたままである。
 やはり思った通りであるな。オタクと言う種族は何か物事に集中し始めると周りが見えなくなるようで、もはや吾輩が視界の隅に入っておるであろうに一向気付く気配がない。よし、これならイケるぞ。
 吾輩は堂々と視界の隅から一緒にモニターを眺め、プログラムの内容を確認してゆく。
 フムフム、内容としてはHello worldに毛が生えたようなモノであるが、しかしまぁ継ぎ接ぎコピペだらけの醜いスパゲッティコードでエレガントさの欠片もにゃい。しかも、初歩的なミスまで犯しているようで、『メイン関数が見つからない!』と怒られておる。
 よろしい。これも何かの縁だ、吾輩が一つ手解きをしてやることにしよう。聡明な諸君なら言わずとも分かってもらえると思うが、この手のガラクタコードは下手にイジり回すより一旦全部ぶち壊してゼロから作り直した方が結果的に早いのだ。
 えーと、確かF4キーであったな。
 吾輩は気付かれぬよう、前足をそっととある釦の上へと持って行き、肉球が軽く触れた状態でスタンバイする。
 あとは重力の導きに従いかろく圧力を加えるだけで、名も無き主人のコピペの結晶を無に帰すことができるのだ。
 いや、解っておる。モジャケバブ神の大きなエラにかけて誓おう、この主人には何の罪も無い。しかし、吾輩の前足は無慈悲にも何かに導かれるよう圧力を強めてゆく。
「おそらくはこれこそが、天の采配と言うものなのであろうな。アーメン」


Oh! マイガッ」
 全神経を集中させているスクリーンが光の速さで消滅すると、ただでさえ壁の薄い安アパートに近所迷惑な蛮声が鳴り響く。
「なーにがマイガッだ。吾輩は猫である」      エヘン
 吾輩の存在に気付くや否や親の敵みたいな形相で吾輩の両脇を掴み、再び宙へと吊り上げられてしまった。
「ちょ。おま・・・・・・」
 ふむ、どうやら思考回路が混線しておるようじゃな。言語機能に障害が出ておるようだ。
「おい。マイケル。今日の講義が始まるまでに提出しないと単位落として留年決定なんだぞ。どうして・・・・・・くれるんだ」
「下僕の個人的な問題など知ったことではない。茶番は終わりだ、食後の運動にでも出掛けようぞ」
「なんて凶暴なヤツだ。恩を仇で返すトランプ猫め」
「そうカリカリするでない。慌てる乞食は貰いが少ないと言うじゃろう。急がば回れと言うことわざを知らんのか、未熟者め♪」
「くぬぅ。このふてぶてしい態度、いっそのこと北朝鮮にでも捨てて来ようか」
「ほぅ、お前のような毛の少ない猿が北朝鮮と忍耐力で勝負しようと言うのか。面白い、やってみよ」
「この。くそ・・・・・・。猫鍋」
「また思考が混乱しておるようじゃな。学生用の宿題なぞ友達から丸コピして関数名だけ適当に変えればバレはせんじゃろう。武士の情けだ、吾輩が適当な人物を手配してやるからそう心配するでない」
「くっ、今から作り直してももう間に合わなか。とりあえず早めに大学に行って誰か見つけないと」
「そうそう、それで良い。ササッと仕度するがよろしい」
 吾輩は天高く主の様子を見下ろしながら観察を続ける。まだ混乱の余波が残っておるようで、こんどは黙り込んだまま両目を右へ左へとキョロキョロさせておる。
 意思表示と行動が一致するまでもうしばらく時間がかかりそうであるな。
 しばらく無言で観察を続けていると、今度はヒョロヒョロと痩せ細ったような呼び鈴が玄関の方で鳴り出した。
「チワッス、Konozama商店です」
 玄関の方からかろうじて聞き取れるくらいの声が聞こえるや否や、名も無き主は吾輩をキーボードの上へとほっぽり出して玄関へと一目散に走り出す。
 今しがたまで呆け顔を晒しておったと思ったら、今度は尻に火が付いたように走り出す。せわしない主であることよのう。
 しばらく待っておると、ドタドタ慌しい足音を立てながら戻って来た。脇には何やら小さめのダンボールを抱えておる。先ほどまでの困惑した表情とは打って変わって今度は満面の笑みが現れており、待ち焦がれた女神に出会った信徒のようだ。
 よっぽど待ち遠しかったのであろう、席に戻るとすぐさまダンボールの包みを分解し始める。中から出てきたのはパソコン用のゲームソフトのやうだ、ゲームのタイトルは『希望の塔』と書いてある。パッケージの絵柄からしてオタクの大好きな二次元アイドルものであろうな。
「よっしゃ、さっそく始めるぜ」
 もはやゲームのことしか頭に無いようだ。ビリビリとラッピングを剥いで中から円盤を取り出し始めた。
 おいおい主よ、何か忘れておりはせんかな。
 吾輩が前足で主の腕を小突いてやると、吾輩の存在に気付くと同時に、またまた表情が手の平を返したように変り始める。面白い主じゃのう、まさに青天の霹靂といった感じだ。
「クソッ、お前が余計なことをしなければ一章くらいは消化できたのに」
「覆水盆に返らずじゃ、早くお出掛けの準備をしようぞ」
 主はしぶしぶ円盤を箱に仕舞ってから身支度を開始する。

猫の気持ち 其の二


 吾輩は異世界転生した。ここが何処であるのかとんと見当がつかぬ。
 とあるアパートの一室を徘徊しながら捜査を続けているところだ。
 お世辞にも広いとは言い難いリビングはじつに殺風景なもので特に吾輩の気を引くような物は無いように思われる、ベランダと反対の方角は真っ直ぐに廊下が続いており、玄関が丸見えだ。まずはこちらから調べてみることにしよう。
 廊下へ入ると左手にキッチン、その先に左右1つずつ扉がある。片方は小さな光窓が付いているのでおそらくトイレであろう、中に人は入っていないようだ。もう片方はありがたいことに開け放しにしてある、開ける手間が省けて大変ありがたい、さっそく奥を覗いてみると洗濯機が置いてある。どうやら風呂場のようであるな、こちらも人影はないようだ。
 さてと、踵を返して一旦リビングの方へと戻ることにしよう。
 廊下から戻り左手を向くと東側の壁に大きな引き戸がひとつ、おそらくは寝室であろうが残る部屋はココだけだ。
 少々骨が折れる大きさであるがここまで来たからには秘密の花園を覗かぬわけにはいくまい、まずはきっかけ作りのために爪を引っ掛け揺さぶりをかける。
 しばらくジャブを続けていると、かろうじて脚が入るくらいの僅かな隙間が出来た。
 よしよし、良い感じだ。
 お次は出来上がった隙間に両前足を突っ込み、やさしく中をかき回す。
 するとどうだ、今度はゲンコツくらいの大きさまで拡がった、ここまで来ればもうこちらのものである。
「ちぇぇストォー」
 気合と共に頭を突っ込み、体全体を使って隙間の中へ中へと押し込んでいく。
 これが映画などであれば、さぞかし無様な格好を晒して物笑いの種になるのであろうが、幸いなことにココは妄想ポエムの世界であるから誰にも見られる心配はない。
 肩のあたりまでねじ込むと、あとはスルリと抜け出ることが出来た。
 引戸を抜けると右手にパイプ式の折りたたみベッドが見える。
 我輩はベッドの下に潜り込みながらあたりの様子を観察してみると、窓際の方に人影を発見した。
 キャスター付きの椅子とスリッパを履いた足が二本見える。しかしここからでは足元しか見えぬのう、もう少し近づいて見ることにしようか。
 ベッドの下から顔だけを覗かせて名も無き主を見上げて見ると、そこにはヒョロりと痩せ細った青年が椅子に腰掛けていた。髪は短く刈り上げており、頬には薄っすらと無精髭が生え揃っておる。生やしたいのか生やしたくないのか判然としない中途半端な伸ばしかたで、いかにも最近流行と言った感じの女々しいスタイルだ。
 何やら液晶画面と睨めっこをしているため正面を確認することができないのであるが、どこぞの美学者よろしく縁無しの長四角レンズに猫の足でも踏みつければポッキリと折れてしまいそうな細長いフレームの眼鏡を掛けており、夜な夜なCIAのデータセンターにハッキングを仕掛けていそうなオタク臭が立ち込めている。
 なんだ、合っているのはオタクと眼鏡だけかい。――やれやれ、吾輩は失望した。
 仕方にゃい、取りあえずはお腹が空いてきたところなので、二日酔いによく効くカリカリとミルクを恵んでもらうことにしようかのう。
「やぁ、おはよう。名も無き主よ」
 ベッドから這い出て声を掛けると、ようやく吾輩が部屋に入ってきたことに気が付いたようで、人間工学の粋を集めたらしい奇怪な曲線であふれる椅子をクルリと回し、正面を向き直りながら見下ろしてきた。
「やあ、マイケル。やっと起きたのかい、もうお昼前だよ」
 マイケル? ずいぶんと安っぽい名前をつけてくれたものじゃのう、せめてタイタンかエウロパくらいにはならんかったものであろうか。
 まあよい、とりあえずは御機嫌をとって遅めの朝ごはんにありつくことにしようか。食らうがよい、腹見せ攻撃じゃ。
 主の足元で仰向けに寝転がりながら口をウンと開けてみせる。
「さてはお腹が空いているな。待ってろ、いまカリカリを持ってきてやるからな」
 しめしめ、上手くいったぞ。
 名も無き主は立ち上がり台所の方へ向かおうとするのであるが、ふと、思い出したように部屋の入口で立ち止まり吾輩の方を振り返る。
「カリカリを取ってくるまでそこで大人しくしているんだぞ。決してパソコンで悪戯なんかしちゃダメだからな、約束だぞ」
 吾輩は聞こえないフリをして主が出て行くまでやり過ごす。聞き耳を立てながら足音が台所まで遠ざかっていったのを確認するとすぐさま起き上がり、部屋の角際にL字型で組んであるデスクへと飛び上がった。
 目の前には二〇インチほどの液晶パネルが二枚置いてある。さてさて、一体全体なにを見ていたのであろうか、じっくり観察させてもらおうではないか、まずは向かって左側のパネルを確認してみよう。
 うぇぶブラウザが立ち上がっており、表示されているのはどこかのSNSサイトのようだ。『すごく内向的な文系おじさんの哲学入門コミュニティ』とある。
 ほぅ、下僕風情がそのようなものに興味があるとはなかなか滑稽であるな、どのような内容かちょっと読んでみることにしよう。

 ようこそ我らのタレ込みシティへ。私は貴方を歓迎します。
 このサイトは、さまざまな思想を持つ人々が寄り添いあって活発に意見を交換するための議論の場を貴方に提供します。
 また、貴方はこのサイトを有効的に活用することによって、今まで気付くことの無かったまったく新しい知見を得ることが可能となるでしょう。
 私がこのようなサイトを立ち上げた動機は、とある哲人の言葉を引用することにより掲示されます。
 次の引用文を読んでみて下さい。


 私達はこの宇宙が何処から来て、なぜ存在するのかを考えるのと同じように、他者との関わり合いを考え続けることによってのみ、この深淵なる宇宙の片隅において一つの輝ける集団であり続けることを真に願い続けて行く存在となり得るであろう。また、それらはかつて、職業としての哲学者たちが忌避しながらも渇望してやまない、内発的に湧き起こるであろう根源的な欲求を奮い立たせ、これを振るうことにより垣間見ることができた究極の到達点と言うべきものであり、あるいは、個でありながら全体として一つの地球を構成するために与えられるべき人格となって、多様性と言うダークマターのように蠢く民衆からの圧力を開放する意志として存在し続けるとき、それこそが唯一の真理であることを認識するのである。


 ふむ、何やらスゴイことを言っているように見えて何を言いたいのかサッパリ解らない完璧な悪文だ。それから次の句は。


 いかがでしょうか。どうやら哲学と宇宙には深い関係があるらしいのです。
 僕には何のことやらまったく分かりません。
 誰かサルでも分かるように教えろ下さい、ついでに数式も添えてくれるとなお良しです。


 はぁ? ふざけておるのか、思考せよモンキー!
 答案用紙だけアカの他人に丸投げかい、真理探究者としてあるまじき行為であろう。全くもってけしからん。そう言えばクラウドサーバにウイルスのストックが残っておったな、一発ぶち込んでやることにしようか。
「こーらマイケル。悪戯したらダメだと言っただろう!」
 我輩がキーボードに触れようとした矢先に両脇から抱え上げられ、宙に浮かされてしまった。なかなか勘の鋭い奴じゃのう。
「ええい放すがよい。我輩がこの陳腐な悟った風ブログを粛清してやろうと言うのだ、なぜそれが分からん」
「そんな目で見つめても無駄だぞマイケル。酔っぱらって公園の噴水に落ちるくらいヤンチャな猫だからな、油断も隙もならないのは予測済みなのだ」
 どうやら吾輩を解放するつもりは無いようだ。勝ち誇った笑みを浮かべながら部屋の入口へと進んで行く。
 ふん、その程度で吾輩を知ったつもりでいるのか愚か者め、まあよい、今回のところは見逃してやろうではないか。腹が減っては戦が出来ぬからのう。
「いいかマイケル。僕は今ちょっと取り込んでいる最中なんだ、たのむから御飯でも食べて大人しくしておいてくれ」
 その時である。事件が起きた。
 突然、パソコンからJアラートのような不協和音が鳴り響き、何やら主人へと警告を知らせ始める。
「ほれ、名も無き主よ。何やらパソコンが呼んでいるみたいだぞ」
 警告音を聞くや否や吾輩を宙空へ放り出すようにして開放すると、すぐさま踵を返し、パソコンのモニターへ噛り付くように顔を押し付けながら慌しくマウスを操作し始めた。
「ちくしょう! ハメられたか」
 状況を確認すると同時に罵詈の言葉が部屋中に響く。
 ふむ、ただ事ではないようであるな。
「オち着け、冷静になるんだ。ココはいったん損切りして仕切り直しだ」
 何やら独り言を呟いたと思ったら、今度は黙り込んでマウスを振り回しながらカリカリとやっている。
 ちょっと気になってきたので、吾輩はその場から振り返り、主人の背中越しに様子を観察する。頭と背中が邪魔になってほとんど内容は確認できないのであるが、ときおり体を動かした拍子にカクカクした折れ線グラフと赤い数字が並んでいるのが覗き見えた。
 ふむ、どうやら株式か何かを嗜めておるようじゃな。こんな簡単な相場で往復ビンタを食らうなどよっぽどマヌケな輩だと判断した方が良さそうだ。
 火中の栗を拾いに行く主の姿を眺めていると、何だかこちらまで辛酸な気持ちになって来たので入口の方へと向き直る。
 引き戸を越えてすぐのところに人猿用のお椀が置いてあり、中には半分ほどカリカリが入っていた。
 見ていると何だか吾輩の未来を暗示しているようで不安になって来る。さっさと食べてしまうことにしよう。
 こうして吾輩は、ようやくのこと新しい世界で食事にありつくことが出来たのであった。

猫の気持ち 其の一

 ――ネコはこゝろを見る。

 ネコのこころは変幻自在である。
 ガス星雲のようにユラユラと絶ゆ間なく変化し続けて行く。
 そして猫の気まぐれで一点にあつまって丸っこくなり、縮退を始める。
 しばらくジッとしてると、外側に薄っぺらい瘡蓋のような殻ができた。
 人猿はコレを見て『人格』と呼び、「奴は腹黒い」などと言って騒ぎ立てるが、こゝろと言うモノはそう単純なものではなひ。
 黒き殻の内には変らずにマグマの如き熱い情熱がドロドロと蠢いているのである。
 しかしながら人猿は愚かなもので、せっかく丸く治まっているところをなぜか四角な枠の中へ押し込もうとする。これはいけない、大変窮屈だ。無理矢理にでも押し込もうとするので、殻に罅割れが出来て中のマグマが噴出してしまう。
 すると人猿は、「てーへんだ、てぇーへんだ」と慌てふためきながら臭い者には蓋をしろと、被せ物をして重箱の隅に追い遣ろうとする。これはもっといけない、大変機嫌が悪くなる。やがて行き場を失った熱き血潮たちが芸術的な大爆発を引き起こし、枠もろとも爆散して宇宙の塵へと還ってしまうだろう。
 吾輩の視界に眩いばかりの白い閃光が現れ、視覚細胞を刺激してきた。
 

 ゆっくりと瞼を開く。
 長いトンネルから出たときのように、キュッと瞳孔が窄まって、白くボンヤリとした視界がしだいにクッキリと鮮明になっていく。
 長い棒状の照明が二本、鳥の子色の天井に埋め込まれて輝いている。
 吾輩はしばらくぼーっとしてそれを眺めていた。というのも、目が覚めると同時に吾輩の思考回路の中では複数の意識が湧き出て来て一体全体どれからタスク処理を実行すれば良いのか判断出来ずにいる。したがってなすすべも無くただジッとしているのみなのだ。
 とりあえず、気持ちを落ち着けるために顔でも洗ってこようか。
 そう思い立って、眼を擦ろうと手を上げて見ると、毛むくじゃらの細い棒のようなものが視界に入ってきた。
「ああ、そうであった。吾輩は猫になったのである」
 そう呟くと同時に、吾輩の心の中から爆発的な衝動が沸き起こってくる。
 吾輩は悪夢から目が醒めた信徒のように上体を一機に呼び起こすと、すぐさま辺りをグルりと見回す。
「はて、ココは何処であろう」
 目が覚めた瞬間からの違和感。吾輩は自宅のベッドではなく、見慣れないソファーの上で大の字になって寝ていたようだ。
 床には自称インドで修行したと言う高僧が愛用していそうな安っぽい柄の絨毯が敷いてある。壁際には七〇インチくらいであろうか、平型テレビが無造作に置いてある。
 これくらいの大きさなら壁掛けにした方が良いのであろうが、おそらく賃貸しなのであろう。
 部屋は全体的に薄暗い、ベランダへと通じる大きな窓があるものの遮光カーテンを閉め切っているせいで、日はとっくに昇っているようすであるのに部屋の中は照明が必要なほど暗いのである。
「ヤレヤレ、また朝から探偵ゴッコでござるか」
 吾輩は再び瞼を閉じ、瞑想に耽りながら思考を張りめぐらせる。
 昨晩の出来事を一つずつ咀嚼しながら足取りを追っていく、確か、公園で水を飲もうとして噴水に堕ちてから――そこでイメージが途切れ、暗転してしまっている。さて、ココから現在までの事象をどうやって紡ぎだすかである。
 しばしのあいだ、無の境地に沈みながら考え続けるよりほかにない。
「ははーん、解ったぞ」
 言葉を発すると同時に、特異点の解が見えてきた。
 これはきっと、昨今はやりの異世界転生に相違ない。噴水に落ちた衝撃で平行世界へとスリップしてしまったのだろう、まさかあのような場所に時空断層が存在していたとはうっかり八兵衛である。ハゲの呪いかしらん。
 異世界転生と来れば、残りはハーレムとチート能力だ。
 チート能力は既に持っているので、残りはハーレムであるな。
 吾輩はソファーから飛び降りてリビングの中を周遊しはじめる。まだ見ぬ愛しの御主人様を探し出そうではないか、きっとメガネを掛けた巨乳美女に相違ない、探偵ゴッコ続行である。

 

猫の気持ち 其の十一

 ――地下室で 骸骨たちが 泣いている

 深い藍色の空に稜線の影を残したまま、街は再び深い眠りに落ちようとしている。
「もう大丈夫かしらん」
「ヤレヤレ、毎度のことながら騒がしい連中だね」
 ジャンボー軍団は過ぎ去った。と言うより何かの合図でも受けたやうにピタリと拍子木や叫び声が止んでしまったのだ。猫耳であれば、まだ聞き取ることが出来る距離に居るはずなのであるが、何やら気味の悪い連中である。
「サルト教会への嫌がらせでやんすよ、アレは」
「ローザの人気に嫉妬してるんだろうね。ハッハッハッハ」
「サルト教会の看板美猫でやんすからね」
「あら、おだてても何も出ませんこよとよ。ホォ~ホッホッホ」
「看板美猫でござるか」
「君、YourPipeって聞いたことないかい?」
「あぁ、あの動画投稿サイトでござるか」
 そのネットサイトなら吾輩も良く知っている。どのようなサイトか簡単に説明すると、自分で作成した動画ファイルや写真をデータサーバーへアップロードし、インターネット空間で自由に観覧出来るようにするサイトである。
 そこでは自分の家やペット、家族などを晒し者にして客を集め、広告収入という形で銭をかせぐシステムになっているのだ。
「ローザは日に百万アクセスを稼ぐアイドル美猫ってヤツさ」
「あんなんただの見世物小屋やんけ」
「会ったこともない猿を知り合いにして利用することが出来る詐欺ツールでやんす」
「そいつはネズミ講にもってこいでござるな」
「あら失礼ですわね。あたいが動画に出るようになってから信者の数が半年で四倍まで増えましたことよ」
「脅威の新人デビューでやんす」
「なるほど、人気があるぶん敵対勢力も多いわけでござるか」
「ジャンボー軍団は姑息だからね。諸君らも存分に気を付けてくれたまえ」
 ふむ、どうやらこのジャンボー軍団とネコネコ団には少なからぬ因縁が存在するようであるな、近々その詳細を調べてみる必要がありそうだ。
「さてと、静かになったところでじっくりと腰を据えて会議を再開しようかね」
「やっと本題に入れるでござるか」
「うむ、実を言うとね。最近下界の様子がどうも騒がしいようでね」
「騒がしい?」
 みな異口同音にポルポト君の顔を見ながら困惑の表情を浮かべている。
「なんでも近いうちに第二の太陽が出現するとか言って人猿社会がパニックになっているらしい」
地底人のお祭りもあるらしいで」
 言い終わると同時に独仙君以外のメンバーへと目配せしながら承認を求め始める。その信撃に満ちた双眸は、お前なら信じてくれるよなと訴えているように思えた。
「恥帝人? そいつはまた怪しい勢力が出て来たでござるな」
「ハッハッハッハ、相変わらずそっち系のオカルトが好きだね君は。良い子のみんなが読んだら洗脳されてしまうじゃないかね、法螺を吹くのもほどほどにしておきたまえ」
「嘘やあらへん、ホンマにおるんやで」
 なおも食い下がるようである。
「YourPipeにも動画がいっぱい上がっているみたいでやんすよ」
「やれやれ。小生は失望の念を禁じえないね、渡る世間は迷亭君ばかりになってしまったようだ」
「そりゃ発狂したくなるのが人情ってもんでしょう。ホホホホ」
「発狂したらどうなるんでやんす?」
 アランは激昂のインスピレーションに興味深々のようである。
「妄想ポエムを書き散らしながら大気焔を吐くでござるよ」
「そいつは一大事でやんす」
「宇宙ジェットより凶悪やで」
「そりゃそうさ、普段はニヤニヤしながら『ニホンゴあいまいワ~かりにくいデ~ス』とか言ってる連中がだよ、突然、雷に打たれて気が狂ったやうにカミカゼ! サムライ! ヤマト騙しぃ! って雄叫びを上げながら掏摸寄って来るんだぜ? 気持ち悪いだろう」
「魂みたいにフラフラしていますのね」
「節操のない乞食でござるな」
「そこで諸君、我に提案あり!」
 皆が注目するなか、ポルポト君がヒョイと再び仁王立ちになった。
「おい独仙君、大麻でもキメてラリった猿のような顔をしてないでそろそろ起きたまえ、ポルポト君の名演説を謹聴しようではないか」
 吾輩が呼びかけると、ジエル状のヨダレを銀のお盆に垂らしながら眠りこけていた顔がぬぅっと起きあがる。しかしながら、横一文字に線を引いたような瞳は相変わらず開いているのか閉じているのか判然としない様子だ。
 全員の注目が集まったところで一気呵成、右の前足を天に向かって突き上げながら声高らかに宣言を開始する。
「ココに集いし猫又族諸君に告げる。我々は有史以来、この惑星で活動を繰り広げる知的種族を観測し続けてきたわけであるが、今だ我利欲の輪廻から解脱できぬ低級種族の身でありながら我々を害獣呼ばわりし、迫害を続ける野蛮猿の愚行を看過せぬ存在である。よって、今夜あたらしい同胞を迎えた機にネオ・ネコネコ団を結成し、愛と平和とエロースとカリカリをこよなく愛するネコネコ王国の復権を推し進めて行くことをココに宣言するものであーる」
「旭日昇天の勢いですわね、ホホホホ」
 ついにネコネコ王国復権の烽火が上がったようだ。とても酒が回った猫の演説とは思えぬが、あるいは酒が回っているからこのような妄言を吐いたのであろうか。
「長く険しい道程でやんす」
 ほとんど達成済みのような気がするのは気のせいかしらん。
「と言うわけで、一口どうだい満毒斎君。共にネコネコ王国の復権を成就させようではないか」
「はぁ、べつに手伝うのはかまわぬでござるが、アレせよコレせよと指図を受けるのは御免こうむりたいね。吾輩は吾輩のままでござるよ」
「もちろんさ、我ら自由気ままな猫又族だからね」
「決まりですわね」
「いよいよ野蛮猿を粛清する時が来たでやんす」
「さぁ諸君、今日は前祝いだ。思う存分食って飲んで踊ってくれたまえ!」
 誰が合図したわけでもないのであるが、全員二本足で立ち上がると、お盆を中心にして猫じゃ猫じゃを踊りながら円を描くように回り始める。
 お月様が見守り続ける限り、猫達は踊りを舞い続けるであろう。
 こうして吾輩は、ネオ・ネコネコ団の一員として活動を始めるに至ったのである。
 
     *
 
 宴の夜は終わりを告げた。
 夜はさらに深まり、辺りは空襲に怯える街のように静まり返っている。
 吾輩はとりあえず自宅へと帰ることにした。
 当面の間は自宅を活動拠点にするとして、来週の定例会までには何とかして下僕を見つけ出したいところである。
 だいぶ酔いが醒めてきたとはいえまだ足取りがおぼつかないにゃあ。綿毛のように軽い猫の身体はよりいっそう軽く感じられ、地に足の着いていない前進は、ぐるリぐるリ、天と地がひっくり返ったような視界の中をフワフワと魂のように彷徨っているようにさえ感じられる。
 猫だけに気の向くまま、普段は通らない経路を使って帰路を辿っているのであるが、まだ目的地の半分も進んでいない、何処かでちょっと休憩でもした方がよかろうと考えていた丁度そのとき。突き当たりに公園らしきものの入口が見えてきた。
「おあつらえ向きでござるな」
 自分が住んでいる街でさえ、このように知らない場所が満ち溢れている。
 今日は多くのことを発見できた一日であったが、これから猫の生活を続けていけばさらに多くの真理を見出すことになるであろう。
 そう考えると、濃い霧に覆われた森のなかで迷子になった子猫の如くモンモンと不安に揺れていたはずのこころに変化があらわれ始める。目の前に迫った問題だけに振り回されてジタバタせずとも良くなる。なに、急いで帰る必要などないのだ、ちょいとベンチの上でくつろぎながら肉球を休めることにしよう。
 コンクリブロックの簡素な門を通り抜けて公園の敷地へと侵入してみると、思いのほか緑の多い公園のようだ。
 植木に囲まれた遊歩道がぐるりと外周に沿って続いている、猫の背丈では巨大な迷路のようにも思えた。空を見上げるとすでに明かりが消えて真黒な影となってしまった雑居ビルの頭と、所々に銀杏の木が重なって見える。
 紅葉にはまだちょっと早いので遊歩道は落ち葉も少なく小奇麗としており、人影も見当たらないので、しっとりと潤いを保っている歩道を悠然とした足取りでのっしのっしと進んで行く、しばらくすると道が開けて少し広い場所へと躍り出た。
 3・4人くらいが腰掛けられるベンチと一人分用の公衆トイレが備え付けてある。
「ふむ、ここらで小休止するか」
 ベンチの方へ向かおうとしたとき、ふと気づいた。またしても何かが囁くような微かな音が聞こえてくる。吾輩はそのまま脳内の探偵回路を起動し思考を開始する。しばらくしてから一つのイメージが湧き上って来た。
 (噴水だ!)
 予定を急遽変更し、植木の下をくぐりながら真っ直ぐ音のする方へと進むことにする。
 イヌツゲの垣根を腹這いになりながら何とか抜けると、銀杏とベンチが無秩序に並び立つ雑然とした大広場へと出た。三〇メートルほど先にある公園の中心部には大きな二段構えの噴水が鎮座している。
 酔い覚ましには丁度良い、顔でも洗ってスッキリして行こうかしらん。
 小走りに駆け出した吾輩はそのままヒョイと一段目の縁に飛び乗ってみると、真円型に作られたその中心部には大きなラッパ状の噴水口があり、命の水が滔滔と流れ出ていた。
 縁から三〇センチほど下がった所に、かよわい外灯の光を反射しながら水面がキラキラと輝いて見える。
 ――ちょっと遠いかな。
 とりあえず、ウンとクビを伸ばし頭を下げていく。するとどうだ、何者かが吾輩を噴水の池へ呼び込もうとするではないか。巨人引力だ!
 巨人引力の呼び声に負けじと縁に踏ん張りながらさらに頭を下げていく、あと10センチ。
 吾輩が頭を下げれば下げるほど、巨人引力の呼び声も大きくなっていく。そこで吾輩は尻尾をプロペラのやうにグルグルと振り回し、ジャイロ効果で抵抗を試みる、あと5センチ。
 しがしながら巨人引力は強大だ。猫の身などで抗えるはずもない。
「あっ……」
 ――ボッチャン♪

     第一部 

猫の気持ち 其の十

月下香 壁破運河在


「パンパカニャ~ン、それではみなさんご静粛に。これよりネコネコ団定例会を始めますぞ」
 勇ましい雄叫びとともに開始の号令がかけられる。
 しかしながらちょっと様子がおかしい。ポルポト君勢い余ってか前足を腰に当てて仁王立ちになってしまっているぞ。
「さすがに仁王立ちはちと目立ち過ぎじゃないかにゃ」
「ホホホホ、せめて猫らしくおやりなさいな」
「なに、ちょっとの間だけだから大丈夫さ。誰も見てやしないよ、猫が二本足で立っちゃいけない法など無いだろう? 合法さ合法♪
 みかん箱でもあれば足場代わりになるのであろうが、あいにくとこの広場にはそれらしき物は見当たらない。隅っこにちょっとばかり廃材らしきものがあるだけなのでこのスタイルが定着したものと推察できる。
「さて、皆さんご承知のとおり今日は新しい団員を迎えるべく客人を招待したよ。満毒斎君だ」
「やあ、初めまして。なにぶん今日出家したばがりで猫の勝手は良く分からぬでござるが、なにとぞ一つよろしく頼みますでござるよ」
「おや、と言うことは野良でゲスか」
 気の向くまま猫又化してしまったので野良と言えば野良である。自宅があると言えども基本的に人間用の生活空間なので、普段の生活を営むには少々難儀なことになりそうだ。
「野良はキツいぜ満毒斎君。早いところ下僕を見つけた方がいいよ」
「美味しいものが食べたいならレストランがお勧めですぜ」
「うむ、その件に関しては心当たりがないワケではないでござるよ」
「ほう、一応下調べはしてあるみたいだね。何処へ向かうつもりかな?」
「夏葉原と言う場所に生息している『オタク』と呼ばれる種族が猫好きで有名らしいね、よく猫の格好をして遊んでいる姿が目撃されているみたいだよ」
「なるほどねぇ、オタク族か。悪くは無いね、目の付け所は良いと思うよ」
「あきまへんなぁ」
 突如として吾輩の背後から囁き声が聞こえてきた。あわてて振り返ってみるとアメリカンショートヘアの猫が一匹、背後霊のやうに鼻息が掛かりそうな距離でピッタリと寄り添っている。まるで探偵のようだ。
「ええと、君の名は」
「ニャドレック」
創価、きみがニャドレック君ね。いやぁ、ずいぶんと芸達者になったねぇ」
「なぁ~に、ちぃとばかし毛が短くなっただけでさぁ。それよりあんさん、あきまへんで、あんな所にオタクなんておりまへん。ネコ様人気に乗っかりたいだけの背乗りファッションオタクばかりでさぁ」
「そ、そうなのかい」
「異世界転生とか流行ものに群がって騒いでいるだけのイナゴでゲスよ、オタクとは関係ないでやんす」
 ふーむ、どうやらオタクに対する認識を改めないといけないようである。
「いやぁ、それにしてもビックらこいたね。一体全体いつからそこに居たんだい?」
「パンパカニャ~ンの辺りかしらん」
   「「「いやいや、フォアグラのところから居たじゃにゃいか」」」
「あらそう? あたいは気付かなかったわ、ホホホホ」
「奇想天外神出鬼没。他猫を驚かすのが趣味みたいな輩だからね、まぁ気にしないでくれたまえよ満毒斎君」
「そゆことで何卒一つたのんまっせ」
 何を頼むのかはさっぱり不明なのであるが、この手の輩は承知してやっても次から次へとキリが無いのでウンともニャーともならない返事で適当に受け流しておくに限る。
 さっさと次の話題に移らぬものかと天を眺めていると、事態が急変しだした。
 レストランと反対側の路地に人影が現れた。まだ大分距離があるので判然としないが、5・6人の集団のように思える。しかも何やら騒がしい様子で、ただの通行人では無さそうだ。
「あら、人猿がいらしったわ」
「シッ! みんな静かに。こっちへ集まって伏せてくれたまえ」
 ほろ酔い気分で浪花節を刻む調子だったポルポト君のトーンが一段下がって伝令が響き渡る。
 ただごとでは無い空気を感じ取ったメンバーは言われるがまま主の近くへと集まり、背を海老のように丸め、前足を折り畳んでお腹の下へと畳みこむと香箱座りの姿勢を取った。一般的にはこの姿勢こそが人猿から身を守るのに最も効果的な座り方と言われているのだ。
「――用心」
「……一本火事のもと~」
 御経のような定型句を繰り返し叫びながらコチラへ向かって練り歩いて来る。句の間には静まり還った闇夜を切り裂くような鋭い音が鳴り響く、――拍子木だ。
「火のようじーん」 カン!
「世界統一和平教会デース」 カン!カン!
「マッチいっっぽん~」 カン!
「統一和平の為に清き一票を~」 カカン!
 この拍子木の音というのは鋭敏な猫の聴覚にはかなり耳障りなもので、皆猫耳をペタリと折り畳んで防御しているのであるが、それでも頭の芯までグワングワンと鳴り響いて来る。除夜の鐘に頭ごと突っ込んでいるやうな気分だ。
「何なんだい? ありゃ」
「ジャンボーさ♪」
「ジャンボー?」
「普段は信仰なんぞしとらんクセに御利益だけは掠め取っていく野蛮猿さ」
「信仰が無いとジャンボーになるん?」
「自尊心“だけ”は発達して肥大化しているからね。気を付けたほうが良い、見つかったら猫鍋にされてしまうよ」
「神の名を語る不届き者でござるな」
猿の分際で生意気ですわね」
「ちゃちゃっと料理しちまうでヤンス」
 ジャンボー軍団は進む。
 ネコなど意に介さぬと言った具合に我々の居る広場の前を通り過ぎると、突き当たりの角を曲がってさらに練り歩いてゆく。束の間の休息を貪るために眠りに着いた人猿達へ向け、起きよ! 我の声を聞けと囃し立てる。
「火のようじーん」 カン!
「世界和平のために清き一票を!」 カン!カン!
「マッチいっっぽん~」 カン!
「世界和平統一教会デース」 カカン!
「火事のもと~」 カン!
 お月様が生暖かく見守る下で、拍子木と御経を打ち鳴らし、ゆっくりと進みながら深い闇の中へと消えて行った。

猫の気持ち 其の九


「どうしたんだい満毒斎君。生きた猫と死んだ猫が重なったような顔をして」
「そいつはまた珍妙な比喩表現だねぇ、ウンコ味のカレーみたいな」
「おやめなさいな食事中に、お下品ですこと」
「まったくだよ。銀河公文書にウンコなんて書いたのは君が初めてだぜ? 恥を知りたまえ」
「わたくしの言ったこと聞いてらして?」
「それならそれで光栄だけどね。いやなに、ちょっと料理で気になることがあってね」
「何だい? 何でも聞いてくれたまえよ。水臭いなぁ。君と僕の中じゃないか、今宵は無礼講だよ、愚弄張るに語らおうじゃないか。ささ、こっちのフィッシュあんどチープスでも摘みながらどうだい。いっちょ噛みくらいしか残ってないけどね」
 殆どジャガイモだらけになってしまった塊を顎先で指しながら勧められる。
 吾輩は残飯処理係ではないのだが。
「塩辛いのは好みじゃないね、小皺が増えるよ。あと色毛がない」
「確かに、だいぶ喉が渇くねコレは。それで、聞きたいってのは何だい」
「この料理のことでござるが、コレだけのモノをただネコが好きだからって拵えるのはちょっと不自然に感じるね。」
「ほう、なかなか感がするどいね」
 当てて見よという意思表示であろう。ポルポト君の口元に笑みが表れる。もちろん、猫の場合は人間ほど顔の筋肉が発達してはおらぬので、猫同士でのみ感じとれる微かな変化である。
「猫用にしては味が濃すぎる。これは明らかに人猿用の味付けだね、とは言ってもお隣のレストランは定休日。となればお店で出した残りモノでもない」
「なるほど、良く気づいてくれたね」
 ポルポト君、大きく目を見開き、ファイナルアンサーを迫る勢いだ。
「となれば、この料理は一体何処から来たのかな?」
「あたいの家から持ってきたご馳走でしてよ」
 モデルのやうな笑みでローザちゃんファイナルアンサー。キャッビアが2・3粒口元にくっ付いたままなのがちょっと可愛い。
「おや、ずいぶんと豪勢だねぇ。お城にでも住んでるでござるか」
「ハッハッハッハ。お城なんてこの辺りには無いじゃないかね。レストランの隣に教会があるの気が付かなかったかい?」
「あー、サルト教会だっけ」
「そうそう、そこで今日はミサをやっているのさ。つまり――」
 そこまでくればもう謎は解けたも同然である。
「なるほど、そこで出される晩餐の残りと言うワケだね」
「そのとおり♪ レストランの店長が熱心な信者でね。勢い余って作り過ぎるもんだから、捨てるのももったいないってことで我々に献上するようになったんだよ」
 なるほど、どうりで週末なのに定休日になっているワケだ。
「アランちゃんはレストランに住み着いてるのよ」
「おぉ、そう言えばアラン君はどうしたんだい? 一向に戻って来る気配が無いようでござるが」
「ホホホホ、あの子は毎日たらふく食べてるんだからほっといてかまいませんことよ。どうせ今日も厨房で一人、コッソリとフォアグラに齧り付いてるに決まってますわ」
 やたら毛並みだけは良いと思ってはいたが、そう言うことであったか。
「フォアグラだよフォアグラ。君、食べたことあるかい? トチメンボーより上味だよ」
「ふむ。食べたことはござらんが、知識でなら有しておるよ。確か、鴨とかにトリュフなどをたらふく食べさせて肝硬変になったところを締め上げる珍味だったね」
「何だかメチャクチャだが大体あってるよ」
 吾輩の潤沢な知識に恐れおののいた様子で背を仰け反らせながら答える。
「やあやあ、今日の晩餐は楽しんでくれたかな?」
 噂をすれば何とやら、ギラギラと脂の乗った体毛を輝かせ、アランが疾風の如くこちらへ舞い戻ってきた。
「あら、おかえりアランちゃん。フォアグラは美味しかった?」
「な、何の話でゲスか? へへ……」
 舌をブーメランのやうに振り回し必死に口元を拭っている。コヤツもなかなかの舌技を持っているようで、このネコネコ団とやらは一癖ある者達の集まりらしい。そう言えば、とある文献で読んだことがあるのだが、西洋においては猫又化するさいに尻尾ではなく舌が裂ける種族がおるらしい。
 風に誘われるようにそっと空を見上げてみると、お月様の下で十字架を背負った教会の屋根が視界に入ってきた。何かに呼びかけられている気がして眺め続けていると、言霊のような鐘の音が鳴り始める。女神の福音を知らせながら時を刻み、淡い余韻を残しながら宇宙へと吸い込まれてゆく。マントルまでしみ入る良き音色だ。
「さて、全員そろったようだね」
「そろそろ始めるザマスわよ」
「ふんにゃ~」
浮世の勧工場に疲れはてた人猿達がその瞼を閉じ、静かな眠りについたあと、我々の活動が始まる。

猫の気持ち 其の八


 ――お月様は無慈悲だ。我々には決してニキビだらけの背中を晒し出すことは無く、お化粧を施した顔だけを幾重にも変化させながら、我々を嘲笑うかのやうに見下ろしている。
 モザイクのようにその素顔を薄っすらと蔽っていた雲達はいつの間にか消え失せ、今やその輪郭が一点の曇りもなく露になっている。
「ホ~ホッホッホ。今日も大量のご馳走ですわね」
 思い思いに料理をつまむ吾輩達の様子を眺めながら、それで満足であると言わんばかりに雄叫びを上げる。
「どうしたんだい? こっちの料理には手を付けてないみたいだが」
「あたいはコチラのキャッビアだけで十分ですわ。ホホホホ」
「なに、人が見ているからといって遠慮することはないじゃないか君」
「そうそう、どうせ猫の言葉なんて分かりはしないさ。a ハゲ、って話しかけても呆け顔を晒したままニヤニヤしているに決まってる」
「満毒斉君の言うとおり。猫の気持ちなんて向こうで勝手に解釈するんだから、ホラ、いつも通り頭ごと突っ込んでムシャぶり尽くそうじゃないか」
「あらあら、お下品ですこと。まるでケダモノみたいね、ホ~ホッホッホ」
「何をいまさら、我ら毛モノ族じゃないかね。ハ~ハッハッハ」
「独仙君も食べ物に手を付けてないみたいだが、どこか体の調子が悪いでござるか」
「・・・・・・俗世の食い物は血が穢れる。拙者はコレで十分だ」
 そう呟くように答えると、お猪口のような小さい器に注がれた葡萄酒をペロペロとしたためている。空きっ腹に発酵酒とは、猫医学的にもなかなかの暴挙をやってのけるではないか、悟りの道かどうかは分からぬがメクラにも程があるであろう。酔った勢いで水瓶に落ちなければよいのだが・・・・・・。
 それとして、この独仙君が酒を飲む姿と言うのがまた面白い。ドラ猫のやうにベチャクチャと舌を闇雲に液面へ撃ち付けるマネはせず、舌先を柄杓のごとく窄めてはそっと液面へ差し込み汲み上げてくる。そしてそのまま溢れ出さぬうちにペチョリと上顎へと押し付け、そのままズズリと喉奥まで運んで行く。実に見事な妙技である。
「酔い良い、気に入ってくれたようだな。今日も思う存分楽しんでくれよ」
 しばらく我々の様子を眺めていた大男は、満面の笑みで満足したかのように呟くと、くるりと踵を返し、大股でのっしのっしと勝手口からレストランの中へと戻って行った。

猫の気持ち 其の七

――吾輩の記憶が確かならば。


 ネコネコ平和連合特約スーパー301条により、同胞が閉じ込められてしまった場合には、協力して速やかに是を救出せよ。
 と言った内容の条例があったような気がしない訳でも無いような気がしなくも無いのであるが、吾輩はもとより、他に行動を起そうとする者はいなひ。皆思い思いに毛繕いをしてみたり、のほほんと欠伸をしならがら同胞の帰りを静かに待ち続けるのみである。
 となれば、これは予期せぬ喜劇や運命の悪戯などと言ったものではないのであろう。予定調和の世界である。したがって吾輩も、天秤棒を振り回して舞台の役者を囃し立てるようなマネはせず、静かに時が流れるのを見守ることにしようではないか。
 月はさらに高く登り、空地をより明るく照らし出す。輝膜がキラリと煌き、六つの丸い瞳が勝手口のドアに向けて視線を注ぎ続ける。
 さて、手持ち無沙汰になってしまったのう。ここらで一句作り上げてみようかしらんと思っていた矢先に動きがあった。勝手口の向こう側に何やら毛配を感じる、アランが戻ってきたのであろうか。いや、違う。微かにではあるが確かに足音が聞こえる、コレはきっとホモ・サピエンスとか言う獰悪な生き物に相違ない。
 空き地で待つ他のメンバーにも無言の緊張が伝わる。
 警戒せざるを得ないだろう。奴等はこの宇宙で飛び抜けて野蛮な生き物である。我らを一網打尽にして水責めにする算段かもしれなひ。――アランはヤられてしまったのであろうか。
 少しずつ大きくなって来た足音がふと止まった。どうやら勝手口の所まで来たらしい、状況によっては撤収せねばならなくなってしまうが、はてさて。どんな輩が飛び出してくるのであろうか、臨戦態勢に入りジッと待ち受ける。
 ガチャリとドアノブが回る音がして扉が勢い良く、こちらへ向かって開け放つように開かれる。やはり人猿か、そう確信すると同時にヌッと大男の姿が我々の目の前に現れた。
 月明かりに照らし出された大男の姿は、我ら猫又族にとってはスポットライトを当てられた泥棒のようなもので、目を凝らさずとも容易にその詳細を視認することが出来る。履き古した感じのエンジニアブーツに濃紺色のデニムパンツ、襟元が少しくたびれた感じのネルシャツは袖を肘のあたりまで捲り上げており、熊と見紛うほどに剛毛で覆われた腕が2本生えている。顔にも苔が生えたように濃い髭がビシリと生えそろっており大自然を生き抜く野獣のやうなオーラを感じる。ところが――、
 ところがである。何故かは知らぬが頭の天辺だけは特異点が剥き出しになっているではないか、猫又族ではまずお目に掛かることはない珍種である。
「よう、猫ちゃん達よ。待たせちまったな」
 突如現れた大男は、空き地にたむろする猫達の姿を確認すると同時に野太い声で話し掛けて来た。我々の返事を待つ様子はなく、のっしのっしと歩を進めながらこちらへと向かってくる。
「いやはや、今日は随分と豪華な晩餐になりそうだねぇ」
 むむ、敵対勢力ではないのか。判断を迷っているところでポルポト君が答えを出した。
 しばし脳内回路から弾き出されていた『晩餐』という言葉が聞こえてくると同時に、吾輩の鼻孔を甘美で濃厚な刺激臭が襲ってくる。
 直ちに臭いの発生源を探索してみたところ、大男が左手に抱える大きな銀色の盆へと辿り着いた。しかしながら、今の時点では丸い銀色の底と毛むくじゃらの手しか見ることが出来ない。大男が一歩、また一歩と近づいて来るたびに、艶やかな光沢を放つ盆の上で複雑に絡み合いながらも調和を保ちつつハーモニーを奏でる複数の逸品料理達の存在が、まだその姿を見たことのない吾輩の空虚なこころを埋め尽くすように広がってゆく。
 しかるに、今吾輩のこころの中で起こっている一連のプロセスは、未知なる発見からその原理を探究し、理論を構築していく流れと同じであると言って良い。
 ――つまり、料理とは真理探究の道なのである。
「おぅ、いつもは見ない顔が混じってるな。新人君かい?」
 気が付くと、大男はいつの間にか吾輩の目の前で大の字に脚を開いた姿でそびえ立ち、大きい灰色の瞳がこちらを見下ろしていた。眼から感じ取れる表情に敵意は含まれていないようだ。
 猫の言語を理解できるとは思えぬが、問われたからには猫なりに紳士な態度で答えねばならない。とりあえず、首の裏がちょっとムズ痒いので大男のデニムパンツに擦り付けてみる。
「なるほど、お前さんの歓迎パーティと言ったところか。それなら丁度良かった、今宵の御馳走は会心の出来栄えだ、皆で思う存分楽しんでおくれ」
 何やらよく分からんが通じたようである。言い終わると同時に銀色の丸い盆がゆっくりと我々へ向かって下降してきた。人間の身体であれば自然と腰を屈めることになる、そうなれば頭をこちら側へ向けることになるので、自然な流れとして、先程までお月様と対峙していたミステリーサークルはその全貌を我々に向けてさらけ出すことになる。
 真理を探究する者の性として、吾輩はこのチャンスを逃すことなくすぐさま観測を開始する。
 そこには、もはや芸術としか言いようのない数学的に計算され尽くしたかのような境界面が存在していた。自然界にこのようなモノが天然で存在しうるのであろうか、永らく真理探究の旅を続けていた吾輩の目から見ても申し分ない。完璧な曲率だ!
「コヤツ、只者ではないな」
 思わず声が出てしまった。
「さすがだねぇ君。なかなか御眼が高いよ」
「相変わらず鼻だけは良く利きますこと。ホホホホ」
 言われてふと我に返り、お盆の方へと視線を向けなおすと、こちらにもまた芸術品と呼ばれるべき料理達が並んでいる。小鉢に取り分けられた色とりどりのオードブル、そして一際目を引くのが真中に陣取った真っ赤な鯛の包み焼きだ。
 確かにすごい、圧倒的な迫力だ。しかし、それと同時に大きな疑問も沸き起こって来る。それを問いただそうとした瞬間、それを遮るようにポルポト君の演説が始まってしまった。
「さて諸君、腹が減っては議論が出来ぬ。料理が来た所で宴を始めようではないか」
「賛成。あたいもお腹ペコペコよ」
 うぅむ、どうやら多数決では勝ち目が無いようだ。何か大切な事を忘れているような気がしないワケでもないが、ここは皆の意見に従って三大欲求の一つを満たすことにしよう。
 こうして、何やら訳の解らぬウチに宴会のようなものが始まってしまったのであった。